第25話 拿捕

「銀河同盟法728条。同盟軍警備艇の制止を振り切って逃走した場合、砲撃対象となっても軍に責めはなし。……面倒なことになったな」


 トラクタービームに包まれ引っ張られていく船の中で、アウルは腕を組み眉根を寄せる。呑気に構えてる場合じゃないでしょ、と、ルミナス・ブルーは額に手を当てた。

 乗客達には自室にて待機するようアナウンスしてあるが、この先何が待ち受けているやら。


「銀河同盟軍に拿捕されるなんて、こりゃいよいよこの船も廃業ね」

「くそ、俺達が一体何をしたって言うんだ?」

「大方、怪しい密輸船にでも見えたんでしょ。最近麻薬カルテルがこの辺を騒がせてるって言うし」

「そんなのいつも見逃してるくせにね」


 パーシーの呟きに、乗組員一同はいよいよ悩み深い表情を浮かべざるをえなかった。


 事情を聞くためコックピットにやって来たナナセは、予想外の展開に一瞬胸踊らせ……、いや、戦慄を隠せなかった。


「これが……拿捕か」


 しかししみじみ呟いていると、久々に明星ミンシンの白い視線が飛んでくる。

 やべえ、やっぱり一瞬ワクワクした顔しちゃったみたい。表情を引き締めなければ。


 しかし明星に釘を刺されずとも、すぐに真面目モードにならなければならないことは重々知っていた。

 軍の船に捕まるなんて、下手したら全員監獄行きか、その手前までいくかも知れない。いや、もっと悪いことになるかも。

 明星の冥王星への旅が終わりになるかも知れないのだ。


 またしてもいきなりやって来た旅の終焉の危機に、ナナセはゴクリと唾を飲んだ。




 拿捕されたスペース・ハーミットは戦艦の格納庫へ。

 そこでしっかりと拘束プラグで船ごと縛られると、その周りを長銃持参の軍服姿の男達が囲む。太陽を描いた徽章の入った腕章を巻いた、銀河同盟軍の士官達だ。


 そして乗組員は直ちに外へ出るように促された。いや、半ば警告された。

 ナナセと明星に船に残るよう言って、船員達はコックピットを後にする。


 そして。


 ダンダンダンダン!と、その場に十発ほど銃声が響いた。


 何事かと、ナナセと明星は思わず船の外へ飛び出す。

 そこで目にした光景は、


「営業許可証を確認するのに、何故あたし達を撃つ必要があるのかしら?」


 例のショック銃を構えるルミナス・ブルーとその後ろに守られる格好の船員達。

 そしてその船員達を囲むように倒れた軍服の男達と、その真ん中で手を上げて震える、一人立った状態で残された軍服の男だった。


 倒れている軍人達は皆、手から銃を取り落とす格好で伸びている。全員息のある状態で倒れている様から察するに、ルミナス・ブルーのショック銃で撃たれたようだった。


「相変わらず早撃ちだけは外さないな」


 賞賛とも呆れともとれる声音でアウルが呟く。ルミナス・ブルーはかまわず、残されていた軍服の男に向けて銃口を突きつけた。


「さあ聞かせてもらいましょうか? いきなりあたし達を撃とうとした理由を」


 どうやら船から降りた船員達に、軍服達が引き金を引きかけたらしい。それでルミナス・ブルーの返り討ちにあったようだ。


 ルミナス・ブルーの凄味にガクガク顎を震わせながらも、残された軍服の男は裏返った声を絞り出す。


「な、何であろうと君が銀河同盟軍に銃を抜いたのは事実だ。い、今から君達を軍務執行妨害及び反乱罪で連行する」

「ああん?」


 心臓を射貫くような一瞥に飛び上がりながらも、彼は震える手で腕の徽章の裏を押した。

 程なくして、倒れている人数の三倍ほどの軍服達が銃を構えながら船員達を囲む。


 その光景にまったく動じる様子を見せないながらも、アウルは銃を構えたままの同僚に釘を刺すように腕を小突いた。


「……ルミナス・ブルー」

「分かってるわよ、さすがに数が多い。抵抗してもあたし以外が蜂の巣になっちゃうからね。……ここは大人しく従っときましょ」


 余裕の表情で彼女が銃を下ろすと、軍人達は乗組員達を隙間なく取り囲む。

 そして険しい顔つきの彼らは、全開の警戒のもとにスペース・ハーミット号の乗組員達をどこかへ連行し始めた。

 外に出ていたナナセと明星も、軍服に背を押されてしまった。ここは一緒に来いということらしい。


 格納庫からいずこかへ続く廊下へと、乗組員達は進むよう促される。

 アイドルとボディーガードもそれに付いていくしかなかった。




 スペース・ハーミットの乗組員達が連行されたのは、戦艦内の長い廊下を前へ前へと行った所にある、司令部も間近と思われる部屋の前だった。

 長大な通路を進んでいる間中、これが戦艦の中かと密かに高揚を隠せなかったナナセも、ここまで来るといよいよ息を飲んだ。明星も眉根を寄せて、この理解し難い状況を観察している。


 ここは明らかに普通の犯罪者が連れてこられる場所ではない。

 こちらを法を犯した者と定めておきながら、この軍人達は何故監房ではなくこんな所へ乗組員達を連れてきたのか。

 しかし周りを囲む男達はここまでずっと黙したままだ。拿捕からここまで、まったく軍人達の意図が分からない。


 分からないまま、目の前の部屋の自動扉がスーっと開いていく。

 乗組員達がここに来てまた一層困惑したのは、その開いた部屋の中というのが真っ暗で、見渡すこともできないただの黒い空間だったからだ。


「入れ」


 その部屋の中に、軍人達は入るよう促してくる。そうして驚くことに、彼らは船員達の脇へ下がると、拘束もしていない罪人達だけを前に押し出したのだ。


 当然促された方は困惑した。

 ここで解放されるはずはない。出会い頭にいきなり撃ってくるような連中だ。ならばこの暗闇の中に何があるのか。 


 入れと、再び銃を持った兵士の声がかかった。短い困惑の息と共に、スペース・ハーミットの乗組員達は暗闇の中へと足を踏み入れる。後ろで自動扉の閉まる音がした。

 ナナセは思わず雇い主・明星をその背にかばった。


 部屋に入ってしばらくは暗闇が続いた。

 何が起こるのかと構える一行を照明が照らしたのは程なくしてだった。


 手前から、部屋の照明装置が灯っていく。


 そしてまばゆい光が照らしたのは、スペース・ハーミットの乗組員達だけでなく、


「ようこそ、古のヒーロー諸君!」


 明朗な声は、構えるスペース・ハーミットの面々の鼓膜を揺らした。

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