第22話 真の勇者
「い、いや。サクセスを失うなんて耐えられない。こうなったら、私の全力を使って!」
エリサベスの背中から、光でできた羽が生える。
その時、苦しげな声が響き渡きわたった。
「な、なんじゃ!これは。ま、まずいっ!」
その声と共に壁が振動をはじめ、何かが吐き出される。
それは、全裸で粘液まみれになったサクセスだった。
「サクセス!大丈夫?」
エリサベスは真っ先に駆け寄り、サクセスを助け起こす。
「ああ、大丈夫だ。『準備』しておいてよかったぜ」
サクセスは粘液まみれの体を拭きながらつぶやいた。
「『準備』って?」
「ヒトデ退治につかわれているものさ。これを下着にしみこませていたんだ」
サクセスがリュックから取り出した樽に入っていたのは、腐って酸化したワイン-『酢』だった。
地球でもオニヒトデの大量発生により、貝やサンゴが食い尽くされて大きな被害がでているが、ヒトデを駆除しようにも毒をもっていて刺されると危険なのでなかなかうまくいかない。
そこで、ヒトデにとって毒となる『酢』を投与することで駆除に成果がでていた。
「ぐぉぉぉぉー腹がいたいのじゃ!」
壁からクイーンの体が分離し、苦しげにのたうちまわる。
その間にも、サクセスは酢の入った樽を、先に鉄の針がついた木製の筒にセットしていた。
「わ、我に毒を盛るとは、卑怯者!それでも勇者パーティか!」
中心部の顔を押さえて非難してくるクイーンを、サクセスは冷たく見下ろした。
「残念だけど、俺たちは勇者パーティじゃないんでね。だから卑怯な手を使わせてもらおう。それ!」
サクセスは鉄の針がついた筒を、クイーンスターに突き刺す。弱っていたクイーンは避けきれず、まともに食らった。
「ふっ。なんじゃこの貧相な槍は。そんなもので不死身の我を倒すつもりか?」
しかし、自分の再生能力に自信を持つクイーンスターは、刺されても平気な顔をしていた。
「ちがうね。これは槍じゃない。『注射器』だ」
「なに?」
次の瞬間、刺さった針の先端から酢が注入され、クイーンスターの体内に広がる。
たとえようもない不快感が体全体にひろがり、強力な毒を持つはずの体が麻痺していった。
「ば、ばかな。六魔鬼となって海を支配するはずの、我がこんな簡単に……」
女王の顔が土気色になっていく。見る見るうちにその体が縮んでいき、やがて完全に動かなくなった。
「サクセスすごい!。あんな手であいつをやっつけるなんて」
エリサベスが満面の笑みを浮かべて近づいてくる。
「たまたま、用意していた手が有効だっただけだ。一歩間違えたらここで全滅していたかもしれん」
サクセスは褒められても平然としている。
「あはは。相変わらずクールだな。でも頼りになるよ。そんなあなたが、私は……」
エリサベスが何か言う前に、誰かがサクセスに抱きつく。それはピンク色の髪をした美少女、アヤコだった。
「勇者様。助けてくれてありがとうなの」
「ちがう。俺はただの御用商人だ」
美少女から勇者認定されたサクセスは、きっぱりと首を振る。
「そんな謙虚なところも素敵なの。きめたの。あなたを婿にして、いずれ王様にするの。いつまでも一緒に貝底国で暮らすの」
「か、勝手に決めるな、お、おい。なんとかしてくれ」
困ったサクセスは助けを求めるが、生暖かい視線を返された。
「あら。いいんじゃないでしょうか。サクセスが婿にいけば、エリサベス様は安心ですし」
「いいねえ。お坊ちゃん。うらやましいねぇ」
サクセスをからかうエレルとガラハットだったが、不穏なオーラが漂ってくる。
「サクセス……そんな小さい子に手をだすなんて……」
いつの間にかエリサベスが、二人をじっと睨み付けている。その体からは聖女に似合わない黒いオーラが発せられていた。
圧倒的な魔力を感じて、さすがのサクセスも恐怖を感じる。
「ち、違うぞ。俺はロリコンじゃなくて!」
「うるさい!この変態!」
思い切り殴られるサクセスだった。
