第三章 榊と柏
1 事後処理
「じゃあ、行ってくる。」
榊守はラフな格好になると、妻の理彩を家に残して、若干不安がる家族をよそに、呼び鈴の合図と共に一人出掛けることにした。
玄関に出ると、神楽寛三が待っていた。榊は神楽達を自分の車に乗せると、柏家に向かった。
「昨日のこともありますし、結構道狭いですよ」
神楽的にはそのまま帰る予定ではあるのだが、柏家までの道のりはあまり幅も広くないため、榊が運転することにしたのだ。
内川町の北側にある柏家まではほぼ一本道ではあるが、この辺りは畑が広がる地域でもあり、古い畦道を無理矢理広げた様な道が多く、舗装もひび割れ波打っているような状況である。道幅も車幅もすれすれな場所が多く、すれ違いはなるべく避けたい道だ。
ただ救いなのは、その道が谷間とか崖道というわけではなく、あくまでも扇状地の田園風景の中を走るので、怖さは抑えられている。都会者のミキや藤本にとっては車窓の景色にキャッキャとはしゃいでいるが、途中からお腹すいたとブー垂れるようになっていた。
車は、少し小高い山を登ると、目の前にこじんまりとした門が見えてきた。
「あれが柏家の本宅」榊はその玄関から外れて横に回ると、通用口が見えた。そこに駐車スペースがあり、榊はそこに車を滑らせて停めた。
榊達は車を降りると榊を先頭に裏の通用口から玄関に回る。外を通らずに家の周囲を歩く形になると、女性陣二人はポカンとした。
それは東里ではお目にかかれない豪邸だった。神楽の玄条寺の敷地の2倍はあり、昔ながらの和風の2階建てで、昔の絵巻物に出てきそうな風情の邸宅だった。
庭も手入れが行き届いており、石畳の上を歩くと最初に見た玄関に出てきた。
「必要な物は持ってますよね?」
今更感全開で神楽達に聞くと全員頷いた。
榊はインターホンを押す。「どなたですか?」男の声がしてきた。
「榊だ。神楽さん達を連れてきた」カメラ越しに言うと、玄関の錠が外れる音がした。
扉が開くと、作業着姿の杉崎が出てきた。
顔が強面のせいで、何を着てもちぐはぐな感じがする。
これなら山伏の格好の方が良いような、と感じたのは女性陣二人。何も言わずただ、二人で目を合わせる。
「事務処理手続きをする前に、食事をどうぞ」
先に広間に案内されると、そこには、一通りの食事が用意されていた。
そこに総代である柏香織と、佐山が入ってきた。
「昨日はありがとうございました。ささやかですが、お礼の意味も込めてお召し上がりください」
柏香織と佐山が深々と頭を下げる。それを合図に簡単な宴会が始まった。運転もあるので酒は飲めないが、簡単な瀬戸内の海鮮料理が運ばれてくる。東里からの客は海の料理には目がなかったが、日本海と瀬戸内の料理の違いに特に考える事無く、刺身や天ぷらなどを頬張っている。
四国と言えばで、名産の鯛飯が土鍋で運ばれてくる。ちょうど時期的にも終わりだった事もあり、旬の調理を楽しんでいた。
東里からの客人達はその味を楽しんでいたが、榊は黙々と食べていた。
その様子を柏香織と佐山の二人はじっと見ているだけだった。
一通りの食事が終わると、別の部屋に移動した。そこは普段柏香織が使っている部屋だったと榊は思い出した。
「では目的である、事務処理を行いましょう。」
柏香織は佐山に目配せすると、一旦部屋に出る。少し時間が経過した後に、鞄を持った背広姿の男性が佐山と共に入ってきた。
「柏様からの依頼で来ました、西川市の神還師管理団体の事務を務めます、
菅原は名刺を出すと神楽寛三に渡した。
「団体があったのですね。存在しないのかと思っていましたが……」
寛三は名刺を見ながら菅原に問いかける。
「正確には、旧西信町の管理団体が六年前の大合併で西川市となった際に、管理団体のなかった内川町も管理することになりました。とはいえ、この町で神還師はもういませんでしたし」
「居なかったんですか、誰も?何十年も神還師無しで成立するのですか?」
菅原の言葉にミキは驚く。
