第20話 聖女パーティ
「事情はアヤコ姫からお聞きしました。私は先祖セーラ様の足元にも及ばぬ非才の身なれど、ゴッドシェル様の治療に全力をつくさせていただきます」
エリザベスが聖女のオーラをまとっていうと、王は満足そうに頷いた。
「うむ。見事ゴッドシェル様を治療した暁には、充分な報酬を約束しよう」
王がそういった時、今まで後ろに控えていたサクセスが前に出てくる。
「失礼ながらもお聞きします。その報酬とは?」
「なんじゃ?そなたは?」
「商人のサクセスと申します。報酬などの俗な話は、すべて私をお通しください」
欲深そうな顔をするサクセスに、王は舌打ちする。
「無粋なやつめ。我らが信じられぬか。よかろう。見せてやる」
王が合図すると、従者たちが大きな宝箱を持ってくる。
「みるがいい。王家の秘宝ドラゴンの骨じゃ」
自身満々に蓋があけられると、中型のトカゲの魔物の骨が出てきた。
それを見て、一行は微妙な顔になる。
(なあ、あれって走りトカゲの骨だよな。中級冒険者の飯の種になっているありふれた魔物の。ギルドの買い取り価格はいくらだっけ?)
(金貨一枚だな。まったく、先に交渉しておいて正解だったぜ。たしかにここじゃ貴重品なんだろうけど、あんなのもらっても何の意味もない)
ガラハットのささやきに、サクセスはそう返す。その間にも、王は自慢そうに骨を撫でていた。
「これは長年王家に伝わる秘宝。きっと聖女様もよろこんでくれよう。よし、この骨にまつわるエピソードを詳しく……」
「あいや。お待ちください。そのような貴重な宝をいただいたら、我々の身が危なくなります。多くの者たちから狙われて、休むこともできなくなるでしょう」
サクセスは、宝箱の前で平伏しながらそういった。
「ほう。サクセスとやら。身分低き商人の割には、身の程をしっておるな」
伝説の秘宝を持ち上げられて、王の機嫌がよくなる。
「では、何を望む?」
「宝などは何もいりません。その代わりに、わがヴァルハラ領との貿易をお許しください」
思いがけない提案に、王は首をかしげた。
「貿易とな……?」
「はっ。必要なものを交換することで、お互いにより利益を得られるでしょう」
サクセスの提案に、王は頷いた。
「よかろう。そなたたちに貿易の独占権を与え、これから月に一度は交易船を派遣しよう」
王はそう約束する。それを聞いて、サクセスはうまくいったとほくそえむのだった。
聖女パーティに与えられた部屋で、エリサベスたちがくつろいでいた。
「なんていうか、豪華な部屋だよね」
エリサベスは部屋を見渡してつぶやく。壁は貴重なサンゴでできており、部屋の中の日用品には金銀が潤沢に使われていた。
「サクセス、あなたはもっと欲が深いとおもっていました。何も宝を要求しないとは。ようやくわが領の騎士になる自覚がでてきたのですか?」
エレルはサクセスの頭をよしよしと撫でるが、次の言葉で手が止まる。
「中途半端なお宝をもらうより、毎月貿易するほうが儲かるだろ」
「あははっ。サクセスらしいわ」
それを聞いて、エリサベスが笑った。
「坊ちゃんは金とか銀を要求するのかと思ってましたけどねぇ」
ガラハットは手元の銀杯を見てつぶやく。キラキラと輝く銀は、いかにも高級そうだった。
「そんなもん、貿易でいくらでも手にいれられるだろう。しかし、考えたらおかしいな。海底でどうやって金や銀などの金属を採取しているんだ?」
その疑問には、アヤコが答えた。
「この近くに海底火山がある。そこから出る熱水に含まれる金属が、ゴッドシェル様の外殻にくっつくの」
貝の仲間には、すべての生物において唯一鉄の鱗を持つものがいる。ウロコフネタマガイとよばれるその貝は、海底火山の熱水の中で生息し、鉄を精製して鎧を形成するとして有名である。ゴッドシェルもそういう性質を持つのだろう。
「なるほどね。でも骨が通貨になっているってことは、金銀はそこまで貴重でもないってことか。これは儲かりそうだ」
欲深そうに笑うサクセスを見て、エレルがあきれる。
「まったく……それより、貝柱神の治療ってどうすればいいんですか?」
