桜を撮る女

紫 李鳥

桜を撮る女

 


 今年の桜の開花は早かったが、新型コロナウイルスの影響で、シートを敷いての宴会もできない。


 仕方なく、散歩がてらの一人花見という人も少なくないだろう。


 人気ひとけのない川縁にあるその桜も満開だった。


 休日の午後、一人の女がスマホで桜を撮っていた。


 満開の桜を撮っているのだ、誰一人としてその女に不審を抱かないだろう。


 帽子を被っているので顔は分からないが、ジーパンにスニーカーの格好からして、30前後だろうか。


 女はまるでカメラマンのように、シャッター音を立てながら、あっちこっちから桜を撮っていた。



 翌日。女は喫茶店に入ると、待ち合わせしていた中年の女に、スマホの画面を見せた。


「……確かに」


 中年女はため息混じりにぽつりと呟くと、財布から紙幣を数枚抜き取った。


 女はそれを受け取ると、


「では、写メを送信します」


 そう言って、中年女のスマホに送った。


 中年女は、送られてきた画像を見ながら、


「……これで、離婚も成立し、慰謝料ももらえるわ」


 そう言って、口角を上げた。



 そこに写っていたのは、桜の枝先から覗く対岸のマンションのベランダで、花見をしながら接吻せっぷんしている、中年男と若い女のツーショットだった。

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桜を撮る女 紫 李鳥 @shiritori

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