第21話 クイーンスター
深貝ダンジョン
サクセスたちは、壁が紫色に変色している最深部のエリアに到達していた。
「かわいそう。壁からひしひしと痛みのオーラが伝わってくるわ。エクスヒール!」
エリザベスは最高の治癒魔法をかける。その光があたった部分は元の真珠色の輝きを取り戻した。
「これで治ればいいんだけど……」
期待をもって壁を見つめるが、すぐに失望する。治癒魔法が途絶えると、すぐに内臓の壁は紫色に変色していった。
「こうなったら根競べね。エクスヒール……いたっ!」
「アホ。魔力を無駄にするな」
再び治癒魔法をかけようとしたエリザベスの脳天にチョップを食らわせると、サクセスは『鑑定のメガネ』を発動させる。
「なるほど。体内に入った異物が原因で苦しんでいるのか」
サクセスは、いきなり紫色の壁に腕を差し込んで、何かを引き抜く。
それは、ピンク色に輝く小さな玉だった。
「なにこれ?」
「『鑑定』。なになに?『人手鬼の卵(真珠化)』だって?」
「ありえない。人手鬼が襲ってきたのは400年も前のはず。卵が残っているわけがないの」
それを見たアヤコが首を振る。
「とにかく、これが原因かもな。エリザベス」
真珠の玉を袋にいれて、エリザベスに指示する。
「うん。ヒール!」
エリザベスが再び治癒魔法をかけると、壁は輝きを取り戻す。しばらく待ってみても、紫色には変色しなかった。
「この調子で、全部除去しよう」
それからサクセスの『鑑定』で異物がある場所を特定し、全員で除去するのだった。
数時間後
「これで大体終わったかな?」
パンパンに膨れあがったリュックを背負いながら、サクセスがつぶやく。玉を大量に回収して治療魔法をかけたおかげで、紫色をしていた最深部エリアも、ほとんど元の輝きをとりもどしていた。
「よし。それじゃとっとと帰って……」
「きゃーーーー!」
「いやーなのー」
サクセスが帰ろうとしたとき、エリサベスとアヤコの悲鳴が響き渡る。
いつのまにか壁から生えてきた触手に絡めとられていた。
「お嬢ちゃん!」
「エリザベス様!」
慌てて駆け寄ったガラハットとエレルが、もっていた短剣で触手をを切断する。
「くそっ!なんだこれは!」
しかし、新たに生えてきた触手によって拘束されてしまった。
「みんな!」
サクセスは、慌ててリュックを下ろして駆け寄ろうとするが、床から這い出た触手に絡めとられてしまった。
触手の先端が裂け、鋭い牙が生えた口が無数にできる。その口はサクセスたちに噛り付き、貪り食おうとした。
「シェルシールド!」
可愛らしい声と共に、全員の体表に透明なシールドが張られる。
「アヤコ、助かったぞ」
「どうもなの。でも、このまま動けなかったら困るの。異物とみなされて、お爺ちゃんの石化魔法が……」
アヤコがそういったとき、不気味な声が響いてきた。
「ふふふ……聖女を捕らえるとは。これで我らが魔族の勝利は決まったようなもの」
壁の一部がもりあがり、人型のヒトデになる。その中央からは、色っぽい女の顔が突き出ていた。
「きゃーー!」
あまりに不気味な姿を見て、エリサベスたちは悲鳴をあげる。
「お、お前はなんだ!」
「我は、やがて六魔鬼の一人となる人手鬼の女王。クイーンスター。海を統べる者なり」
クイーンスターと名乗ったモンスターは、嬉々として話し始めた。
「ただの人手鬼として海を漂っていたわれは、50年前のある日、魔王様の強い意志を感じた。やがて現れる勇者に協力する忌々しき貝殻人たちを滅ぼせ。さすれば人手鬼の女王として六魔鬼の地位をさずけるとな」
クイーンスターは邪悪に笑った。
「……それで、その女王とやらが、ここで何をしているんだ?」
触手にしめつけられながらも、サクセスは聞き返す。
「ふふ。まだ我は六魔鬼のレベルに達しておらぬ。そんな我にできることは、ゴッドシェルの体内に卵を産みつけ、孵った子供と協力して貪りつくすことじゃ。だが……」
クイーンスターの顔が、忌々しそうに歪む。
「さすがは貝柱神といったところか。我がいくら卵を産んでも、石化の魔法がかかった霧で包み込み、封印してしまう。結局、弱らせるのに50年もかかったのじゃ」
