第5話 ある兄妹の終わりについて

T兄妹は意見が一致したように、夜景の綺麗な山がいいと言いはじめた。人の少ないところがいい、と。

「明日仕事なんだけど」

「大丈夫やって」

「そうそう、なんなら風邪ひいたことにすればいいやん」

「それええな、そうしたら? 俺も休んだろかな」

僕は何を言えばいいのかまったくわからず、愛想笑いを浮かべたままカーナビの機械音声だけが聞こえていた。二人は何かを話していたのだろうか。たぶん、何も話していないに違いない。

通行量が少なくなってくると、街灯の本数も減ってくる。我々を載せた車内は暗黒になるばかりだ。

「ところでさ、山に行っても何もすることないやろ?」

「いや、何かはあるって」

「そうやな、何かあるよ」


目的地の山が近くになると、唐突に雨が降り始めた。視界がさらに悪くなった。我々をいっそう世界から孤立させるかのように、外の音は聞こえない。僕の心音は早鐘をうつ。ハンドルが汗ですべる。一瞬、ブレーキとアクセルを踏み間違えた。

「山道の雨って怖いよね」

「落ち着いて運転してくれればいいからさ」

「そうやね、落ち着いて運転してほしいな」



車内の傘は二本、そして僕は自分の折り畳み傘を取り出した。

「雨がひどいしさ、すぐ帰ろうよ、な?」

「なに言ってるの? いまきたばかりじゃん」

「それに、さ」賀条は鞄を漁った。そしてナイフを佐環に突き立てようとした瞬間、僕は咄嗟に彼の腕を掴んでいた。

「離せよ、くそ」

暴れる彼の腕は、僕が押さえきれるものではなかった。弾かれて車に腰を強くぶつけた。

「佐環、逃げて」

「へぇ、そういうこと」

佐環は賀条の背後に立ってスタンガンを放電した。

賀条は悶絶して倒れた。

そこに彼女は馬乗りになって、賀条の首をしめた。しかし彼女の細い指は雨に濡れた彼の首をうまくとらえきれなかった。ぼんやりとした意識のまま、賀条はナイフで佐環の首を刺した。

佐環は立ち上がり、悶絶したままの賀条の頭を踏みつけた。顔の骨が砕け散る音が響いた。

動かなくなった賀条の顔は笑っていた。

「返すよ、くそアニキ」

佐環は刺さっていたナイフを抜き取り賀条の喉に突き刺した。

死んだ兄妹に雨は容赦なく降り注いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ある兄妹のこと 古新野 ま~ち @obakabanashi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