「ここより地下にある階層に潜っていくの」
アヤコの話によると、貝底国はいくつかの階層に分かれたダンジョンになっているらしい。
貝柱神ゴッドシェルは常に新しい殻を生み出しており、貝底人たちは新しい殻ができるたびに住居をそこに移す。その結果、重要な内蔵部分は最深部に位置しており、そこにたどり着かないと治療ができなかった。
「まさか、変なモンスターとかいないだろうな」
サクセスが聞くと、アヤコは憤慨した。
「お爺ちゃんを馬鹿にしないで。私たち貝の神様で、すごく器が大きいの。海の生き物なら誰でも受け入れてくれるの……まあ、悪いやつには容赦しないけど」
「容赦しないって?」
エリザベスは、ちょっと不安そうな顔になる。
「すごく怖い罰を与えるの」
アコヤは怖そうに身を震わせるのだった。
貝底国-深貝ダンジョン。
「なんだこれ」
ゴッドシェルの内臓部分に通じるダンジョンの入り口には、人型のヒトデみたいな石が積み上げられていた。それらは、白やピンク色をしていてキラキラと輝いている。
「人手鬼の死体。四百年前の勇者との戦いでお爺ちゃん体内に残っていたそれを、私たちが苦労して取り出したの」
アヤコが恐ろしそうに説明する。
「なんで石に?」
「人手鬼は不死身。体をばらばらにしても再生する。倒すには、勇者たちがやつらの動きをとめて、お爺ちゃんが体内で石化封印するしかなかったの」
たしかにヒトデの再生力は強い。手足をちぎっても、その手足から新しい頭が生えてきたりするのである。
「まさか、調子がわるいのってこれが原因じゃ?」
「たぶん違うの。勇者と鬼の戦いが終わった400年前の時点で、すべての死体を取り出しているはずなの」
アヤコはきっぱりと否定する。
「そうか。なら無駄になるかもな。濡れていて気持ち悪いんだが」
サクセスは不快そうに身じろぎをする。
「なにそれ」
「一応、ヒトデの化け物と戦ったという話を聞いて用意していたんだ。まあ、無駄になるならそれでもいい。行こう」
エリサベスたちをつれて、サクセスはダンジョンに入っていった。
ダンジョンの内部は、キラキラと輝く柔らかい壁でできている。サクセスたちは慎重に奥まで進んで行った。
「なんだか、すごく綺麗ね。まるで豪華なお城みたい」
エリサベスははしゃいでいる。
「油断するなよ。何が出てくるかわからないんだからな」
サクセスがそういった途端、白いウネウネとした蛇のようなものが襲い掛かってきた。
「危ないの!『シェルシールド』」
アヤコが空間魔法を唱えると、透明な結界が張り巡らされて、サクセスたちを覆った。
「おい。モンスターはいないっていったろ?」
「あれはモンスターじゃない。お爺ちゃんの体内に生息して、侵入者を撃退するシェルゴカイという寄生虫」
アヤコが説明している間にも、白い蛇はどんどん集まってくる。
「ど、どうしよう。このままじゃ進めないよ。それに気持ち悪い」
エリザベスは蛇を見て、いやそうに顔をしかめている。
「仕方ない。準備しておいてよかったぜ」
サクセスはそうつぶやきながら、リュックを開ける。その中から、下部に引き金がついた筒のようなものと、先端が二股に分かれている杖が出てきた。二つとも真ん中に、魔力の元になる魔石がついている。
「それは何?」
「念のために作った武器だ。エレルさんの『風』とガラハットの『音』の魔法を付与してある」
そういいながら、引き金がついた筒をエレルに、二股の杖をガラハットに渡す。
「いいか、使い方はな……」
サクセスが説明すると、二人はよくわからないという顔をしながらも装備した。
「よし。いいぞ。結界を解け!」
サクセスの合図により、アヤコがシールドを解除する。
「なんだかわからねえが!おりゃ!」
ガラハットが「音」の魔力をこめて、二又の杖を地面に叩きつける。地面が触れた部分から広範囲に衝撃が伝わり、押し寄せようとしていた蛇を吹き飛ばした。
「坊ちゃん。これは?」
「俺がつくった『音叉杖』だ。音を衝撃波に変換して、敵の内部から破壊する武器だ」
音とは物体の振動であり、周囲に衝撃波をもたらす。それを応用した伝説の武器だった。