深貝ダンジョンでは、奇妙な光景が繰り広げられていた。
陰険そうなメガネの少年が、オレンジ色の髪の美少女にポカポカと殴られて悲鳴をあげている。その体には、ピンク色の髪の美少女がしっかりと抱きついていた。
「だから、違うって」
「うるさい。だいたい私には手をださないくせに、なんでそんなちっちゃな子を!」
エリサベスは頬を膨らませて拗ねている。
「いや、お前は14歳だろ?12歳のアヤコと大差ないっていうか」
サクセスはちらっとエリサベスの平らな胸を見て、そうつぶやく。
「失礼ね。私も子供だといいたいの?来年には成人を迎えて、結婚できるんだからね!」
子供扱いされたエリサベスは、さらに怒り出す。
「結婚ねぇ……正直すぐには無理だと思うぞ」
「なによ。エレル姉さんみたいに行き遅れるとでもいいたいの?」
「こっちまで流れ弾がきた!」
行き遅れ扱いされたエレルがへこんでいる。
このままだと収拾がつかなくなりそうだったので、ガラハットが間にはいった。
「まあまあ、お坊ちゃんお嬢ちゃんの結婚問題を話すのは後にして、そろそろ帰りましょうや。用は済んだんだし」
そう言ったとき、いきなり壁から振動が伝わってきた。
「な、なんだ?」
「ま、まさかお約束の展開で、崩壊するとか?」
一行が警戒していると、いきなり内蔵の壁が開いて、巨大な通路が現れた。
「これは?」
「お爺ちゃんが会いたがっている。いくの」
アヤコの先導により、通路を通っていく。しばらく行ったところで、
側面に髭を生やした老人の顔が浮き出ている巨大な柱が見えてきた。
老人の目から光が発せられ、一行を優しく照らす。全員の脳裏に重々しい声が伝わってきた。
「勇者の一行よ。よくぞ我が体内に巣食う邪悪を倒してくれた。ワシは貝柱神ゴッドシェルじゃ。心から礼を言おう……ぬ?」
老人は意外そうな顔になる。
「どういうことじゃ。勇者がおらぬではないか」
「お爺ちゃん。この方が勇者なの」
アヤコが前に出て、サクセスの裾をひっぱる。
「ちがうぞ。わが子孫よ。こやつは商人じゃ。勇者ではない」
「いいえ。彼はクイーンスターを倒したの。立派な勇者なの」
アヤコはそういって譲らなかった。
「なんと。聖女と商人、その他だけで奴を倒したのか」
ゴッドシェルは驚いた顔になる。
「その他って、失礼ですわね」
「まったくだぜ」
その他扱いされたエレルとガラハットは、不満そうな顔になった。
勇者のいないパーティを見渡して、老人は咳払いする。
「こほん。では改めて礼を言おう。聖女パーティよ。よくぞわが内に巣くう鬼を駆除してくれた。感謝する」
「感謝するなら、お礼の言葉より形のあるものを……むぐっ」
何か言いかけたサクセスの口を塞ぎ、エリサベスは殊勝に頭を下げた。
「もったいないお言葉でございます。ですが、私たちは困っている方々に少し手を貸しただけでございます」
「うむ。聖女らしい立派な言葉じゃ。感服したぞ。やがてそなたは勇者と協力して、世界を救うじゃろう。ワシはいつまでも見守っておるぞ……」
その言葉を残して、老人の顔が柱にめり込んでいく。あとはサクセスたちだけが残された。
「聞きました?貝柱神様はエリサベス様が勇者と結ばれて、世界を救うっておっしゃってましたよ。婿が勇者ならわが領も安泰です」
エレルは喜んでいるが、エリサベスは慌てて否定した。
「待ってよ。勇者と結ばれるなんて仰ってないよ。協力って言われただけ。だいたい私には勇者なんて……」
エリサベスはチラチラとサクセスを見るが、彼は何事か考えこんでいた。
(勇者と協力して……か。その勇者が我が家に密かに伝わっているように、恩知らずの女好きじゃなければいいんだがな。やれやれ、面倒なことだ)
サクセスは、聖女という重い宿命を背負っているエリサベスに同情してしまうのだった。
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