第33話:伏見京香は策を弄する

 もう少し休んでいった方がいいかと思ったが、伏見は「大丈夫」と言って、家に向かって歩きだした。


『恥ずすぎて、勇介君の顔を見れなーい』


 リアル伏見もホログラムの方も、顔が真っ赤だ。

 伏見はそのままゆっくりと歩きながら、家の方に向かった。俺はペースを合わせて横を歩く。




 やがて二人がそれぞれの方向に分かれる、道路の角に着いた。


「どうだ伏見? 問題なく歩けそうか?」

「ええ、もう大丈夫。ありがとう勇介君」

「いや、どういたしまして」


 ホントは家まで送りたいところだが、さすがにいきなり家まで行くのは気がひける。

 伏見は本音では、どう思っているのだろうか? 送って欲しいと思ってるなら、そうするけど……


 そう考えてホログラムを見たら、少し強張った顔で、何やらブツブツと呟いてる。


 ──ん? なんだ?


「あっ、あの……勇介君!」


 リアル伏見が、急に裏返った声を出した。こっちも顔が強張ってる。何をそんなに緊張してるんだ?


「お、お、お礼をしたいのっ!」

「へっ? お礼……?」

「ええ、そうよ、お礼。助けてくれたから」

「いやいや、そんな……お礼なんていらないよ。当たり前のことをしたまでだ」

「いや、それでも……」

「そんなこと気にすんな」

「でも……」


 どうした伏見京香、粘るじゃないか。なかなか律儀なヤツだな。


『ふぇーん……なかなか勇介君が、うんって言ってくれなーい。せっかくお礼で何かプレゼントして、勇介君の好感度をアップしようと思ってるのに〜』


 なるほど。

 そういうことか、あはは。

 ホログラム伏見は地団駄を踏んで悔しがってるじゃないか。


『もしくは何かご馳走するって口実で、どこか一緒にお出かけしようって魂胆なのにー』


 おいおい。

 美人女子高生が、魂胆なんてブラックな感じの言葉を使うな。

 わかったよ。乗ってやるよ、その話。


 いや……正直に言うと、俺は伏見とプライベートでゆっくり会ってみたいという気が起きてる。恐ろしいことだが。


「それなら伏見……何かメシでも奢ってもらうってのはどうだ?」

「えっ……?」


『うぉーい! やったぁー! 勇介君が、私の撒いた餌に引っかかってきたわー!」


 ──いや、だから。

 そんなブラックな発言はやめろ。

 ポンコツのくせに、策を弄するなんてことをしたら、失敗するのが落ちだぞ。


 でもまあ俺はその策に、ずっぽりとハマってやるつもりだけど。


「ああ、休みの日にどこか、何か食いに行こう」

「そ……そうね。勇介君がそれを熱望するなら……」


 だーかーらー!

 熱望してるのは、俺じゃなくてお前だろっ!


「や、やっぱり、勇介君は美少女とデートしたいなぁ、なんて思ってるのかしら?」


 ──はぁっ!?

 自分で美少女って言うか!?

 しかもどんだけ上から目線なんだよ?


「あ、じゃあいいや。やめとこう」

「えっ……?」


 伏見は固まって、その後ウルウルと泣き出しそうな顔になってる。


『あーん、めちゃんこしまったぁ〜 せっかくのチャンスなのに〜 ここはツンを出すところじゃなかったみたいーっ!』


 ホログラムの方なんか、青ざめて、目からボロボロ涙をこぼしてる。


 ──あ、しまった。

 伏見があまりに上から目線なんで、ついつい意地悪なことを言ってしまった。


 そんな泣きそうになるんなら、初めからツンツントークするなよ。


 ──ああ、はいはい。わかったよ。

 お前の気持ちはわかったから、そんな悲しそうな顔するな。


「いや、やっぱりメシ食いに行きたい……かな。伏見と」

「えっ……?」

「何を食いに行こうか?」

「えっ……?」

「だから、伏見は何か食べたいモノはあるか?」

「えっ……?」


 なんなんだ。『えっ?』しか言わない。

 伏見は頭が混乱してるみたいだ。


『食べたいものって言えば……濃厚豚骨醤油ラーメン!』


 ホログラム伏見がよだれを垂らしながらそんな言葉を吐いた。

 ずっこけそうになる。

 こいつ……食べたいものを考えてただけだったのか。


 しかも美少女が言うには違和感バリバリの、濃厚豚骨醤油ラーメンとな?


 いや、別に美少女が濃厚豚骨ラーメンを食っちゃいけないわけじゃない。

 正直に言おう。俺は濃厚な豚骨醤油ラーメンが大好きだ。


 そして女子でもそれが好きな人は、いくらでもいることはわかってる。

 だけど……だけど、だ。


 女の子が好きな男子と初めて食事に行く時に、チョイスするメニューではない……という気がする。


 リアル伏見の方は、未だに固まったままだ。なんと答えるか、迷ってるんだろう。


「えっと……伏見。もう一度聞くが、何を食べたい?」

「そっ……そうねぇ……」


 リアル伏見が顎に手を当てて、視線を宙に彷徨さまよわせて考えている。

 ちょっとお洒落なカフェランチとか、はたまた人気のスイーツとか。

 そういうお店を思い浮かべて、どこに行きたいか考えているのだろう。


 そう思ってホログラム伏見を見たら。


『濃厚豚骨醤油ラーメンっ!!』


 小さくガッツポーズをしながら、相変わらずそのメニューを叫んでいた。




 結局俺の方から「濃厚豚骨醤油ラーメンなんてどうだ?」と提案して、次の日曜日に一緒に食いに行くことになった。


 駅前に結構有名で、グルメサイトでも評価の高い店がある。

 そこに日曜の昼に待ち合わせる約束をして別れた。


 ──これってやっぱり……デートだよな?


 初デートが濃厚ラーメンを食いに行くなんてプランで、本当にいいのか?

 そんな疑問は拭えないが、伏見が心の中で熱望するのだからしょうがない。


 まあ俺は今までデートなんてしたことがない。

 だからもしかしたら初デートと言っても、そんなパターンも割とあるのかもしれない。


 それにラーメンを食いに行くならそんなに緊張しなくていい。

 お洒落なカフェランチなんて行くのなら、何をどうしたらいいかわからない。自分の好物を食いに行く方が、楽しめる気がする。


 そう自分に言い聞かせて、伏見との初デートに臨むことにした。

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