第3話 SPK「Leichenschrei」

 「藍ーー改めて、私のライブ観に来いよ」


 ミカちゃんが神妙な面持ちでそう告げたのは、寒風も厳しくなってきた11月のことでした。


 「あ、お芋焼けましたよミカちゃん」

 「おおサンキュ。熱っちぃ」

 「はい、篠宮さんのも焼けてるよ」

  

 覆面同好会が構える部室棟の裏。

 ひっそりとした中庭で、焚き火を囲むわたしたち。


 水谷くんが差し出してくれたアルミホイルの塊を受け取り、軍手をはめた手でぺりぺりと剥くと、香ばしく焼き上がったお芋が顔を出します。

 パカッとふたつに割れば、しっとり黄色い魅惑の断面……!

 

 「ん~~!甘いです!!」


 口いっぱいに広がる素朴な甘味。思わず笑顔になってしまいます。


 「穫れたての紅あずまだから味は保証するよ。じいさんから大量に送られてきたんだけど、消費できなくて困ってたから、ふたりが好きで助かった」

 「秋満喫だなー。でも学校で焼き芋なんて、よく許可が降りたもんだ」

 「降りてないよ。用務員さんにもお裾分けして、ちょっぴり見逃してもらってるだけ」


 水谷くん、怪しい風貌のわりに政治がお上手。

 被った紙袋に飛んでくる火の粉を巧みに避けながら、そ知らぬ顔でお芋を焼いています。焚き火のときくらい脱げばいいのに。

 

 「こんな風に皆で火を囲んでお芋を食べるのは初めてで、なんだか楽しいです!焼き芋を讃える雑音があったらいいのに」

 「うーん、ノイズ聴きながらカレー食べるイベントならあるけど」

 「1ミリも理解できねえ……」 

 「ともあれ、まだまだあるから家にも持って帰ってくれると嬉しいな」

 「では明日スイートポテトを作ってきましょうか」

 「篠宮さん、お菓子作りなんて出来るんだ」

 「これでもなかなかのものですよ?楽しみにしていてください」


 フランスからソムリエを呼び寄せて習いましたから。


 「じゃあ私は蒸しケーキでもーーーって」


 ミカちゃん、大きく深呼吸。


「ライブ!ラ・イ・ブ・に・来・い・っつってんの!!」


 渾身のノリつっこみをいただきました。しあわせです。


 もちろん、行くに決まってるじゃないですか。




 そもそもわたしたち3人の縁は、ロックバンドでギターを担当しているミカちゃんが、わたしをライブに来るよう誘ってくれたことから始まります。

 しかしわたしは当日、フロアへ降りる前のDJブースで流れていたノイズミュージックに衝撃を受けてしまい。

 気がついたときには、彼女のステージはとうに終わった後でした。


 「久々にライブハウスでがっつりやる予定が立ったからさ。リベンジしてほしいんだよ」


 ずっと引っかかってたんだよな、と頬を掻きながらミカちゃんが言います。


 「はい。わたしもずっと観たかったです!」

 「よかった。んじゃこれチケット。あ、水谷も来るか?」

 水谷君は、うわーぞんざい、と苦笑しながら、

 「僕はパス。混雑はニガテ」

 とあっさり辞します。まあ、その姿では目立つでしょう。 

 

 「んじゃ藍、今度はちゃんと下まで降りて来いよ。ノイズが鳴ってても立ち止まるんじゃねーぞ」


 ミカちゃんはクールな美貌をニッと崩して、そう念押ししてくれました。





/

 そして週末。


 街外れのライブハウス。運命の場所にリベンジです。

 前回よりもさらに早く到着したわたしは、カウンターのお兄さんにドリンク代を払い(相手を客だと思っていないような接客態度、新鮮です!)、前回突破できなかった休憩スペース兼DJブースへと入ります。