「ははは。こいつは面白れえや」
ガラハットは調子にのって杖を振るう。近くにいた蛇は、どんどん動かなくなっていった。
その時、離れていた蛇が体を縮ませる。
「危ない。やつらが来るぞ。エレルさん。蛇に向けて引き金を引け!」
「は、はい」
戸惑いながらも、引き金を引く。筒の中から極限まで圧縮された風により鉄の弾が噴出し、飛びかかってきた蛇を四散させた。
「こ、これは?」
「空気の力で弾を打ち出す『風気銃』だ。連射ができる」
サクセスが説明している間にも、エレルは蛇を次々に打ち落としていく。
二人の活躍により、シェルゴカイは逃げていった。
「サクセス、すごいです。風の魔法にこんな使い方があるなんて。風魔法は攻撃には向かないとされていたのに」
エレルは自分の魔法を最大限に生かす武器を手に入れて、喜んでいる。
「なんていうか……俺って『音』みたいな声を遠くに伝える魔法しか使えない役立たずって決め付けられて、片足になった後に軍を首になったんだよなぁ。でも、これさえあればまだ戦えるぜ」
ガラハットは片足が義足なのですばやい動きができず、剣を振るって戦うことはできないと諦めていた。しかし、この『音叉杖』なら範囲攻撃ができるので、機敏に動けなくても戦える。
喜ぶ二人に向けて、冷静な声が響いた。
「能力なんてのは使い方しだいだ。あらゆる知識を駆使して武器やアイテムを有効につかい、最大限の効果を引き出すのが、『商人』の仕事なのさ」
「ふふ。そのとおり。サクセスはすごいのよ。勇者なんかよりよっぽど役にたつんだから」
なぜか威張るエリサベスだった。
それからの探索は、順調に続いた。
「ヒャッハー!汚物は消毒だ!」
「どうしました?もっとかかって来なさい!」
ガラハットとエレルは、手に入れた武器を気に入ったのか、どんどん魔法を放ちまくっている。
「あ、あの、私も戦ったほうがいいかな?」
臣下二人が戦っているのに、後方で護られているばかりだったエリサベスが前に出ようとするが、サクセスにとめられた。
「やめろ。お前が前に出たら陣形が崩れる。お前の役目は二人が傷を負ったときに治療することだ。ひっこんでろ」
「は、はい……」
厳しい言葉に、エリザベスは意気消沈する。
それをみたアヤコが、ムッとして聞いてきた。
「だったら、あなたの役目はなんなの?二人に戦わせて見物しているだけなの?」
「すぐに分かる」
サクセスはアヤコの挑発に乗らず、前線で戦う二人をじっと観察していく。
すると、二人の武器の魔石の輝きがどんどん薄れていった。
「えいっ!」
調子にのって風の弾を撃ちまくるエレルに、冷静な声がかけられる。
「エレルさん。そろそろ弾切れだ。下がって魔石と弾倉を交換しろ。ガラハットは援護を頼む」
「わかったぜ!」
ガラハットが蛇を吹き飛ばしている隙に、エレルは風気銃の部品をはずして交換する。そのおかげで魔力切れを起こすことなく、戦い続けることができた。
エレルが前線に復帰すると、サクセスは次にガラハットを下がらせる。
「魔力のことは気にするな。大量に魔石を用意している」
「ほんと、坊ちゃんは頼りになるな。あんたが的確にバックアップしてくれるおかげで安心して戦えるぜ」
ガラハットは苦笑して、音叉杖の魔石を交換する。そして再び戦いに戻って行った。
「これが俺の役目だ」
「役目?」
「ああ。パーティが常に全力で戦える環境を整える役目。いわゆる『補給』担当だな。これも商人の役目だ」
前線で戦うのが勇者や戦士、後衛で傷を癒すのが聖女の役目なら、彼らに適切なアイテムを配給して戦える環境を整えるのが商人の役目である。それを軽視した冒険者パーティは、たいてい悲惨な末路を迎えていた。
「……わかったの。私も自分の役目を果たすの」
アヤコはシールドを張って、パーティの守備力をあげる。
「遠距離攻撃」「近距離攻撃」「防御」「治癒」として「補給」がそろった彼らは、完璧な連携でシェルゴカイを駆除していく。
いつの間にか、彼らの間には確かな絆が生まれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます