第32話:伏見京香は名前呼びする

 伏見が俺の名前呼びをしたことに「ドキドキしたよ」と言ったら、ホログラム伏見は俺がコイツに惚れてるとまで言い切りやがった。

 この飛躍っぷり……相変わらず伏見の脳内はお花畑満開のようだ。


 まあでも……

 以前なら俺も『惚れてないからっ!』って心の中で速攻で完全否定してたけど。

 少し呆れはしたが、今はちょっと、否定できない自分が怖い。


東雲しののめ君は……」


 リアル伏見が緊張した面持ちで口を開いた。さて、何を言ってくるつもりだ?


「どどどど、どうして……どどどど、ドキドキするのかしら?」


 噛みすぎだぞ、伏見京香。

 それはいくらなんでも、度が過ぎるってもんだ。


「ふ……不整脈なのかしら?」


 うん。想定の範囲内のボケだな。


「いや、別に。俺は不整脈じゃないなぁ」

「じゃあ、どうして……なのかしらね?」


 伏見は相変わらず緊張した顔で、俺をじっと見つめてる。何を期待してるんだよ?


 ああ、もうっ!

 仕方ない。

 伏見が期待するような答えをしてやるか。


「そりゃ、伏見さんのような可愛い女の子に、名前で呼ばれたら、ドキドキするだろ?」

「ふぇっ? あ、ああ……そうかしらね?」


 本人はあたふたして目が泳いでるけど、ホログラムがピョンピョン飛び跳ねて喜んでるのを、俺は見逃さない。


『おっほほーい! 私のこと、可愛いだって! やったぁー!』


 ホログラム伏見は激しく何度も万歳を繰り返してる。

 こういった姿も、もはやほのぼのとした気分で眺められるようになってる自分が怖い。慣れとは恐ろしいものだ。


「なんなら……東雲君がそんなに、死ぬほど熱望するなら、これからも名前で呼んであげてもいいけど?」


 リアル伏見は鼻からふっと息を吐きながら、薄く笑って偉そうに言う。


 おお……一転、攻めてきたな伏見。

 ここで攻めの一手を出してくるとは意外だ。死ぬほど熱望なんてしてないけど。


 やっぱり有栖川のせいで、伏見が積極的になってる気がする。


 さて、どう答えるか?

 コイツの気持ちを考えたら、ぜひお願いしたいと言うべきなのだろう。


 そうしたら伏見はまた大喜びして、更に俺を好きになってくれるように思う。


 ──だがしかし。

 それでは面白くない。

 もう少し焦らしてやろう。


 俺は、そう考えた。

 

「いや、別に。死ぬほど熱望は……してないかな」

「あっ……そ、そう……なのね」


『うわーん、しまったぁ〜 せっかく勇介君と距離を縮めるチャンスだったのにぃー!』


 ホログラム伏見ががっくりと肩を落として、どよーんとした暗い顔になってる。気の毒なくらいだ。

 あんまりいじめるのも、悪い気がしてきた。


「でも……」

「でも?」

「まあやっぱり伏見みたいな可愛い子に名前で呼ばれるのは、まあまあ嬉しいぞ」

「へっ?」


 リアル伏見は間抜けな声を上げた後、固まってしまった。ホログラムの方はと言えば……


『ひぇーん……』


 可愛らしくそんな声を出して、仰向けに卒倒してしまった。大丈夫か!?

 酸素不足の金魚みたいに、口をパクパクしてる。気絶寸前のような感じだ。


『うーん……もうダメにゃん。嬉しすぎる……勇介君……好き♡』


 おわっ!

 俺の言葉にノックダウン……ってか!?


 実物の方はと思って見ると、座ったまま、目を開いてはいるけどボーッとしてる。目の前でひらひらと手を振ってみても無反応。


 こりゃマジで気絶してる?

 やっべぇ……


「おい、伏見! 大丈夫か!?」


 肩を揺らすと伏見は「へっ?」と言って、俺に目を向けた。

 良かった。死んではいなかったようだ。


「ゆ……勇介君……」

「ああ、勇介だ。大丈夫か?」

「う……うん」


 伏見は頬をピンクに染めた顔で、コクンとうなずいた。

 ヤバい。めっちゃ可愛い。

 俺の方もノックダウン寸前だ。


「あ、あの……足は大丈夫か?」

「えっ? あっ……えっと……」


 伏見は座ったまま、痛めた右足をぐっと地面に押しつけている。


「あ、大丈夫そう。かなり痛みが引いてる」

「そっか、良かった。立てそうか?」

「ええ……」


 伏見はうなずいて、ゆっくりと立ち上がった。そして二、三歩、おっかなびっくりではあるが歩いてみる。


「あ、大丈夫そう」

「そっか。無理すんなよ」


 俺が微笑みかけたら、伏見は俺の顔を見つめた。


『ええーっ!? 今の勇介君の優しいお言葉、キュンとするーっ! ああーん、ますます惚れちゃうよー』


 ──あ、ホログラム伏見が、立ち上がって悶絶してる。喜んでくれたようで何よりだ。


 リアルの方は動きが固まってるけど、顔が燃えるように赤くなってる。可愛いじゃないか。


 それにしても、リアルの方までここまでのリアクションをしてくれるのは、今までとは大きな変化だ。

 俺に対する想いや照れが、かなり表に出るようになってきてる。


「じゃ、じゃあ帰りましょうか」

「ホントに大丈夫か? もう少し休んでた方が、いいんじゃないか?」

「いえ……大丈夫」


 伏見は赤らめた顔を俺から逸らして、ゆっくりと歩きだした。

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