第24話 信託銀行

ヴァルハラ領

無事問題を解決して屋敷に戻ったエリサベスは、上機嫌でサクセスに相談した。

「ねえ、私たちの婚約パーティを開かない?」

「婚約?」

キョトンとした顔になるサクセスを見て、エリサベスは膨れる。

「なによ。ホタテ王に私を婚約者って紹介したでしょ」

「嘘に決まっているだろ」

それを聞いて、ついてきたアヤコが喜ぶ。

「やっぱり嘘だったの。なら私が婚約者」

「断る。それより今回の分け前を配るから、確認してくれ」

サクセスはそういって、何かが入っている袋を取り出して二人に渡した。

「なにこれ?」

袋を開けてみると、キラキラと輝く美しい玉が現れた。白やピンク、シルバーやゴールド、あるいは黒など、さまざまな色がある。

「これらは『真珠』という宝石だ」

真珠とは、貝などに異物が偶然に混入されることで、その異物を核に炭酸カルシウムが結晶してできる宝石である。

地球でも、真珠は養殖技術が開発されるまで「宝石の王様」と呼ばれ高値で取引されていた。それというのも天然真珠はとほうもない数の貝を開けて一粒一粒探す貴重品だからである。

「元は人手鬼の卵だ。五人で均等に分けると、一人1000粒程になる」

「え?それってモンスターの卵なの?」

エリサベスは嫌そうな顔になって、真珠を袋に戻す。

「私はいらないかも。辞退するわ」

「……私もいらないの」

エリサベスとアヤコは、袋をサクセスに返した。

「いいのか?王都では一粒金貨100枚で取引されているぞ」

「……いいの。モンスターの卵なんて気持ち悪いし」

「お爺ちゃんの排泄物なんて触りたくないの」

サクセスから金額を告げられても、二人は嫌そうな顔をしてそっぽを向く。

「わかった。なら一応預かっておく」

(エリザベスの真珠の取り分だけで、金貨10万枚は返済できるんだがな……まあいい。必要なときまで預かっておこう)

サクセスは、真珠1000粒をエリザベスの個人資産に分類すると、財貨室にしまう。

そうしておいて、次はエレルとガラハットを呼び出した。

「分け前ですか?何かありましたっけ」

サクセスから冒険の成果の分配を告げられると、エレルとガラハットもキョトンとしている。真珠の入った袋を渡されても、二人は微妙な顔のままだった。

「きれいな玉ではあるんですけどね。使い道はないような」

「お坊ちゃん、俺にこんな綺麗なものが似合うと思うかい?酒のほうがマシだぜ」

そんな二人に、サクセスは真珠の価値を説明した。

「こんなものが金貨100枚で売れるのですか?」

「貴族や金持ちって、訳がわかんねえな」

ガラハットはため息をつくと、袋をサクセスに返してきた。

「まあいいや。俺はいらん。そんなもの何の役にもたたないし」

「そんなことないぞ。これを持って王都にいけば大金持ちになれるだろう」

サクセスがそういうと、ガラハットはムッとした顔になった。

「それで、せっかく居場所ができたヴァルハラ領をすてろってのかい?いくら金があっても、また身分不定の根無し草の放浪者に戻るのは勘弁だぜ。そもそも、後ろ盾のないチンピラが大金もっていたって、命を狙われるだけだ」

ガラハットは大人だった。大金を使うには、まず他人が簡単に手だしできないような社会的地位が必要だということを理解していたのである。

「それに、スネークバード平原にいる仲間たちも気にかかるしな。ま、それは全部坊ちゃんに預けておくよ。必要になる時までな」

「私もいりません。騎士に宝石など無意味です。あ、でもエリサベス様には似合うかも。サクセス、それを使ってエリサベス様にネックレスや指輪を作ってあげてください」

二人は真珠をサクセスに押し付けると、帰って行った。

(困ったな。あまり俺に押し付けられても困るんだが。いや、これを元手に、あの計画を進めるか)