「なるほどね。ゴッドシェルが『石化霧』を出したのは、そういうわけか。仮にも神と名がついている生物が、人に迷惑かけるのっておかしいと思っていたよ」
サクセスは納得する。
「ふふふ……やがて遠くない先、ゴッドシェルは死に、我が海を支配する。そして勇者パーティも捕らえることができた。魔王様復活前に、勇者たちを全滅させていたとなれば、我は六魔鬼の筆頭になるであろう」
クイーンスターはそう言うと、甞めるような目つきでアヤコを見つめた。
「ふふふ。美味そうな女子じゃ」
「い、いやなの!」
アヤコは生理的な恐怖を感じて、泣き叫んだ。
「……俺たちをどうするつもりだ?」
「決まっておる。一人ずつ溶かして食べるのじゃ。何せ50年もゴッドシェルの肉しか食べておらなんだからのう。人間とはどんな味がするものやら」
口から涎をたらしながら。一行を見つめる。
その時、サクセスが疑問に思ったことを口にした。
「まてよ。なんでお前は50年もゴッドシェルの体内にいたのに、石化してないんだ?」
「愚かな小僧め。石化されるとわかっていてじっとしているわけがあるまい。我は一箇所にとどまらず、常に動き回って魔法をさけていたのじゃ」
クイーンスターはそういって、サクセスをあざ笑った。
「……なるほど。だから動けない卵だけが石化していたわけだな。なら、ここに止まっていたら、お前も俺たちも石化されるんじゃないのか」
「ちっ。気づいたか」
忌々しそうにつぶやくと、クイーンスターは嫌らしく呼びかける。
「貝殻人の女子よ。そなたの可愛らしさに免じて、命を助けてやろう。ただし、勇者パーティの一人を我への生贄にささげよ」
「ひっ。そ、そんなの嫌なの!」
アヤコは泣きながら首を振るが、クイーンはねちねちと言い募った。
「よいのか?このままでは全滅するだけじゃぞ。一人の犠牲で皆が助かるのじゃ。早く選ばぬと、石化が始まるぞ」
クイーンはサクセスたちを包んでいるシールドを指し示す。うっすらと白い色の膜ができ始めていた。
悩むアヤコに冷静な声が掛けられる。
「選ぶ必要はない。俺のシールドを解け」
そう声をあげたのは、サクセスだった。
「サクセス!」
「何を言うのですか!」
「お坊ちゃん!」
仲間たちが呼びかけるが、サクセスは虚しく笑う。
「考えるまでもだろう。このままじゃ全滅だ。それに、この中で一番身分が低いのは、平民で商人の俺だ」
「今更なにいっているのよ!いつも遠慮なく私を叩いているくせに。身分を言うなら、男爵の私が真っ先に犠牲になるべきでしょ!」
エリサベスが悲鳴をあげる。
「……あなたみたいな威張っている平民なんていませんよ。それに、弟や妹が姉より先に犠牲になるべきではありません。私のシールドをときなさい」
エレルも声をあげる。
「俺は片足の半傷病人だ。お坊ちゃんやお嬢ちゃんに拾ってもらわなければ、餓死か魔物の餌になっていたかもしれねえ。俺を食え。まずくて腹をこわすかもしれんがな」
ガラハットはそういって笑う。サクセスは苦笑すると、アヤコに呼びかけた。
「こういう時に迷うと取り返しがつかなくなるんだ。だから早いもの勝ちだ。俺のシールドを解け」
「……わかったの」
涙を流しながら、アヤコはサクセスのシールドをとく。あっというまにサクセスの体はヒトデに埋もれていった。
「きゃっ!」
触手から解放され、パーティが投げ出される。
「サクセス!」
慌ててエリサベスが駆け寄ろうとするが、サクセスの体は触手に取り込まれて引きずり込まれて行った。
壁の中から、ガジガジと何かをかじるような音が聞こえてくる。
「ふむ。これが人間の味か。なんとも複雑な味じゃ」
壁の中から、クイーンのつぶやきが聞こえてきた。
「いやぁ!」
エリザベスが我を忘れて飛び込もうとするが、エレルにとめられる。
「いけません!」
「で、でも、サクセスが!」
「……彼はみんなの犠牲になったのです。その心を無駄にしてはいけません」
錯乱するエリザベスを抱きしめながら、エレルも涙を流していた。
「……お坊ちゃん。あんたって男は……」
「私は勘違いしていたの。彼こそが勇者だったの」
ガラハットとアヤコも、サクセスをおもって泣いていた。
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