第45話 真相
ビキニアーマーの彼女は、ヒノキの上を靴音を立てて歩く。シルヴァーナさんは妖艶な笑みを浮かべて、ウインクをする。
一方、大道芸人は困惑した様子を隠さない。オーバー気味に両手を広げ、肩をすくめる。
「ボクの魔法は確実に決まったはず。なのに、魅了されてないだと……」
「ヒューマごときの魔法に、本物のワタクシが騙されると思って?」
明らかに僕たちを侮蔑する態度もさることながら、言葉遣いも引っかかり。
「本物?」
僕がキーワードを返すと。
「本物の魔族ですのー」
衝撃の答えが返ってきた。
「なんだって⁉」
つい、僕は叫んだ。つられたのか、ラウラたちも絶句していた。
魔族を名乗った女は勝ち誇ったような笑みを浮かべ。
「これを見てくださるかしら」
背中へ手を回し、カチカチとなにかをいじる。その後、彼女は金属のプレートを手にしていた。元々露出が多かったアーマーの胸部がさらに広がる。ビキニアーマーは着脱式だったようだ。
女騎士さんは後ろを向く。ビキニアーマーの背中は、紐のように細い金属だった。紐のすぐ上に、魔族の証である刻印があった。蛇が牛に噛みついている。
「あんたがエーヴァさんを貶めたのか?」
「ええ、そうよー。ご名答ですこと」
あっさりと真犯人は罪を認めた。
だというのに、十字架上の少女は顔をこわばらせたままだった。
「でも、あたし記憶が途切れることがあって、魔法も暴走させましたし」
「それね、ワタクシがしかけましたの~」
自称魔族の女はあっけらかんと言い放つ。
腹の奥から沸々と怒りがたぎってくる。
「どういうことだ?」
いろんな想いが錯綜した問いをすると。
「……おにいさん、ワタクシ、あなたに恨みがありましてよ」
「恨み?」
予想外の答えが返ってきた。
動機を語っているようだが、意味がわからない。彼女とは満足に話したことはない。ときどき、見かけるだけの関係だ。どこで不興を買ったのだろうか。
「とぼけた顔しないでよ。この殺人者がっ!」
殺人者。僕が?
ますます理解不能だ。この世界でも殺人は罪に問われる。正当な理由なくして、人を殺せば重罪が課せられる。たとえ、王族や貴族であっても。
「誰かと勘違いしてないか?」
「あなた、勇者パーティーにいたわよねー?」
勇者パーティー?
その言葉を聞いた瞬間に、僕は引っかかるものを覚えた。
そういえば、似ている。
目の前の艶やかな美女が、因縁のあった彼女に。背中にあった、蛇の刻印が脳裏に浮かぶ。死に際の悲しそうな目とともに。
「まさか?」
「ようやく気づいたようね。ワタクシの姉は勇者パーティーに殺されましたの」
女騎士の全身から猛烈な悪意が放たれる。
近くにいた一般人は苦しそうな顔をした。まるで、瘴気に当てられたかのよう。それを見た兵士たちが介抱と、避難誘導を始めた。
「姉は今わの際に、勇者パーティーの特徴をワタクシに伝えてくれましたの」
「どうやって? あのときは、魔族とドラゴンしかいなかった。そんな余裕はなかったはず」
「ワタクシの一族はねぇ」
シルヴァーナは得意げに鼻を鳴らす。
「どんなに距離が離れていても、ワタクシたちの心は深く繋がってますのー。深層心理を通して」
「深層心理?」
「ワタクシは深層心理を通して、お姉さまの死と無念な感情を共有しました。お姉さまを殺した勇者パーティーの顔と一緒に」
そんなことが。
「ワタクシは使い魔を放って、探索しましたの。すぐに、勇者パーティーを発見しましたわ。でも、さすがに手は出せない。使い魔に監視させていたところ、貴重な情報を伝えてきましたの」
「僕が離脱したこと?」
「ええ。理由は不明ですが、単独行動している者がいる。ひとりなら、ワタクシでも倒せるかもしれない。そう思って、ワタクシはターゲットをあなたに切り替えましたの」
「僕を追いかけて、この街に来たってわけか?」
「ご名答」
シルヴァーナを豊かな胸を揺すり、僕に色目を送ってくる。
「ワタクシ、あなたにぞっこんでしてよ」
「……」
「憎くて、憎くて、身体が火照ってきますのー」
「あいにくだが、僕は勇者パーティーとは縁を切っているんだけどね」
僕は美女の誘惑をあっさりと断った。
「信じられませんですわー」
「僕、勇者パーティーからは追放されてるんだけど……」
妙齢の魔女は嘆息を吐く。
「ですが、なにか裏があるのではなくて? 極秘の任務をしているとか」
「極秘の任務?」
「ええ。勇者が魔族を殲滅するのに必要な任務のこと」
苦笑いをするしかない。
「そう疑って、あなたをこっそり見てましたの。なのに、暇そうに妹とじゃれあってばかり。ワタクシもギルドに登録して、様子を見ることにしましたわー」
