第35話:伏見京香は素直で可愛い

 ラーメンを食べ終わって店を出た。

 伏見は奢ると言い、俺は自分でお金を出すと譲らず、ひと悶着あった。


 元々伏見が俺にお礼として奢るという話に乗っかって、今日の約束をした。

 けれども、だからと言って、女の子に飯を奢ってもらうなんて、男が廃ると思ったんだ。


 だから何度も「俺の分は自分で出す」と言ったのだけど、最後は伏見が眉尻を下げて、ウルウルとした目で俺を見つめながら、こう言った。


「お願い、勇介君。これは私の気持ちだから……奢らせて。ワガママ言ってごめんね」


 こんな伏見の姿に、俺はドキュンと胸を撃ち抜かれて、思わず「うん、わかった」と答えてしまったのだ。


 ──どうしたんだ、伏見京香。


 今日はほとんどツンツンを出さずに、変なポンコツな所も見せずに、素直で可愛い魅力的な女の子になってる。


 ホログラムを見ても、ふわふわしたような可愛い笑顔で、ニコニコしてることが多い。


『あーん、勇介君とデートできるなんて幸せ〜』


 なるほど。

 もしかしたら、このホログラムとリアル伏見の姿が、ホントの素の伏見なのかもしれない。


 もしもそうだとすると……コイツ、めっちゃ可愛いじゃないか。


「えっと……これからどうするの?」


 ラーメン屋を出た所で、伏見が訊いてきた。


 ──うーん、どうしようか?

 今までならあえて『じゃあ帰るか』なんて言って、伏見を困らせて楽しむところだが。


 伏見は穏やかな笑顔で、コクンと小首をかしげた。うっ……可愛い……


「えっと……食後のコーヒーでも飲みに行くか?」

「ええ、そうね」


 伏見の仕草があまりに可愛くて、ついお茶に誘ってしまった。それにしても、ホントに今日の伏見はどうしたんだろうか?


『よしっ! 今、勇介君はポーッとした顔で、カフェに誘ってくれたわよねー 今までツンツンモードであんまり上手くいってないから、今日は素直で可愛い系女子でいくのだー 頑張らないと、有栖川さんに勇介君を取られちゃう』


 ──なるほど、そういうことか。

 伏見京香よ。

 お前はそういう感じが一番可愛いぞ。




 駅前にあるカフェチェーンの店に入った。

 カウンターでカフェラテを二人分注文して、向かい合ってテーブル席に座る。


 ストローをくわえてカフェラテを飲む伏見の姿が、テーブル越しに目に飛び込んできた。


「ん? ふぁにふぁな?」


 伏見は俺の視線に気づいたのか、ストローを口に加えたまま上目遣いに俺に訊いてきた。

 たぶん『なにかな?』と言ったんだろう。

 ちょっと間抜けな感じもするが、美少女のそんな姿は、かえって超絶可愛く見える。


「いや、別に……」


 ──いや、ホントヤバいな。


 改めて真正面から見る伏見京香。

 その黒髪は艶々として、天使の輪が綺麗だ。

 まつ毛が長くてくっきり二重の大きな目は、見る者を吸い込むような感じ。

 小顔で流れるような頬からあごのラインは、思わず撫でたくなるような美しさ。


 それからしばらく雑談をしてる間も、目の前に座る伏見の姿に、何度も魂を持っていかれそうになった。


 マジで惚れて、自分から伏見に告りたい衝動が、心の奥底から湧いて出るのを感じる。


 ──いや、でもダメだ。

 伏見の方から告らせるんだ。

 この勝負に勝つのは俺だ。


 伏見と話をしながら、そんなことを考えていたら……


『勝負に勝つとか言って、どんだけプライドが高いのー? あ、ホントは、万が一にでもフラれるのをびびってるんでしょー?』


 ──ん?

 くぐもったような女の子の声。


 まさか伏見がそんなことを考えてるなんて……と思って顔を見たら、リアル伏見はきょとんとしてる。


「ん? どうしたの?」


 ホログラムの方は、『きゃー勇介君が私を見つめてるー』って嬉しそうだ。


 さっきの声は、伏見の心の声じゃないみたいだ。確かに伏見の声ではなかったように思う。


 ホログラムの声──つまり心の中の声は、実物よりもくぐもった感じではあるけど、本人の声に似てるから、誰の声なのかわかる。


 さっきの声が伏見のではないとすれば、いったい誰の声なんだ?


 そう思って、カフェの店内を見回した。

 すると──



 伏見のすぐ後ろの席に、向こう側を向いて一人で座っている栗色の髪の女の子が、チラッとこちらを振り向いた。

 その横顔は……


 なんと有栖川ありすがわあやだった。

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