 そういえば、あの日わたしが聴いた音楽も、未だに何の曲だか分からないままです。

 篠宮家の力を本気で使えば、曲をかけていたDJの行方を探すことなど造作もないのですがーーやめました。

 今の調子で水谷くんからノイズ指南を受けていれば、いつか辿りつけるだろうという確信もあり。

 なにより、ミカちゃんや水谷くんへと繋がったこの小さな謎を、わたしは大切にしたいのです。

 それは、高校に上がってはじめて出来たお友だちとの、絆のように思えるからーー


 「あれ、篠宮さんだ」


 不意に名前を呼ばれて振り返ると、やや派手目ないでだちのカップルがにこにこと手を振っていました。

 ーーええとたしか、クラスメイトの大友くんと山之内さんでしたか。


 「篠宮さんがこんなところにくるなんて意外だな」

 「怒られたりしないんだ~」

 「ええあの、ミカちゃんにお誘いいただいたもので……」


 つつがなく笑顔でお返事します。


 「篠宮さんって、ライブハウスっていうより舞踏会ってイメージだったよ!」

 「たしかに、社交ダンスとか踊れそう」

 「あ、踊れますよ。お嬢様レベルが上がると、パーティー中に政敵を踊り殺せるようになります」

 「……」


 ジョークも混ぜてみたりして。

 これは大事なぽいんとなのですが、わたしはお友だちが少ないけれど、社交性がないわけではないのです!おふたりが軽く引いているのが若干気になりますが。

 

 「でもでも、篠宮さんもミカ目当てなんだ!超かっこいいよね!こいつの100万倍くらい」

 横の彼氏を指してキャハハ、と笑う山之内さん。テンションたかいです。

 「ひでえこと言うなよ……ま、でもミカのギターはマジでヤバい。最近じゃ業界関係者も見に来てるって噂だし」

 大友くんもべた褒め。ミカちゃん、大絶賛です。


 「あ、そろそろフロアに降りようよ。篠宮さんも行こう!」


 山之内さんに背中を押されて、ばたばたと地下への階段を降り。

 大友くんが重い扉を開いてくれて、フロアの中へと入ります。


 途端ーーむわっとした空気が流れ込んできます。


 なんてこと。

 頑張ってせいぜい300人入るかどうかといったところ。うちのクローゼットくらいのフロアに、たくさんの人がひしめき合っていて。

 これから始まるバンドへの期待で高揚する、そわそわとした気配が否応なしに伝わってきます。


 「やっぱすげえ人気だな。地元のバンドでこのハコ埋められるの、ミカのとこくらいだぜ」

 「これは皆さんミカちゃん目当てのお客さんなのですか?」

 「今日は9割方そうだと思う。あ、俺たちは前の方で見るけど、篠宮さん初めてだったら危ないから真ん中か後ろにいた方がいいよ」

 「楽しもうね!よかったら終わった後またお話しよ」


 そう言って、お二人は人混みをかき分けて嵐のように去っていきました。


 熱気にあてられて、ぼうっと立ち尽くしてしまいます。


 周囲のあちこちから、ミカちゃんの名前やバンドの話が漏れ聞こえてくるのを耳が拾います。

 皆が、バンドの登場を今か今かと待っています。

 遠くに大友くんと山之内さんの背中。

 たくさんの笑顔。

 知らない人たちの口から発音される、ミカ。


 あれーー胸が。


 しばらくして、証明が暗転。

 フロアから歓声があがります。


 胸がーーちくりと。


 幕が上がり、ライトアップしたステージに次々現れるバンドメンバー。

 その中のひとり、長身で銀髪の女の子ーーミカちゃんは、鋭い目つきでフロアを一瞥したあと、ギターを抱えます。


 いつもの彼女とは別人のような、張りつめた殺気。


 歓声は最高潮へ。

 「ようこそ」

 ミカちゃんはぶっきらぼうに呟くと、六弦を掻き鳴らします。

 スピーカーから弾けた音が空気をぐらりと歪ませてーー音楽が始まります。


 わたしはーー

 