「この内川町で神還師は、古くからいらっしゃる榊家だけだったんです。とはいえ榊家は本来の資格者も途絶えて、その榊家も最後の資格者は12年前に亡くなりました。この町には神還師は誰もいません。それだけ榊家の力は、町全体を覆っていたという事だったんです。」
ミキは榊の方を見るが、榊は特に壁を見ながらあまり興味のない表情だった。
「何か必要がある場合は柏家からの相談で必要な神還師を、旧西信町民またはフリーランスの方を我々が招集することにしていました。今は一つの市になったので合併前程難しいこともなくなりましたので、魔封師である柏家との付き合い含めて仲良くやらせていただいてます」
菅原がニコリと微笑むと、鞄からノートパソコンを取り出し、更にいくつかの端末を取り出す。一つはハンドスキャナー、もう一つはプリンターのような筐体が出てきた。
榊を除いた三人が持ち物から、手帳と免許証を取り出した。
神還師の活動には原則許可証が必要になる。何度も言っていることだ。
神楽親子と藤本は許可証を持っているため、神還師の活動を行うことが可能となっている。
免許証によって神還師は能力によって級分けされているのだという。
級の種類は備わっている特殊能力と、神還師の活動に必要な知識の二種類に分かれる。備わっている能力に関しては、迷い神が見えることを基準として、見る聴く話すの能力の有り無しと、神還師の知識の度合いによって、級を分けている。
神楽ミキと藤本由美が免許証を持っているのは理解できても、神楽寛三が免許を持っていることに意外と思う点もあるが、それは能力ではなく、知識度合いで免許を発行している。特に免許の級が低くても他の級を持つ免許所持者と行動を共にすれば神還師活動を行うことができるのだという。
その一方で榊守の東里での扱いはどうなのかというと、榊は免許がない。
神還師の規則から言えば、無免許行為である。この場合は神還師としての行為も本来は出来ないし行った場合は審議会の弁済も無ければ、刑事罰こそ無いが、破壊行為による通常の罰則が発生する場合がある。
しかし例外はあり、榊の場合は有資格者と共に行動すれば、これらの行為が教習行為または自習行為として、有資格者の責任で一連の免責が発生する。過去の行為は魔封師と行動した天玄山の一件を除けば有資格者のミキ達といたので、彼らの行動として扱われる。
それであれば、榊の働きは今後の免許の運用に必要な物とされるかもしれないが、榊自身はなぜか審議会との関わりは拒否している。そのため、審議会も榊守という希有稀な神還師の器を知らないのだ。
「神還師に関わりたくない」
という榊の最初からのスタンスは、寛三もそれを納得して、審議会でもその存在はこの間まで秘密にされていた。あくまで本人の自由意志なので、強くも言えない。これが現実だ。
横目で榊は三人の許可証を見ていた。それぞれがサイズの異なる免許証ではあるが、手帳のサイズは共通している。それが、全国に存在する神還師であることを証明する必要な資格一般の証明書類である。
許可証のサイズは様々で寛三は少し古めの二つ折り式の免許証で、藤本由美とミキはプラスチックタイプのカード式であるが、サイズが少し異なる。
それぞれに番号を記載したバーコードが添付されており、寛三の許可証にもバーコードが別途貼ってある。菅原は免許証をスキャンすると、詳細を記入して、申請のための認識番号を付与する。
柏香織は別途記入しておいた申請書類を菅原に渡すと、その情報を再度スキャンした。読み取った書類の内容は字体から判別され、文字を起こす。起こされた文字が所定のデータベースに登録される。データベースには、対処の日付や時間。行動場所や、活動内容と活動結果が記される。詳細な図はないが、代わりに地形図コピーと位置図面が書き加えられていた。
これらの情報は神還師本人の活動記録だけでなく、必要に応じて等級のランクアップにもなるばかりか、神還師の補償可否の審査にもなる。前に榊が言っていた、神還師は壊した物品などの補償に関してうるさいというのがこのことであろう。最終的に審査に通れば、物品などの弁済は西川市の管理団体が行うことになり、費用に対しての請求もない。ただ今回の場合は、山の中で行われた事なので、弁済の範囲も狭く、更に費用は抑えられている。
