理系の物語を、文系ですらない人間が読むとこうなる。
祖父江は、自分の名前が漢字で書ければ入れる高校の出で、バイトと、家でギターの練習をしていた記憶しかない高卒であるが、だからこそ、「自分でもスラスラ読めたのならきっと読み易い小説だ」と判定できる。
ハードなSF設定を駆使しつつ、グイグイ読まされた小説をご紹介しよう。
『群青の街の律術士』 作・
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893369709
〇作品概要
三十億の塩基対からなる遺伝子。
そして、その遺伝子が刻まれた、六十兆の細胞。
それら全てが、与えられた役割を正確に果たす。
そうすることで、俺たち人間は成立する。
だから、人間は、身体の中に天文学的な〈秩序〉を内包していた。
〈秩序〉を使って奇跡を起こす術を、律術(りじゅつ)と言った。
星川証(ほしかわあかり)は、そんな律術を使う人間の一人だった。
彼は、姉の詩(うた)と共に東京の片隅に事務所を構え、律術で人を助けながら日々を過ごしていた。
ある夏のよる、二人は、一人の少女と出会うのだが――
〇祖父江のレビュー
Title:近未来、夏、スラム街。耳のついた子を拾う。
2059年、なんやかんやあって衰退した日本は、遺伝子や人工臓器などの技術発展で、医療大国として一命を取り留めていた。
万象律と呼ばれる、光子や分子、電子など目にも見えない力を操る律術士の一人で、カレーにモヤシが混入するレベルの貧乏学生の星川
それが、割と世界がひっくり返るほどの事件に発展していく理系アクションバトルハードボイルドです。
厳しめの世界設定ですが、出てくる人間たちは逞しく愉快にイカレており、楽しく読むことができます。
※
独断と偏見で人物を紹介します。「マジでこんな奴なの?」と思った方は、本編を読んでみてください。
〇星川証―――
常時マーダーフェイスのハイパーシスコン律術士。モブに厳しいスラム育ちの甲斐もあり、立派なひねくれ者になった。姉の詩を失うことを心から恐れているようで、その巨大激重感情が乗っかったバトルは必見。
〇星川
証が遺された家族を死んでも守ろうとするインフェルノシスコン男子だとすると、こちらは生き残ったことがトラウマになっている様子のガンガン行こうぜなサバイバーズ・ギルト女子。(姉の)いのちだいじにな証との姉弟喧嘩は必見。
〇リンゴ―――
耳付きのお子様。それ以上はすべてがネタバレになるので書けない憎い奴。
やべーやつその1。口調からしてヤバいのに、あろうことか医者を名乗っている。さらに困ったことに医者としての倫理観はある。
やべーやつその2。最年少律術士のイケメンだが、この世界観でただの爽やかイケメンで終わるはずもなく、美少女の詩よりも、マーダーフェイスな証に執着している。しかも、なんかやべーことに恍惚と誘っていた。
真夏の抜けるような青空とゲリラ豪雨のように、技術革新の進んだ街と歩道橋に蔦の絡みついたスラム街を行き来する世界観がとても楽しいです。読んでみてください。
〇作者について
理系の大学生らしい。大学。祖父江にとっては未踏の領域である。
一緒にするなと怒られるかもしれないが、祖父江と同じく近未来の日本を舞台にした小説を書かれていたので、興味を持って読んだのが縁であった。いろいろと退廃極まった世界観で、たいへんに好物であった。
筆致は淡々としており、ハードボイルド。情景の描写は映像的で、簡単に絵が思い浮かぶ。
文体が端正で、祖父江がよくやらかす主語述語の混乱がない。なるほどこれが理系な整った書き方かと、頭の悪い感想を持ったものだ。
一つ、これは良いと思った文章を引用しよう。主人公の能力について解説する場面だ。突然変異のモグラとバトルしている。気になる方は本編を読まれたし。
『生物の体内には、電気を帯びたイオンが含まれていた。ナトリウムイオンと、カリウムイオン、塩化物イオン。神経伝達を制御するイオンだ。俺は自身の「秩序」を使って、モグラのイオンの均衡を、一瞬、崩す。
電流がモグラの神経を迸り、焼き尽くす。』
生物の体内にイオンがあること。イオンの種類。それが何を行うのか。
それらを順に説明し、主人公の特異な能力、設定の説明へとスムーズに繋げている。
分かりやすい。
理系ではないが、さりとて文系でもない祖父江にも了解できた。
そのほか、本作ではさまざまな奇跡の如き異能力が多く登場するが、一つ一つにSF的な考察がされており、地に足の着いたバトルが展開する。
現在は更新休止中だが、キリの良いところで終わっているので、ご安心を。
じんわりと沁み入るような短編も書かれている。併せてお楽しみいただければと思う。
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