サクセスは、思わぬ大金を得たことで、あと数年かかると思っていた計画を前倒しにするのだった。


数日後

再び会議室に全員が集められる。

彼らの前には、大量の真珠が宝箱に入った状態であった。

「話って何?」

「いいか。今俺たちの個人資産として、真珠五千粒がある」

サクセスは、キラキラと輝く真珠を指差す。

「このまま倉庫にいれていても、何の意味もない。まさに蛮族に宝石だ。いやこの場合、田舎者に真珠か」

「田舎者で悪かったわね。どうせ私は田舎娘ですよーだ」

エリサベスがふくれっ面になる。それを無視して、サクセスは話を続けた。

「勘違いするな。これが不要な田舎者なのは俺も同じだ。だから、これを少しずつ王国や他国のみえっぱり貴族に売り払って、現金に換える。そしてその現金を運用しようと思う」

「運用?」

「いろいろだ。信用できる商人に金を貸したり、他国や貝底国との貿易の物資を集めたり船を作ったり。ヴァルハラ領のインフラ整備なんてのにも金がいるからな」

サクセスは、真珠5000粒という莫大な資産を公共のために使いたいと申し出てくる。

「いいんじゃないかしら。領が豊かになったら民も喜ぶし」

エリサベスは簡単に同意するが、サクセスは首を振った。

「そうしたいのは山々だが、勝手に使えないんだ」

「なんで?」

「この真珠は、個人の持ち物だからだ。運用するには一度個人の資産と組織の資産を分ける手続きをしないといけない」

冒険で手に入れた財宝は個人のものだから、いくら預けられてもサクセスやエリザベスが勝手に利用できないと主張する。

「それで、何がいいたいのですか?」

回りくどいサクセスに呆れたのか、エレルが聞いてきた。

「これらの個人資産をいったん預かり、組織として運用する『信託銀行』を新たに作る。真珠は『出資金』として預かり、その代わりになる個人資産として『株券』を発行する」

サクセスは「ヴァルハラ領立ゴールドマン信託銀行株」と書かれている貴公紙の束を差し出した。それには蛍光塗料でしっかりとヴァルハラ領の印字がおされていて、1000枚ある。

「これは何?」

「『信託銀行』を作るのに資産を提供したという証明書だ」

そう説明されても、皆よくわかってない顔でポカンとしている。

「ええと、この紙切れに何の意味があるんですかい?」

「裏面に、この株券の価値が書いてある」

裏面を見ると、『出資者には一株単位で真珠・硬貨・麦札でいつでも交換可能』と書かれていた。

「つまり、この紙切れをもってくれば、いつでも預けた真珠を返してくれるっていうわけか」

「そういうことだ」

真珠の引換券と聞いて、ガラハットは株券の価値を理解する。

「それだけじゃなくて、真珠を売却したり、金を貸したりして得た利益を分配する。もっている株券の数に応じてな」

「そいつはありがてえや」

持っているだけで金が入ってくると聞いて、ガラハットは喜ぶ。しかし、エレルは納得できないのか、ずっと顔をしかめていた。

「サクセス、私にはこんな紙切れはいりません。そもそも私の分け前は、エリサベス様のために使うように言ったはずです」

「いいから持ってろ。銀行ってのは信用第一なんだ。下手に預かっているものをポッケナイナイして信用を無くしたら、争いへの第一歩なんだ。だからどうあってもキッチリと取り分は受け取ってもらわないと困るんだ」

サクセスは、金の問題はなあなあで済ませてはいけないと諭す。エレルはしぶしぶ株券を受け取った。

「その『株券』は現金で引き取ることも可能だ。現在の買取価格は一株金貨100枚か、それ相当額の麦札だ」

「つまり、私は金貨10万枚持っているということですか?とても信じられませんね」

エレルは胡散臭そうに、持っている株券を見つめた。

「ああ、もっとも一気に硬貨でよこせと言われたら困ってしまうが」

「そんなことしませんよ。必要ないですし。これは邪魔になるので、あなたが預かっていてください」

エレルは興味を失ったのか、株券をサクセスに渡した。

サクセスは大事そうにその株券を受け取る。エリザベスたちも手渡してきたので、全員の株券を領の金庫に保管した。

「よかったな。これでエレルさんも王国有数の資産家だ。婿は選び放題だぞ」

「金目当てで近寄ってくる男に興味ありません。そもそも実感もないですし。そのままずっとしまっておいてください」

「そんなことより、酒が足りないんでまた取り寄せてくれ」

こうしてエレルとガラハットは実感もないままゴールドマン銀行の大株主になるのだが、後年、この株のおかげで彼らの家系は子々孫々まで大金持ちとして続いていくことになるのだった

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借金聖女と腹黒御用商人 大沢 雅紀 @OOSAWA

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