底流に流れるは人間賛歌。燃えるホラーミステリー。

 ファンタジー小説のそれよりも鬱蒼とした森、SF小説のそれよりも仄暗い闇夜の街にやってきた。


 血と妖しさに彩られたホラーミステリの世界を旅しよう。


『輪廻の疵』作・久元(敬称略)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891651696


☆ある村娘が思い出す「姫君の記憶」。その血なまぐさい真実。


〇作品概要


木こりのイザクの近所に住まう快活だが病弱な村娘、アマリエ。

彼女は時折、白昼の中に誰のものとも知れない記憶を見るという。幸福なビジョンから始まったその記憶は、しだいに悪夢の様相を帯び……。

怯えるアマリエを、イザクは知り合いの魔女クリッサのもとへ連れて行く。魔術儀式のなかでアマリエが語りだした驚くべき物語とは?


ゴシック風伝奇ミステリ。


〇祖父江のレビュー


Title:「なんかいい感じ」がする、善きひとびとの、善き物語。


 病弱な村娘には、丘の城のお姫様であった“前世の記憶”があった。

 実直な木こりのイザクは、友人のツァランを伴い、とある魔女のもとを訪ねるが……?


 というような、ホラーミステリーな小説です。


 中世、魔女狩り、妖しげな雰囲気。

 大昔の小説を読んでいるかのような長口上とモノローグ。

 明かされる“謎”が紐解かれるときの爽快感もなかなかのものです。


 しかしながら、それ以上に“良い感じ”なのですよ。


 なにが?


 キャラが、です。


 良い奴、否、善い奴が多い。


 ちょっと独断と偏見で語ってみましょう。


〇アマリエ―――

 重篤な肺炎に侵された19歳の少女。“隙間の鬼”なるお化けに怯え、自分にはアルジェベタなる城の姫の記憶があるのだというが……。


 なんとも病弱天然不思議ちゃんっぽいこの子を巡る“謎”が明かされたとき、この物語は、ほんの少し優しく救われたものになる。あと、トンボ玉は重要アイテム。絶対に覚えておくように。



〇イザク―――

 木こりの青年。本作の序盤の狂言回し。彼がアマリエ家の力仕事をちょくちょく手伝っていたことから、物語が始まる。この不愛想だが質実剛健なナイスガイがいなければ、この“事件”は解決しなかった。


 セリフと地の文の仕草だけで「ああ、この人は木こりだわ」と思えるのだからすごい。圧倒的木こり。木こりの擬人化。いや、木こりは人なんだけど、それくらいに木こり。ゲシュタルト崩壊しそうだけどもう一回書く、イザクは木こりの中の木こり。



〇ツァラン―――

 街の変人学士。そして、物語後半の狂言回し。曰く『面倒が起こりかねない事柄には星の数ほど心当たりがある。』ほどのろくでなし。レビュー主とは気が合いそうである。


 金と酒にだらしのない輩ではあるが、どうしてなかなか義侠心に篤いところもあり、憎めない。13話の熱い語りはまさに語り草になるやつ。彼の存在から、この小説のジャンルは実は“燃えホラー”なのかもしれない。そうじゃないかもしれない。



〇クリッサ―――

 魔女。本格ミステリっぽい本作で、当たり前のように出てくる超常的な力を持った女。彼女しか姿を見たことがないというシュレディンガーの非実在大魔法使いの弟子。修行の内容が家政婦同然らしいが、ちゃんと魔術を使って話を進めてくれるので問題は無い。……無いのだろうか。


※※


 過去と現在を巡るミステリでもあり、時代に翻弄された人々の悲劇でもあります。


 しかし、先述したように、現在の時間軸の人々はなんかもう、みんな良い感じなのです。


 きっと読み終えた後も、ハッピーエンドかバッドエンドかという前に「ああ、なんかいい感じだったな」と思っていただけると思います。


「それじゃレビューになってねぇだろうが」と言われるのも承知で、そう、結ばせていただきます。


〇残酷ながら妖しい魔女狩りの時代


 魔女狩りのドキュメンタリーを観たことがある。


 宗教と偏見と飢饉と人心、そして時の最新技術であった活版かっぱん印刷の合わせ技一本といった具合で、残虐な拷問と処刑が横行した歴史的事実は、戦慄と共に、どこか妖しい魅力を備えている。


 実は、本物の魔女もいたのではないか。


 光の当たらぬ闇が闇として、地下室や路地裏にあった時代。超常的な“なにか”は本当になかったのであろうか。


 そんな、野次馬的な好奇心をそそられる出来事が題材の一つになった、ホラーミステリーだ。


 まず、文体に驚かされた。


 重厚な語り口と、カギカッコがいつまでも終わらぬ長口上は、ディケンズの『二都物語』やシェリーの『フランケンシュタイン』を初めて読んだ時の感覚に似ている。ちなみに、ディケンズもシェリーも、ざっと200年くらい前の小説家である。


 こういうものを、21世紀にWebで読めるというのは、まさに多様性だ。


 また、内容自体も抜群に面白い。


 敢えて時代がかったと表現させていただくが、そのやや人を選ぶきらいもありそうな文章が、中世的な匂いを感じさせる。


 そして、レビューにも書いた通り、これは胸を熱くする燃えホラーなのだ。


 最終話一歩手前の13話。物言わぬ○○に向けて高らかに勝利を謳い上げるとある人物の台詞に、どうかあなたも辿り着いてほしい。


 好みはあろうが、一応読了したひとりとしてアドバイスすると、まず、縦読み推奨だ。あと、七話くらいで、一旦読み返されることをお勧めする。


 久元氏はそれほど強調していらっしゃらないが、新本格ミステリ風な“出題”が為される物語なので、ひとつ、その謎に挑戦してみていただきたいのだ。


 無理強いはしない。


 なぜなら祖父江はまったく分からなかったからだ。

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