「……」
「事件を起こせば、なにか反応してくれると思った。そんなとき、ワタクシは半魔族の子を見つけました。偶然が味方してくれた。千載一遇のチャンスでしたの」
シルヴァーナはエーヴァさんを一瞥する。
「ワタクシは人を魅了するスキルがありますのー。パーティーを組んだ男どもはワタクシにイチコロ。ワタクシが頭の中で命令するだけで、勝手に奴隷になってくれましたわ」
そういえば、周りにいた冒険者たちは、彼女にぞっこんだった。
「魔族や半魔族になると、ワタクシの効果は倍増しますの。思い通りの行動を取らせることも可能なんですわー」
「まさか?」
「そう。わざと、痛いセリフを言わせて、パーティーの中で孤立させました。哀れな子羊ちゃんは悩みます。ワタクシはいたいけな少女を救おうと、あなたのところに行くように仕向けましたの」
それで、エーヴァさんが僕を訪ねてきたというわけか。
「『魔族を殲滅したい』と言わせたのも、森で魔法を暴走させたのも、ワタクシが銀髪少女ちゃんの深層心理に働きかけたのですわ」
「どうして、そんなことを?」
「あなたが、どう動くか見たかったからよ」
「それだけで?」
ビキニアーマーの女騎士は首を大きく振る。
「都市にモンスターをおびき寄せたのも、エーヴァさんに罪を着せるために?」
「だって、あなた、困った女の子を助けてるだけで、つまんないんですものー」
あまりにも平然と言い放ったことが許せなくて。
「ふざけんな!」
僕は声を荒げた。
「エーヴァさんは本気で苦しんで、街の人たちは恐怖に怯えたんだぞ。それが、つまんない。それだけの理由で――」
「それは、こっちのセリフよ!」
僕の発言は悲愴な叫びによって、遮られた。
これまでとは一転、魔女は眉間に皺を寄せ、うつろな目をしていた。怒りと悲しみがない交ぜになったように感じられる。
「ワタクシのお姉さまも少し悪さをしただけで、殺されましたの」
「少しって、元はドラゴンを使って略奪を――」
「仕方なかったのですわ」
直感で伝わってきた。
シルヴァーナさんの言葉にウソがないことが。
「仕方がなかった……なにか事情があったのか?」
動機を知りたくて、訊ねると、魔女は目に涙を浮かべた。
「先の大戦以来、魔族はひっそりと森の奥で暮らしていました。特に、昨今は新しい勇者も現れて、魔族を討伐対象としています。多くの魔族は、怯えて暮らしていました」
僕は彼女の言葉に耳を傾けた。
敵の言葉だとしても、丁寧に聞かないといけない気がしたからだ。
「そんな村にあって、明るくて、活発なお姉さま。みんなにとっては、希望の象徴でした。ドラゴンを使役し、食べ物を別の山から集めてくる。お姉さまに救われた魔族は多かったのです」
シルヴァーナの声から姉への想いが伝わってくる。
「でも、去年の夏は悪天候で植物の育ちが悪く、このままでは冬が越せない。ワタクシの村も深刻な事態を迎えました。そんなとき、お姉さまが申し出たのです」
魔女は豊かな心臓に手を当て、かすかな笑みを浮かべて。
「『食べ物なら、いつもみたいになんとかするわ。みんなは心配しないでいいのよ』と。その後、お姉さまは村を出て、略奪に手を出してまで食料をワタクシたちにくれましたわ」
「それで、僕たちに目をつけられたというわけか?」
「お姉さまは村のために、勇者に殺された。ワタクシは敵討ちがしたいだけ」
シルヴァーナの瞳から涙があふれ出す。
僕はなんにも言えなくなる。頭ではわかっていた。たんなる逆恨みだと。それでも、モヤモヤした気分になる。
頭上から雫が垂れてくる。十字架上のエーヴァさんが泣きじゃくっていた。
なんということか。自分が貶められたのに、敵に同情して、涙を流すとは。
半魔族の少女の気高い姿勢に、僕は反省した。
シルヴァーナに対して、僕は怒りで応じてしまった。
シルヴァーナが憎い。エーヴァさんに、街の人にしてきたことに憤りを覚える。
だから、みんなを守るためにも、倒すべき敵かもしれない。
そう考えていたが。
それじゃ勇者パーティーと同じじゃないか。
魔族は問答無用に討伐対象である。力を持ってはいけない。世の中に存在しちゃいけない。滅ぼしても問題ない。そう考えるのが、勇者たちの発想だ。
でも、よく考えれば、魔族も生きていて。僕たちと同じように感情もあって……。
「魔族だから滅ぼすってちがうよな」
僕は誰にともなく、つぶやいた。
僕のスキルも告げている。僕だけの戦い方をすべきだと。
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