第23話 宴会

王城

サンゴでできた豪勢な城では、宴が繰り広げられていた。

「さあ、皆様ごらんください。黒鉄魚の解体ショーでございます」

屈強な料理人が、大きな魚をテーブルに載せて、刃物で解体する。あっという間に切り身に分けられて、皿に乗せられた。

「聖女様。どうぞ」

「え?生で?」

赤い身をそのまま差し出されて、エリサベスはびっくりする。地上では、生で魚を食べる習慣はなかった。

「これは失礼を。亀甲油を忘れていました」

料理人は黒い液体を赤身にかける。それを見て、エリサベスはますます食欲をなくしてしまった。

「あの、すいませんけど……その……」

「いただこう」

エリサベスに代わってサクセスが赤身を口に入れる。一口食べたサクセスは、歓喜の表情を浮かべた。

「旨い。またマグロのトロとこの醤油がよく合っていて……久しぶりに食べた」

「トロ?ショウユ?何それ?でも、そんな美味しいなら、食べてみようかな……?」

サクセスが何をいっているのかわからなかったが、美味しそうに食べているのでエリサベスも口に入れてみる。

「美味しい!」

たちまちエリサベスも刺身の魅力にはまってしまった。

その隣では、エレルがアヤコに迫られている。彼女は茶色いスープが入った椀を差し出していた。

「あなたもよく戦ってくれたの。これをどうぞなの」

「え?こ、これは泥水なのでは?そ、その、私はおままごとの相手は苦手でして……」

エレルは額に汗を浮かべて、小さな白い立方体や海草が浮かんでいる椀を見つめる。

「おままごとじゃないの。これは大豆汁といって、高級スープなの」

アヤコはプンスカと怒る。

「そ、そうですか……わかりました」

大豆でできているといわれて、エレルは覚悟を決めてスープを飲んだ。

「これは……ちょっとしょっぱいですけど、やさしい味ですね」

エレルは大豆スープを気に入ったようで、お代わりするのだった。

「しかしよぅ。魚が豊富なのはいいけど、パンとか肉とか野菜がないのがあじけねぇなぁ」

ガラハットは自分の前に並べられた食事を見て嘆く。金や銀の皿に山盛りに盛られているのは、大量の大豆とモヤシだった。

「無理言うなよ。ここは海底なんだから」

サクセスはそうたしなめる。

「私たちも光魔法を使って植物を栽培しているけど、主食の大豆を作るのが精一杯で麦とかつくれないの」

「なるほど。たしかに植物の中で唯一肉に匹敵するタンパク質を得られるのは大豆で、それを暗い場所で発芽させたのがモヤシだよな」

アヤコの説明を聞いて納得する。

「仕方ねえ。酒だ!」

あきらめたガラハットは酒をがぶ飲みするが、すぐに不満をもらしはじめた。

「ああ、贅沢は言わないから、つまみがほしい」

(まてよ。大豆があるってことは、あの定番のつまみがつくれるはずだよな)

そう思ったサクセスは、料理人に頼んで青い未成熟の大豆をサヤごと湯でたものを持ってきてもらった。

「坊ちゃん。なんですかこれは?」

「『枝豆』という料理だ。塩を振ってたべてみろ」

ガラハットが言うとおりにしてみると、塩味が聞いた柔らかいマメの食感が口に広がった。

「これはいいな。いくらでも食べられるぜ」

ガラハットは気に入った様子で、枝豆を平らげる。

「これはいいものですね。新しい料理になりそうです」

料理人も感激していた。

「あなた様は料理にも詳しいのですか?」

「いや、詳しいってわけじゃないぞ。ただ何事も偏見を持たず、試してみる事が新たな商売につながるってことだな」

サクセスがちょっと威張って言うと、料理人は何かが入った壷を差し出してきた。

「さすが勇者様です。では、これを試食してみてください」

壷を開けると、真っ黒いぬめぬめしたものが入っていた。

「これは?」

「食べられる藻を塩と一緒につけた『漬藻』なのですが、みんな怒って食べてくれないのです。藻なんて食えるかって!」

料理人は悲しげにうつむく。

「勇者様。無理しなくていいの」

「い、いや。物は試しだ」

アヤコがとめてくるが、サクセスは勇気を出して一なめしてみた。

「なんだ。生海苔か」

口に入れてみて拍子抜けする。日本ではご飯のお供として親しまれている生海苔がそこにあった。

「このままでもいいけど、もう一工夫したら食べやすくなるぞ。これを薄く延ばして、乾かして味付けするんだ」

サクセスか板海苔の作り方を教えると、料理人は感謝した。

「ありがとうございます。勇者様がお墨付きを与えてくださった料理として、これからも精進させていただきます」

こうして、枝豆と海苔は貝底国に広まっていくのだった。

貝底国の料理を堪能しながら、サクセスは残念に思う。

(貝底国の食文化って日本に近いよな。でも肝心のアレがない。くそ!刺身も醤油も味噌も枝豆も海苔もあるのに!)

