第46話 受容

 僕は胸に手を添え、呼吸を整える。

 じっくり落ち着いてから、女騎士さんへ向き直った。


「まずは、君のお姉さんのこと……謝るよ」


 誰もが僕の発言が予想外だったらしい。息を呑み込む音が聞こえた。


 ラウラたちはポカンと口を開けながらも、満足げに微笑み。

 シルヴァーナさんは、『なにを言ってるの?』と、不信感を露わにした。


 僕は魔女の目を見据えて、話を続ける。


「勇者パーティー時代のことは恥ずかしくて、たまらない。とにかく、活躍しなきゃ。そう思っていて、モンスターを倒すことにやりがいを感じていたんだから」


 僕が恥を晒すと、魔女は侮蔑的な笑みをこぼした。


「あんたら、やっぱりモンスターや魔族を滅ぼしたいだけなんでしょ」


 大勢いた民衆の気配がなくなる。避難を終えたらしい。市民感情を気にすることなく、本音を言える。


「魔王亡き混沌とした時代を、僕は終わらせたかったんだよね」

「ワタクシたち魔族を滅ぼしてでしょ?」

「ああ。否定はしない。僕たちは魔族を悪だと決めつけ、最優先の討伐対象とした。実際に、魔族が他種族に危害を与えた事件もあったし」

「だから、仕方がなかったって言ってるじゃない!」


 シルヴァーナさんは声を荒げる。


「こっちも生活に困っていて、今後のことが不安だったんだから」

「そうだね。不安が魔族に攻撃行動を起こさせたのかもしれない」


 僕は魔女の言うことを素直に受け入れる。


「もちろん、僕たちにも生活がある。村が襲われたら、村を守らなければならない。

『モンスターが攻めてきても、酒を酌み交わせば理解しあえる』って、一部の宗教家は言うよ。でも、現実は甘くない。守るための戦いが必要なときだってある」


 魔族に同情の余地があるとはいえ、自分がやられていい理由にはならない。


「けど、僕たち勇者パーティーは自衛を超えていたかもしれない」


 僕は唇を噛みしめながら言う。

 シルヴァーナさんのお姉さんのことを思う。特に、息の引き取ったときの顔が、僕たちを責めているようで、後悔の念に襲われる。


「君のお姉さんを何ヶ月にもわたって追いかけ、なんのためらいもなく、殺したのだから」


 今なら、わかる。

 いじめっ子が過去の罪を悔やむときの気持ちが。


 それと同時に、被害者の傷が消えないことも理解できて。

『昔のことは水に流そうじゃないか』みたいな態度は、言語道断。元いじめられっ子としては、身に染みている。


 僕はひたすら頭を下げる。


「許してくれとは言わない。虫が良すぎるし」


 言い終わったとたん、口の中に鉛の味がした。

 女騎士さんのパンチは予想以上に強烈だった。


 僕は疼痛をこらえて、笑顔を作る。

 僕が選んだ戦い方を敵に告げた。


「僕を殴りたいなら、殴ればいい。君の痛みを、少しでも僕に味わわせてくれないか」


 シルヴァーナさんが抱える心の傷みに寄り添い、僕が身体を張る。

 そんな作戦ともいえない、作戦。それが、勇者パーティーを追放された僕の戦いだ。


「なにをいまさら。死んだお姉さまは帰ってこないのよ」


 今度はビンタが飛んでくる。頬が鈍い音を鳴らした。

 続けて、みぞおちに蹴りをもらう。意識を持っていかれそうになる。


 オークキングを吹き飛ばしたという攻撃力だ。普通の人間だったら、一撃で戦闘不能に陥っているだろう。

 

