全盲の鈴木さんはこの世界にあふれている

ちびまるフォイ

presented by 鈴木さん

私は鈴木さんだ。


この世界はすべて鈴木さんでできている。


これを読んでいるあなたも鈴木さんだ。


鈴木さんであるからには、目が見えない。

私は生まれてから一度も外の景色を見たことがない。真っ暗だ。


けれど、誰もが鈴木さんなのでそれが普通。

見えないのが当たり前で、見えるほうが異常なのだ。


「鈴木さん、おはよう」

「おはよう、鈴木さん」


私は今日も鈴木さんに挨拶をして仕事へ向かう。

誰もが同じ鈴木さん。


しかし、ふと気になってしまう。


その疑問は血液に乗って体を循環するように全身を支配する。

疑問を解決しないことには自分に自身が保てなくなる。


「私は本当に鈴木さんなのだろうか……」


私は自分の顔に手を触れてみる。

輪郭をなぞるようにし、どこに顔のパーツがあるのかを把握する。


生まれてこの方、私は鈴木さんだと信じている。

けれど、目が見えないので確かめたことはないのだ。


もしも、自分だけが鈴木さんで、他の人は田中さんだったらどうしよう。

その逆で、自分だけが鈴木さんだと思いこんでいるだけの田中さんだった。


私は鈴木さんとして生きていて良いのだろうか。


考え始めるとますます自身がなくなっていく。

一刻も早く私が鈴木さんであることの証拠がほしい。


私は街に出た。


街では人の行き交う足音が聞こえる。

この人達は鈴木さんなのだろうか。


「あの、鈴木さん。ちょっといいですか?」


「……はい?」


「お願いがあるんです。少しだけ、顔を触らせてもらえませんか?」


「おまわりさーーん!!!!」


街を歩く人を無差別に選んで顔を触り、それが自分と同じかどうかを確かめる。

自分がちゃんと鈴木さんであるかどうかを確かめるにはいい作戦だと思ったが……。


「鈴木、もう変なことするんじゃないぞ」


警察官の鈴木さんにやっと解放された。

知らない人から顔を触らせてほしいと頼まれれば、そういう性癖なのかと誤解されるに決まっている。


「なんとか鈴木さんかどうか確かめられないかなぁ」


帰り道で救急車の音を聞いて私はひらめいた。

その夜に、地下に安置されている霊安室に忍び込んだ。


手探りでこじ開けると、中からはひんやり冷えた鈴木さんの遺体があった。


「これなら文句も言われずに確かめられるぞ」


私は遺体をぺたぺたと触って、自分との差異を確かめた。

体の部位から部位の位置を確認する。


「うーーん、たぶん、鈴木さんだよな」


触り比べてみても、おそらく自分と同じ体の構造をしている。

……と、思う。


体の内部までちゃんと鈴木さんなのか。

自分の触感がどこまで信じられるのか。


そもそも、同じ体をしていても皮膚や髪や目の色が違ったら鈴木さんじゃない気がする。


「ああ! もう! いくら確かめても自信が湧いてこない!!」


気にしだすとますます不安になるばかりだった。

私は本当に鈴木さんなのか。

鈴木さんでいいのか。

鈴木さんを名乗ったとんでもない嘘つきじゃなかろうか。

鈴木さんは嘘をつくような人ではない。


鈴木さんか。

どうすれば鈴木さんと言えるのか。


もう自分で抱えきれないと思った私は偉い鈴木さんに相談した。

偉い鈴木さんは話を聞いて笑ってしまった。


「ハハハ、そんなことを気にするなんてな」


「こっちは真剣なんですよ。本当に私は鈴木さんなんですか」


「もちろんだとも。みんなそう思っているよ。

 みんなが君を鈴木さんだと思っているのに、

 君は鈴木さんじゃないと言いはるのかい?」


「そんなつもりは……」


「安心なさい。君も、僕もちゃんと鈴木さんだよ。

 自分を信じられる鈴木さんこそ、正しい鈴木さんのあり方だとは思わないかね」


「たしかに……鈴木さんはあれこれ悩みすぎませんね」


「そうとも。君は間違いなく鈴木さんだ。

 だからこれからも胸をはって生きていくといい」


「はい! ありがとうございます! 鈴木さん!!」


相手にも見えないだろうが深々とお辞儀をした。

顔を上げたとき、真っ暗な視界に初めての「まぶしさ」を感じた。


「な、なんだ!?」


そうっと目を開けると、待っていたのは見慣れた暗黒ではなく、外の景色だった。

驚いているのは私だけではなく、前にいる鈴木さんも同じだった。


「目が……目が見える……!?」


初めて見る世界に理解が追いつかない。


落ち着くころには前にいる鈴木さんと、

その瞳に映る自分がまるで異なる鈴木さんの姿をしていると気付いてしまった。


「あなたは本当に鈴木さんですか……?」


問いかけると、偉い鈴木さんは顔を真っ赤にして反論した。


「何を言う!! 僕こそが本当の鈴木さんだ!!!

 お前のようなエセ鈴木さんに偽物呼ばわりされる筋合いはない!!!」


街の外にいる鈴木さんも全員がみな異なる鈴木さんだった。

私達は自分が同じ鈴木さんだと思っているにすぎなかった。


「ちょっと待って下さい。私こそが本当の鈴木さんです! ずっと鈴木さんだったんですから!」


「まだ言うか! この大嘘つき! 鈴木さんは私に決まっている!!」


「話は聞かせてもらったわ! 私こそが鈴木さんよ! この偽鈴木さんども!!」


「若造ども。わしこそが鈴木さん-ジ・オリジン-じゃて。何十年鈴木さんやっとると思っとる」


「ばぶばぶぅ(愚かな争いを止めよ。我こそが鈴木さんだ)」


「ワンワン!!(拙者が本物の鈴木さんでござる!!)」



これが後に、第一次鈴木さん戦争の幕開けとなる……!

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