懐かしい日本の味を思い出して、サクセスはひそかに涙を流す。

(あともう少ししたら魔法学園に通うために王都にいく。王都は物流の中心で他国からの交易品も集まる場所だ。もしかして、アレが見つかるかもしれない。探してみよう)

サクセスはそう決心するのだった。


宴もたけなわになった頃、サクセスは王の近くに招かれる。

「勇者様、ほんとうに感謝する」

アヤコから事の顛末を聞いたホタテ王は、最初とは打って変わってサクセスを勇者扱いして歓待していた。

「勇者様、お礼にアヤコをもらってくださらんか?」

挙句の果てにそんな事まで言われてしまい、サクセスは困ってしまった。

そんな彼を、エリザベスはじっと睨んでいる。

(そんなに睨むなよ。仕方ないな。角がたたない言い方で断るか)

そう決心すると、静かな口調で告げた。

「ありがたい申し出ですが、私には既に婚約者がいますので」

「ほぇっ?」

それを聞いたエリサベスが、素っ頓狂な声を上げる。

「ほう、その方はどなたかな?」

「あそこにいる、聖女でございます」

サクセスがそう告げると、エリサベスの隣で大豆スープを飲んでいたエレルが吹き出した。

「ぶっ。サ、サクセス、何を言い出すのですか。身分をわきまえなさい。貴方は平民で、エリサベス様は貴族……もがっ」

「しーーっ。黙っていて!そうなんです。私がサクセスの婚約者なんです!」

エリサベスはエレルの口を塞ぐと、満面の笑みを浮かべて宣言した。

「……嘘なの」

今まで黙って聞いていたアヤコが、口を尖らせる。

「嘘じゃないよ。そういうわけだから、ごめんね。アヤコちゃんはあきらめて……」

「いや、待たれい」

アヤコとエリサベスの間に火花が散るのを見て、ホタテ王が仲裁に入った。

「確かに、勇者様のお相手は聖女様がふさわしいかもしれぬ。ならば、娘は第二夫人として受けいれてくださらぬだろうか?」

「第二夫人?」

まったく引かない彼に、さすがのサクセスも困ってしまう。

「そうじゃ。勇者様は世界の救世主。妻の一人や二人抱えてもなんということもあるまい。きっと娘を幸せにしてくれると信じておる。とりあえず、お側においてくださらぬか?」

「なぜそこまで?」

サクセスが聞くと、王は答えた。

「実はの。ずっと貝底国は鎖国して引きこもっていたので、今の世界がどうなっておるのかわからぬ。アヤコは貝底国を継ぐ者として、見聞を広めてもらいたいのじゃよ」

どうやら、アヤコをパイプ役として地上とのつながりをもちたいらしかった。

「わかりました。とりあえずお客様としてお預かりします」

「仕方ないの。今のところは妹ポジションで我慢するの」

断りきれずにサクセスが受け入れると、アヤコは笑顔を浮かべた。

そんな彼女を、エリザベスは警戒した目で睨んでいる。

「まずいまずい……私以外にサクセスのいい所を理解する女の子なんて絶対にいないと思っていたのに。シャルロット様やアヤコちゃんは私なんかよりよっぽど女の子らしいし。私はどうすれば。あ、でもサクセスから婚約を申し込まれたのはうれしいかも」

焦ったり喜んだり忙しい彼女の隣で、エレルも何事かつぶやいている。

「だ、だめです。弟と妹が婚約なんて許せません。だってそうなったら、私だけが一人でとりのこされて……寂しい老後を……これはなんとしても、アヤコ様とサクセスをくっつけなければ」

「まったく、坊ちゃんは傍で見ている分には最高の酒の肴だな」

一人だけ我関せずと酒を楽しむガラハットだった

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