 ちくちくと痛む胸から全力で意識を逸らして、目の前のステージに集中しましたーー



/

 「ーーというわけなのです」

 「ーーというわけでしたか……」


 翌日の放課後。


 覆面同好会の扉の前でどよーんとしゃがみこんでいるわたしを、帰ろうとする水谷くんが見つけて取り乱すことしばし(怪人物を驚かせてやりました、へへ……)。

 部室で紅茶を煎れてもらい、落ち着きを取り戻してきたところです。


 「要するに、ミカの人気に嫉妬して落ち込んだんだね」


 要されてしまうとちょっと……

 どんより睨みつけてやると、「ひっ」と小さく悲鳴を漏らす水谷くん。

 ちなみに、長い黒髪で顔を隠してすすり泣くわたしを見つけた彼の第一声は、「皿屋敷!?」でした。古風です。


 「レコードの祟りかと思ったんだよ……皿って言うし」

 「陰鬱な音楽ばかりですものね、ここ」


 閑話休題。

 一晩ぐるぐると悩み続けたことを、少しずつ言葉にします。


 「ーーわたしは、ミカちゃんの迷惑になっていないでしょうか」


 一度考えてしまうと、ダメでした。

 クラスも同じなので、ミカちゃんが人気者なのは知っています。

 ですが昨日感じたそれはまた一味違って。わたしの世界の狭さを思い知らされたといいますか……むー、上手く言えません。


 「嫉妬と言うよりーーミカちゃんはここにいて、わたしにかまけていていいのかなと」

 「ミカが好きでそうしてるんだからいいんじゃないかと思うけど……」

 「でも、ミカちゃんが住むほんとうの世界はあちら。たくさんのひとに愛されて、お客さんに喜ばれる場所です」

 「うんまあ、それはそう」

 「ふぇ……」


 怪人、容赦ありません。


 「ともかく、わたしがライブを観て、つかえていたものが解消したら、ミカちゃんはそういった世界に帰って行ってしまうのではないかと。そして、彼女にとってはその方が良いのではないかと……」


 そう考えると、悲しいような、悲しむべきですらないような、むーとしか言えない気持ちになって。

 仮に今はこのままだったとしても、いつかわたしはミカちゃんの荷物になってしまうのではないでしょうか。

 それはーーちょっと耐えられそうにありません。


 「うーん。気にしすぎだと思うけど、そんな言葉じゃ納得しないよねえ」


 とっておきのお茶菓子出すから元気出してよ、と声をかけながら、水谷くんは棚からお菓子の袋を開けてくれました。

 船のマークのチョコクッキー。初めて見ますが、ブルボン王朝となにか関係があるのでしょうか……


 わたしがもそもそとクッキーを頬張る音だけが、静かな部室に響きます。


 水谷くんは、しばらく考え込んだ後「よし」と呟いて席を立ち、棚から一枚のCDを手に取りました。


 「それじゃあ逆に、落ちるところまで落ちてみるってのはどうかな」





/ 

 「SPK『Leichenschrei』、インダストリアルノイズの名盤だね。本当に辛いときってなかなか音楽とか聴けないものだけど、せっかくここにいるんだし試してみようよ」


 水谷くんは終始淡々とした態度ですが、彼なりにわたしのことを思いやってくれているのは伝わります。

 だからここは、身を任せてみようと思いました。

 こくんと頷いて、彼の講義に参加します。


 「落ちるところまで落ちるというのはどういうことでしょう。憂鬱な内容なのでしょうか」

 「ああ、中心メンバーの二人が、精神病院の患者と看護人なんだ」

 「いえあの、そこまでは……」

 「患者の方はこのアルバムの2年後に自殺してるし」

 「いえあの、そこまでは!」


 壮絶です。受け取ったCDのブックレットをめくってみると、写真もぐろぐろ。


 「内容も奮ってるよ。金属叩いたりもの壊したり、その他よくわからない音が盛りだくさんで、不穏さのオンパレード。死だの狂気だの、言葉分からなくても伝わってくると思う」


