エピローグ 始まり
最終話 終わりから始まる物語
秋の陽ざしが穏やかで心地よい。橙色になり始めた木の葉が、風に揺られ、さわさわと音を鳴らす。背中に感じる芝生の感触が心を落ち着かせる。
「お兄ちゃん、食後のティラミスがおいしすぎて、どうにかなりそう」
「ソフィ、眠さしかない」
「あははは」
僕は寝そべったまま、左右を見る。
左ではラウラが腹をさすり、右ではソフィさんが目をこすっている。
ソフィさんの肘が僕の肩をくすぐる。
恥ずかしくて、目をそらす。すると、雲ひとつない青い空が広がっていた。
あの事件から2週間後。僕たちはアレッツォで一番高い丘にいた。秋空が素晴らしいので、みんなで遊びに来たのだ。
視界の隅では、赤髪の少女が踊っている。いつもどおり、楽しそう。ビアンカさんの周りには子どもが集まっていた。子どもたちの歓声が、丘の上の公園を賑やかす。
水筒の水を飲もうと、上半身を起こす。
すると、木陰で本を読む少女と目が合った。銀色の髪がそよ風になびく。白いワンピースの上から、水色のカーティガンを着込んだ少女。風景に溶け込むかのように、自然な笑みをこぼす。
僕は彼女のところに歩いていき、横に腰を下ろした。
「エーヴァさん、気分はどうですか?」
「お日様も気持ちいいですし。本も切なくて、心が温かくなって……」
彼女が読んでいる本は、若い女性に流行っている恋愛小説だった。
「ラファエロさん、すばらしい本を貸してくださって、ありがとうございます」
「ううん、役に立ったのなら、僕もうれしいよ」
事件直後に比べて、顔色が回復している。そっと胸をなで下ろす。
これも、あの人のおかげかも。
エーヴァさんを苦悩に追い込んだ張本人じゃないか。思わず、苦笑がこぼれる。
「ラファエロさん、どうしたんですか?」
「……どうして、シルヴァーナさんは自首したのかなって」
僕たちの前から姿を消した後、シルヴァーナさんは要塞に行ったらしい。人を魅了するスキルを使って、ギルドの偉い人と面会する。そこで真実を打ち明けたという。真犯人が申し出たこともあり、エーヴァさんは、無罪となった。
その後、牢獄から忽然と姿を消したそうだ。
こんな置き手紙を残して。
『なんとか支援士の少年へ。ワタクシ、あなたを遠くから見させてもらうわ。魔族も冒険者なら助けてくれるんでしょ。ウソついたら、今度こそ復讐するから』
完全に僕に対しての挑戦状である。
なにはともあれ、危機は去り、穏やかな日常が戻ってきた。
もっとも、万事が万事、事件前と同じだったわけではない。
エーヴァさんが半魔族なのは事実だ。あの場にいた人たちの理解は得られたものの、噂は広がっている。人々の視線は彼女に厳しい。
そんな状況にあっても、くじけずに周りに笑顔を振りまいている。
メンタルの強さを尊敬するとともに、強がりじゃないかと心配にもなった。気晴らしにと話題の小説を貸したのだ。
「ラファエロさん。あたし、焦らずに自分のことを考えていきたいと思います」
「なにかあったの?」
「あのあと、父からすべてを聞きました。母がどんな想いで家を出たか。今のあたしには受け止めきれません」
「……複雑な感情を抱いてるんですね」
「ええ」
紫紺の瞳に、澄んだ青空が映る。紫と青が混ざり、彼女だけの色味を帯びていた。
「ですが、あたしは追いかけてみたいんです。父と母が……あたしも含めて、3人で暮らせる日が来るようにって」
午後の陽ざしが、白銀の髪に注がれる。はかなくて、たくましい笑顔だった。
「ラファエロさんが嫌でなければ、これからも、あたしを見ていてくだると……」
「嫌だなんて、とんでもない。僕は冒険者の味方です」
少しだけエーヴァさんの目が曇ったが。
「エーヴァさんの考えには共感してますし」
僕がそう言うと、うれしそうに破顔する。
「それに、僕も自分のことがわからないのは本当なんだよね。どうして、勇者パーティーに入ったのか。追放されて、職業支援士になったのか」
あの女神様、肝心なことは話してくれないからね。
「答えは僕自身で見つけていかないといけない。そう感じている」
「……」
「勇者パーティーで魔族を敵にして、魔族に恨まれて……。すべては僕が経験したことで、僕に責任がある」
「ううん、そんなことありません」
客観的な事実を述べたつもりが、気を遣わせてしまったらしい。
「ごめんね。責任って、そういう意味じゃないから」
「どういうことですか?」
同じ言葉でも、人によって受け取り方が異なるんだ。人と人との意思疎通は簡単なようで難しい。
「僕が悪いから責任を取って、仕事を辞めるとか、そういうんじゃなくて」
「……」
「僕の経験してきた人生は、すべて僕の責任。良いことも悪いことも、他人任せにしないで、自分で受け止めるって意味かな」
「自分で受け止める?」
「そう。僕の経験には意味がある。そんな気がしてならないから」
日本時代、氷河期で底辺だったことも含めて。
「僕は経験から意味を見い出したい。そして、いつの日か、自分が生きたって証を残したいんだ。冒険者を応援することで」
「あたしたちを応援?」
「それこそ、エーヴァさんが今以上に活躍して、魔族と和解できるようお手伝いするとか。僕だけの戦い方はあると思うんだよね」
「ふふ、ラファエロさんらしいです」
エーヴァさんは天使のような微笑を浮かべ。
「あたしも一緒にいさせてください」
エーヴァさんは僕の肩に頭を乗せてくる。少女の体温が、なめらかな肌が心地よかった。
ひととおりの想いを口にしたあと、穏やかな時間が流れていく。
しばらくして。
「おーい、おふたりさん。イチャラブしてんなし」
「お兄ちゃんは妹のものなんだよ」
「ソフィは2番目でいいから見捨てないで」
仲間たちが僕たちのところに駆け寄ってきて。
「なあ、あんちゃん。ボク、すぐにでも賢者に
「僕でよければ、相談に乗りますよ」
「大道芸人やってるとバカにされんだよね。大天才のボクがだよ。世間は見る目がなくて、最低すぎるぜ、こんな世界は楽しすぎるぞ」
大道芸人は口調とは裏腹に楽しそうだった。
みんなの新たな道を共に歩きたい。そう秋の空に願った。
~Fin.~
冒険者の転職を支援します! 白銀アクア @silvercup
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