 僕も鍛えたとはいえ、しんどい。ダメージが足に蓄積され、膝が笑う。


「ちょっ、お兄ちゃん。大丈夫⁉」


 ラウラが駆け寄ってきて、肩を支えてくれる。


「ソフィ、ラファエロちゃんを信じる」


 後ろからソフィさんの温もりを感じた。


 ふたりだけでなく――。


「ラファエロさんは、どんな人でも受け入れてくれますもの」


 穏やかな声とともに、足音が近づいてきて。


「ヒーラー!」


 が僕の横に並び立つ。

 灰魔術士の少女が、僕に回復呪文を唱えた。


「エーヴァさん?」

「あたしはラファエロさんに救われました。だから、あたしがラファエロさんを支えるんです」

「ボクが拘束を解いたんだぜ」


 ビアンカさんが得意げに鼻を鳴らす。


 時間が経つほど、打撃の鈍い痛みが増してくる。

 けれど、僕の心は不安で空っぽになるどころか、勇気が湧き出してくる。とめどない気力が、僕という容れ物を満たしていく。


 なんでもできる。

 とてつもない自己効力感が、僕を突き動かす。


「シルヴァーナさん、僕は君を受け入れるよ」


 とっておきの笑顔を作って、女騎士さんに呼びかけると。


「あんた、殴られて、頭がおかしくなったんじゃ……」


 さすがの魔女も一歩引いていた。


「バカにしたければすればいい。でも、僕は決めたんだ」

「……な、なにをですの?」

「魔族も受容するって」


 僕は重い足に力を込め、シルヴァーナさんに向かっていく。


「受容。ホントにバカじゃないの。これが、ワタクシの答えよ」


 女騎士さんの鍛えた拳が、肩に当たる。


 けれど、僕はぐらつかなかった。ラウラとソフィさんが支えてくれたから。僕の生きてきた経験が、僕に力をくれるから。


「お兄ちゃんね、優しいの。女の子にモテて、嫉妬するぐらいに」

「ラファエロちゃんは、惨めなソフィも受け入れてくれたの。きっと、女騎士さんもメロメロになる」


 灰魔術士の少女は胸に手を添える。薄紫アメジストの瞳は、どこまでも深く澄み渡っていた。


「今のあたしは、平和が甘くないってわかりました。でも、あたしが半魔族だからこそ、人々が平和に暮らせる世界を求めたくて……」


 エーヴァさんの切実な言葉が、僕の心身を軽くする。どんな回復魔法よりも強力に。


 シルヴァーナさんの猛攻は止まらない。

 けれど、僕も一歩も引かない。傷つくたびに、仲間が魔法を、回復薬を使ってくれる。


 徐々に女騎士さんの顔が引きつっていく。

 さすがに、腕が疲れたらしい。


 攻撃の雨がやんだ瞬間、僕はシルヴァーナさんに手を差し伸べる。


「たしかに、君は都市を混乱に陥れ、多くの人に不安を与えた。怪我人も出た。君は罪を犯した」


 シルヴァーナさんはぼんやりと、僕の手のひらを見つめていた。


「だけど、だからといって、僕がシルヴァーナさんを否定する理由にはならない」

「……」

「君もいちおうは冒険者。冒険者を支援するのが僕の仕事だから」

「それだけ?」


 魔女は僕の口元をじっと見つめる。


「僕は、ありのままの君を受け入れるよ」

「なっ……」


 彼女の手が小刻みに震えていた。


「君とお姉さんのこと、もっと教えてくれないか。君がどれだけ勇者たちを、僕を憎んでいるのか、知りたいんだ」

「ど、どうしてですの?」


 シルヴァーナの語尾が上がる。


「君が感じた世界を、僕が知って。これから……魔族と他種族が平和に暮らせる世界を。僕は、僕たちで、作っていきたいから」

「……本気なんですの?」


 そう言いながら、魔女の手が少しずつ近づいてくる。


「ツラくなる前に僕を頼ってくれないか? それが僕の仕事だから」

「ワタクシは簡単に落ちませんことよ」


 言葉とは裏腹に、シルヴァーナさんの指が伸びる。

 僕たちは触れ合う。

 魔女の手は冷たくて、でも、血が通っていた。


「別に構わないよ。魔族も同じ生き物だ。冒険者にもなれると君が証明した。だから、僕は魔族と人間が共存できるように取り組んでいきたい。それが、僕の本当の仕事だから」


 僕は彼女の指を握り返す。

 魔女は抵抗を諦めるどころか、積極的に指を絡ませてくる。


「……初めてよ。ワタクシをゾクゾクと喜ばせてくれた殿方は」


 そう言ったあと、魔女は。『ありがと』と、口を動かす。


「気持ちはうれしいけど、遊びはここまでよ」


 シルヴァーナさんは僕の手を振りほどくと。


「では、また。次、会ったときは、ワタクシの方からご奉仕しますわー」


 虚空へと消えていく。

 次の瞬間、僕は薄れゆく意識を手放した。

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