 絶望感のおーばーきるではないでしょうか……

 エログロナンセンスな小説などは好きですが、精神的にクるものには警戒心が働きます。


 「でも何故か、落ちてるときに聴くと妙に元気出るんだ」


 僕だけかも知れないけど……と小さくつけ加える水谷くん。


 「ともあれ、今までのより曲は短いし音楽にもなってる。聴きやすいのは間違いないよ」


 「SPKはなんの略なのでしょう」

 「諸説あるんだよね……社会主義患者集団(Sozialistische Patienten Kollektive)ってのが一般的だと思うんだけど」

 「だけど?」

 「僕が気に入ってるのは、『切腹』(SePpuKu)」


 わたし、聴き終わったあと生きて帰れるのでしょうか…… 


 「とにかくやみやみしているのは伝わってきました」 

 「普通にかっこいいんだけどね……ってごめん。延々説明ばっかり聞いてるような気分じゃないよね」


 話の長い水谷くんにしては珍しく、そう言ってあっさり切り上げると。

 「ここで聴いていいからごゆっくり」と言い残し、静かに部室を出ていってしまいました。


 つくづく、彼なりに気は遣ってくれてるんですよね……


 ぽつんと取り残される、わたしと切腹CD。

 ひとりぼっちでぼんやりしていると、またじわじわと悲しさがこみ上げてきました。


 ああもう、きりのない。


 文字通り腹を決めます。

 この状況も何かの縁です。いっそ、どこまでも落ちてやりましょう。

 

 わたしは暗い覚悟を固めて、部室のデッキにCDを飲ませました。

 雑音、開始です。





/

SPK 『Leichenschrei』







①Genetic Transmission (3:17)


 不穏なぼわぼわ。

 左右でぷいーんと鳴り響くサイレン。

 ぐーっとお腹がなるような音。

 しゃきーん。

 すごい、何の音だかぜんぜん分かりません……

 分からないものは、不安です。心拍数が上がっていきます。



②Post- Mortem (2:24)


 破壊的なべこべこパーカッションと、シンプルな低音のメロディ。

 女の人がなにか喋っています。感情のない声色は、お医者さんが病状を説明しているようにも聞こえます。

 なんでしょう。簡単な曲なのに、反復されるたびに心の闇が膨らみます。

 右側で脈打つドクンドクンも、絶妙にふあんていで……



③Desolation (1:18)


 幽霊のようなワワワワが反響するなか、金属をでたらめにキンコン打ち鳴らす音が続きます。

 あ、狂気。

 これは狂気です。こんにちは狂気。

 きみとぼくはともだちだ。なんでしたっけ、別の歌が頭をよぎります。

 


④Napalm (Terminal Patient) (2:39)


 ボボボボと掠れたノイズと、先程よりさらに高いキンキキンを中心に、歯医者さんのガーや何かを壊すカンカンが、少しずつ四方八方を囲んでいきます。

 狂気くんがおともだちを大勢連れてやってきました。

 わたしの頭の中は狭いのに!密!密です!



⑤Cry From The Sanatorium (2:26)


 ふたたび低音メロディのボンボンが登場。ぐしゃぐしゃのリズムと相まって、不穏さは頂点に達します。

 なにかを喋る声は続いていますが、変声期を通したように性別が溶けて、虫のようなジーが頭を飛び回ります。

 耳障りな音ばかりなのに、だんだん気持ちよくなってきました……



⑥Baby Blue Eyes (2:38)


 曲が急に途切れた後、よりグシャッとした破壊音のオンパレードへ。

 強烈に重いドコドコの乱れ打ち。

 2分過ぎ、この世の終わりのような生々しいノイズが鳴ります。

  


⑦Israel (2:46)


 悲鳴のようなノイズはそのままに、性急さを増したドコドコが暴れます。

 ギター?の音も耳障りで、発狂した歯医者のよう。

 「ちょぷすちょぷすちょぷす……」と謎言語を繰り返す男のひと、

 「さまたいっ」と囁く女のひと。

 交互に囁く声が気も狂わんばかりに頭をかき乱します。

 狂気くん、トップスピード。

 抗えない混沌に、へらへらと笑っている自分に気づきます。



⑧Internal Bleeding (1:46)


 あ、壊れました。

 音がガラガラと崩れていきます。

 お?おおお!!と思ったら崩れてく音から新たなリズムが生まれて、また強烈な破壊のパターンを組み立てます。

 すごい、とらんすふぉーまーみたい。



⑨Chamber Music (3:26)


 再び解体。今度は何か大きなものを念入りに壊しているような風情で、どんがんどんどんとキンコンやザーが響きます。

 分解されているのはきっと理性。

 薄暗い工場で、わたしの正気を解体する作業は永遠に続きます。



⑩ Despair (4:46)


 突然マーチが始まりました!

 ガラクタで出来たおもちゃの兵隊さんが行進していきます。

 でも兵隊さんの顔はグシャグシャに砕け散っています。素敵。

 音はひとつ残らず病気に罹っているのに、奇妙にかわいらしいメロディ。

 やがてノイズが大きくなり、終わり間際で、でたらめに加工された女の人の悲鳴が入ります。

 うっとり。



⑪The Agony Of The Plasma (3:04)


 女性の絶叫。ガラスが割れるパリン、虚ろな囁きが延々繰り返されます。

 しばしの谷間を経て、冒頭のようなサイレンとザーザーが走り出します。



⑫Day Of Pigs (4:19)


 ここまでの曲とパーツは同じなのですが、なんだかポップソングのよう。

 だんだん分かってきたのですが、この作品、ビートが重要な気がします。

 神経を搔き乱しつつもどこか高揚して心地よくなってしまうのは、このボトムに由来するのではないのでしょうか。

 どこかお祭りに似ているのです。

 


⑬Wars Of Islam (4:32)


 デデュデュデュと繰り返す低音キーボード、

 きゅいきゅいと何かをこする音が反復しながらお祭りはクライマックスを迎えます。

 完全に理性を失った男の人がなにかわめいていますが、それすらも楽器のよう。

 ザーザーやピーガーが少しずつ加わって、狂気くん、全力疾走。

 脳内の障害物をぜんぶ倒して、走り抜けていきました。



⑭Maladia Europa (The European Sickness) (3:51)


 エンディングテーマです。

 男のひとの合唱に始まり、音の病人たちがゆったりと別れを告げます。

 ああ……狂気くんさよなら。

 さよなら狂気くん。


/


 音楽が終わった後も、しばし呆然としていました。


 ただでさえぐちゃぐちゃしていた頭の中が、さらにコンクリートミキサーで掻き乱されたよう。

 気がつけば、まとわりつくような悲しさは、虚無感にも似た疲れに成り替わっています。


 「これは、膝を擦りむいた子に、足のちょん切れる映像を見せて泣き止ませるようなやり方です……」


 ちょっと立ち直りましたけど、と虚空に向かって呟きました。


 扉の外で、ホッとこぼれた溜め息が紙袋を揺らす、ガサついた音が聞こえました。




/

 帰り道。


 「ミカがさ、何で繰り返し篠宮さんをライブに誘ったか知ってる?」


 本人には恥ずかしいから言うなって口止めされてたんだけど……とこぼしながら、水谷くんがそっと教えてくれます。


 「篠宮さんじゃないとダメなんだって。ミカはミカで、最近バンドに行き詰まってるってずっと言ってた。君に聴いてもらうことで、何か突破口が掴めそうな気がするんだって話してたよ」

 「そうーーなのですか」

 「なんで篠宮さんなのかまでは、僕もわからないけどね」


 わたしは恵まれて育った分、人生の色が薄いのです。


 それでも、大切なひとに何か少しでも差し出せるものがあるのなら。

 アーティストとしてのミカちゃんが何を抱えているのか、伺い知ることはできませんが、わたしはーー


 「おーい!二人とももう帰るのかよ!置いてくなこら!」


 夕暮れに長身の影を落とし、銀髪を揺らしながら近づいてくる人影に振り返りながら、わたしは言葉を探します。


 昨日のステージがどれだけ素晴らしかったかを。

 ギターを弾くミカちゃんの姿がどれだけ素敵だったかを、伝えるために。



(了)

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