なんでも欲張るとロクなことが無い。

 前回は長い小説を厚く熱く語ってしまったので、今回は夏の昼にいただく冷やし茶漬けのようにサラリと読める小説を紹介しようと思う。


 しかしながら、喉越しが良いとは言わない。


『磯の唄』作・久元(敬称略)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054897179220


☆死んだ貝の奥から響く、かなたの愛憎


〇作品概要

街の片隅にある小さな雑貨店〈ロバートの道具屋〉。

アルマが一人で店番をしていた昼下がり、この店を謎めいた旅姿の女がおとずれる。

女がふところから取り出したのは、珍しい形状の烏貝の入ったびんだった。女によれば、その貝には不思議な謂われがあるという。

そうして女は、遠い異郷の漁村に生きたふたごのきょうだいと、浜に流れ着いたひとりの娘とのあいだに交錯する情愛と憎悪の一部始終を語りひらいていく……


庶民派異世界ファンタジー連作シリーズの一作です。寝取られ物です。

全4話。


〇祖父江のレビュー


Title:痴情のもつれから、とんでもねぇブツが出てきました。


 とある村の雑貨屋に小物を売りにやってきた女。

 店員のアルマは「店のスペースが無い」ということでお断りするが、女が珍しいカラス貝を持っていたことから話が弾み、いつかの時代、どこかの場所で起こった悲劇が語られることになる。



 というわけで悲劇的な短編です。


 サラリと読める短編なので細かいことは書きませんが、「まぁ、そうなるよな」という納得の修羅場。痴情のもつれ。克服されない人類の性癖などなどが、これでもかとお出しされ、悲鳴が響き、夕暮れにブルースは加速し続けるのでした。南無南無。めでたくないめでたくない。


 冒頭の「ふたごのカラス貝」がキーアイテムになるのですが、なんともいえず妖しげです。それ自体は珍しくも特段不気味ではないものが、物語の力で意味と解釈の余地を与えられる。多分テストの後半で「このカラス貝の意味を答えなさい」と出ます。字数制限はなく、書けば配点を貰えるボーナス問題です。自由に考えましょう。


〇情熱と情念は紙一重


『輪廻の疵』https://kakuyomu.jp/works/1177354054895003986/episodes/1177354054897134986より、やや短い間隔で、久元氏にまた登場していただいた。


 海外の古い小説を翻訳したようなアコースティックかつ静謐せいひつな文体で、燃えるホラーを描き切った作者の短編である。


 レビューや作品の応援コメントにも「悲劇だ」と書かせていただいたのだが、その中でもやはり、人間誰しもが持っている炉に火がくべられる瞬間を描いている。


 今回は、その色がやや仄暗かっただけの話だ。情熱も情念も、もとをただせば人の業。なに、ちょっとばかし欲をかいてにっちもさっちもいかなくなってしまうことなど、よくあることだろう。


 事態の怪しさ、妖しさに比して、きっかけは何とも人間臭い仕草であったのが非常に物悲しく、哀切をかきたてられる。


 教訓じみたことを読み解くのであれば「あれもこれも欲しがるな」といったところか。とすれば、大人のおとぎ話という読み方もできるだろう。


 何はともあれ、読んで下され。読み終えて、やや気が重くなったら、冷やし茶漬けでも食べてスッキリとしようではないか。

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