第34話:伏見京香はラーメンを食べる

◇◆◇◆◇


 その日──つまり伏見京香と濃厚豚骨醤油ラーメンを食べに行く日。俺は何を着て行くか悩んだ。


 女の子と、しかも超絶美少女の伏見と食事をしに行くのだ。そこそこお洒落な格好で行くべきだと思う。


 だけど食べるのはラーメンだ。汚れてもいい服装で行くべきとも言える。


 ──ああっ、もう!

 なんで俺の人生初デートが、ラーメンなのだっ!?

 ……まぁいっか。ラーメン大好きだし。


 汚れが目立ちにくい黒いTシャツとジーンズを履いて、お昼ちょっと前に俺は家を出た。





 約束の場所、ラーメン屋の前に行くと、伏見は既に来て待っていた。


 肩までの美しい黒髪が風になびいている。

 決して巨乳ではないが出るとこは出て、締まるところは締まって、スタイルもいい。


 少しクールな感じの美少女の伏見が身に纏っているのは── 


 ──フリルが付いた、真っ白で可憐なワンピース。膝上のスカートの裾が、風でふわりと揺れてる。白くて細い足が滅法綺麗だ。


 超絶美少女の伏見がそんな格好をしていると……


 ──うーむ。やっぱり、ものすごく可愛い。


 ……って、真っ白なワンピースぅぅ!?

 ラーメン食うのにっ!?

 汁が飛んで、すぐに汚れちまうぞ!


「伏見、お待たせ」


 俺が声をかけると、伏見は目を細めてニコリと笑顔を浮かべた。


「そんなに待ってないわ。私も今来たとこ」


 おおーっ!

 今日はツンツンからじゃなく、優しいモードから来るか!


 ──いかん。これだけ可愛い姿でそんな態度を見せられると、キュンとしてしまった。


「あ……あの、伏見」

「なに?」

「そんなに凄く可愛いカッコをして来てるけど……」


『ほぇーっ! 勇介君が、私のこと可愛いだってーっ! やったね!』


 ホログラム伏見がぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでる。俺が可愛いと言ったのは、服装のことだったんだが。


 まあ確かに顔も可愛いし、ホログラムのリアクションも可愛いから、それは良しとしよう。


 だけど俺が言いたいのはそうじゃなくて。


「ラーメン食うのに、そんなカッコで汚れるだろ?」

「あら? 勇介君は私がバカだと思ってるのね?」

「いや、そうじゃない。そうじゃないけど……」


 ──いや、ホントは伏見をバカだと思ってる。

 今までのポンコツなコイツを見てると、バカ以外の何者でもないだろう。


「安心して。ちゃんと万全の対策を考えてあるわ」

「万全の対策?」


 意外だ。伏見がちゃんと対策を考えてきてるなんて。いったいなんなんだ?


 そう思って見てると、ショルダー鞄の中から、何やら折り畳まれたピンク色の物体を取り出した。広げるとそれはエプロンだ。

 しかも割烹着みたいに腕まであるやつ。


「おおっ……すげえ……」


 確かに万全の対策だ。

 だけど……そこまでして、ラーメンを食うか? そこがやっぱり伏見がポンコツたる所以だな。


『やったー! 勇介君に、凄いって褒められた〜!』


 ──あ、いや、伏見京香よ。

 俺は褒めてはいない。呆れただけだ。


 だけど確かにこれなら、汚れを気にせずにラーメンが食える。……見た目は変だけど。


「じゃ……じゃあ店に入るか」

「イエッサー」


 伏見はニコリと微笑んで、そう答えた。

 ──なんで英語?


 いや、今は深く考えないでおこう。

 二人でお出かけだからなのか、今日の伏見はいつにも増しておかしなテンションだ。




 店に入って、二人で並んでカウンターに座る。そして注文したラーメンが運ばれて来た。


「いただきます」


 伏見は丁寧に手を合わせてから、ラーメンを食べ始める。日頃のポンコツ具合からは意外なほど、なかなか上品な仕草だ。

 俺も慌てて、両手を合わせて「いただきます」と言ってから、ラーメンを食べ始めた。


「うん、旨い!」


 横の伏見をチラッとみると、片手で黒髪をかき上げながらラーメンを食べる横顔が美しい。


「うん、美味しいね」


 ラーメンの旨さに夢中になったのか、伏見はその美しい顔に、素直な笑顔を浮かべてそう言った。


 あまり普段見ることのない、伏見京香の素直な笑顔。それはめちゃくちゃ可愛くて、また胸の奥がキュンとする。


 ──ヤバい。


 今日の伏見は、服装と言い、仕草や表情と言い、いつもの学校では見たことがない可愛さに溢れている。


「ん? どうしたの?」


 ついつい伏見の顔をぼんやりと眺めてたら、不審な顔をされた。


「あ、いや。なんでもない。旨いな、ラーメン」

「うん、美味しい」


 俺の適当なごまかしが通用したようで、伏見はまた素直で可愛い笑顔を浮かべてる。


『今のは……勇介君、絶対に私に見とれてたよねー! だって勇介君の目が、めちゃくちゃハートマークになってるもーん!』


 ──あ、バレてた。

 ホログラム伏見がめちゃくちゃ喜んでる。


 目がハートマークになってたかどうかはわからんが、見とれてたのは確かだ。


 くそっ、マズい!

 伏見の可愛さと、俺の気持ちが見透かされてることで、ドキドキが止まらない……


 今まではコイツのポンコツな内心が見えることと、おかしな勘違いクールを見せつけられることで、そこまでドキドキはしなかった。


 だけど……今日のお前はヤバいぞ伏見京香。


 こんな感じで、素直で可愛いままの伏見と今日一日過ごしたら……めっちゃ好きになってしまうかもしれないじゃないか。

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