原則これらの処理は、東里市の審議会が行うが、今回のような遠方地でやむを得ず行った対応は、事後対応として、該当市町村の審議会と同等の機関で行われることになっている。
情報を書き加えて入力が終わると、菅原は各人の手帳を開き始めた。手帳に記入された最終ページを開くと、それをプリンタに差し込む。キーボードをたたくと、プリンタが動き始めて、コードを印刷し始めた。コードが印刷されると手帳を一人一人に返していく。
手帳自体の動作はまるで預金通帳のようだった。必要な情報を書き出して詳細はインターネットか特製の
「あなたは帳票と免許は?」
管原は榊を見て尋ねてきた。
「彼なら大丈夫です」
少しかぶせるように柏香織がフォローした。
「やはり彼には免許の取得経験はありませんでしたか」
寛三は少し悩み顔で言う。
「まぁ、今回私は皆さんの同行者ですから。」
榊守は特に悩むことなく言った。
榊自身も神還師の存在に気付いたのは最近の話だし、そんな試験を神楽達と出会う前に受けた記憶もなかった。特にこれらの手続き行為自体に興味もあり、一度は見てみたいという思いもあったが、自分には関係ないとわかると、違和感と虚無感が一気に襲い、この状況下はどうでも良くなると感じて、終始佐山から注がれる少し冷たい緑茶をちびちびと飲んでいた。
「わかりました。では手続きは以上で終了となります。」
菅原は一礼すると、機器の撤収を手早く行うと、部屋から出た。
「では一通りの手続きは終わりましたが……」
柏香織は、一通り全員を見ると、その表情を見ながら少し安堵の表情を浮かべる。
「この際ですから何か聞きたいこととかあれば。一応魔封師とはいえ神還師についてもお答えできますが。」
「あのう……」
最初に質問したのは意外なことに最年少の神楽ミキだった。
「結局、彼は何者なの?」
ミキが榊守を指さすと、全員が榊の方を見ていた。
当の榊は、ゆっくりと茶を飲んでいた。
「指さしなさんな。何者といわれてもなぁ」
榊が答えた。
「私も気になるわ。」
藤本も絡む。
「どっちにしろ現状納得できていないのは事実なんだから、こんなハイレベルの能力者が近くにいるなんてわからないし。」
藤本は榊に近寄る。無駄に澄んだ目で見られるのは榊としても嬉しくない。理彩を連れてこなくて良かったと思う。
「レベルどうのこうのなんて、そっちが勝手に言ってることだ。」
榊も飽きたように返す。
「なんで悩んでるのよ、自分の家系のことだろうし、お祖父様の道具だって神還師関係の道具だったじゃないの?」
「いや、悪いけど神還師に関する系図はよく知らないんだ。」
榊の回答は微妙だった。
「どういうことよ。だって自分の家系じゃない?」
藤本達の表情は納得はしていない。
「あのね、そんなに自分の家系が詳しいってわけじゃないし、今日の葬式でも見たとおりでウチの場合は
また榊は茶を飲んだ。
「そういうことを訊くんだったら、私達よりもそこのお父さんの方が詳しいでしょう?」
柏香織は、その視線を神楽寛三に向ける。
ミキも藤本も寛三の方を向く。
寛三は柏の問いに対して、やれやれという顔をした。寛三は榊を見ると、榊は軽く頷くだけだった。
「確証が無かったのでしょう?実際のところ。榊の名前といい、四国の出身で訳の解らない能力を持っているという点だけで。」
榊は更に寛三に話す。その反応は榊も予想できていた。
「……まぁ、そうだね」
寛三は榊の言葉に観念したかのような表情だった。
神還師2 ~魑魅魍魎が見える記者の一族と、それを副業にする一族と、他レギュラーの皆様~ 秀中道夫 @hidenaka_30
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。神還師2 ~魑魅魍魎が見える記者の一族と、それを副業にする一族と、他レギュラーの皆様~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます