第7話 お昼ご飯と優しい幼児

「うーん。わかったよぅ。それじゃあとで切ってね」


 ――っ! なんとサクヤさん。どうせ最後まで、でもでもだってって駄々こねるでしょって掛かったのに……一発OKを頂戴しました。


「オッケーそれじゃ午後ね。この部屋で切ろう」

「りょ」

「お兄ちゃんがお姉さまの頭切るの、楽しみなのですー!」


 リジュ、聞きようによっては危険な発言だから気を付けてね。


「150センチくらい切るの?」

「ねーでしょ」

「がっかりだよぉ」

「がっかりですぅ」


 毛根含んでもマイナスやん。あとは先方に連絡して日程調整・台本確認、請求他は事務員さんに連絡してからだな。

 髪切って整えるのも時間掛かんないだろうし。


「あ、引率者さんはお兄ちゃんが良いのです! スタッフさん達にカッコいいお兄ちゃんを自慢するのです!」

「えぇ……? 連れて行くのは良いんだけど……」

「そやね、それなら私も頑張る。あとリジュが自慢してるの見つつ笑う。ぷすー」


 笑うなや。


 引率は良いのよ。ここのところ時間的に余裕はあるしクエストを学生に振るのも我が舎弟に任せれば問題なく許可も下りるだろう。

 でもリジュに三枚目な僕を自慢とかされて、スタッフさん達一人ひとりに哀れそうな顔でよろしくされ、心が少しずつ折れていく未来が見える……僕、いとあわれ。


「それじゃ日程調整とか、色々してくるよ。髪切る時また呼びに来るから」

「はーいパパお仕事頑張って!」

「……海底に住む貝のような、専業主婦に私はなりたい」


 ……君は専業主婦を舐めてる。



◇◆◇◆◇◆


 雑務を終わらせてのお昼時。


 ドナドナされていない学生が自然と集まるここ、学食では、給食のおb……姉さまと料理好き学生、幼児により食事が配給される。

 メニューは日ごとに決まっているがなかなかの美味でお金もとられない。お財布を常時携帯している奴ら(主に僕とハヤシさんあたりのタカられやすい人)にとって、学院内で数少ない癒しスポットだ。


 今日のメニューは、三十センチ強のおにぎりだ。

 ……? なんか他の人とメニュー違う気がする。おにぎり単品はまぁ、寂しくても文句ないんだけど。これ、デカすぎない?


「お兄ちゃんおはよぉ~」

「おそよ、アル」


 リュアール改め通称アル(五歳)。サラサラな黒髪でいつもぽやぽやしている年少組の、心優しい戦闘民族・・・・


 ぽやぽやに見えて、この子は運動性能、反射性能、視界の広さや場を俯瞰する能力と、どんなスポーツであっても極める才とずば抜けた戦闘能力を持つ。


 さらにご本人様は、ちょっとアレな人たちに神の子とか雷神、神獣とか呼ばれたりしているちょっと昂っておられる獣。

 あと魔王様に栄光あれーとか、魔神様復活を邪魔する邪教徒共に神罰を!とか騒いでた、ちょっとアレで迷惑なカルト教の人達の殲滅クエストをこなしてる時の笑顔がハンパなかった。


 その場に「本人のやる気がダンチになるんだよ。グッドラック」とか、意味のわからない理由でとあるババアに何故か同行させられて見ていた僕も悪いのだが……

 斬って斬られてのヤバい戦闘ですごい幸せそうに微笑んでいる姿を見てから、一週間くらい自然にアルさんと敬称をつけざるを得なかった。


 まぁアルさんは、そんな感じのある意味逸材な、変態だ。そしてリッツ院という家庭において、僕の可愛い弟の一人である。


「そのお兄ちゃんのおにぎり、おばちゃんに教えてもらってはじめて作ったの。たべてたべて~」


 ……これは君の手作りかね。その小さな手で握るのは大変だったろうなぁ、その優しさだけで僕の心とおなかはいっぱいだよありがとうね。


「はやく、たべてたべて~」


 ぐっ。いや無理だろこれ。これでも僕は燃費良い。少食の人間に三十センチおにぎりは無理だろ。普通のちっちゃいの教えろよ……あの給食のb……お姉さんめ。

 そしてアルの嬉しそうなキラキラした目。詰んでる。ものすっごい重いしなんか下の方硬い気がするけど……アルの悲しむ顔は見たくないし、完食せざるを得ない。……ええいままよ。


「ア、アルさん。いただきます」

「うんっ、めしあがれ~!」


 死して屍拾うものなし(多分)。その志しと勢いで大きく口を開け、巨大おにぎり頬張ると――っ⁉


「うまっ! なにこれうまっ! すっごい美味しいぞアル!」

「ほんと? 嬉しい、やった~!」


 なんていうか、見た目は正直全面に海苔がついた普通のおにぎりが大きさ三倍くらいになっただけだ。あと繰り返すが重い。あと下の方硬い。


 だがしかしその海苔の裏では、塩味と香ばしい匂いと隠し味……そう、これは絶品ごま油。

 単純な組み合わせだが塩とごま油と海苔、そして作り手の愛のバランスが黄金比となって僕の舌を喜ばせる。どんどん食が進む。すごいぞアル!



 ……と思って食べていたが流石に大きすぎて、アルと二人で食べました。


「美味しいかったね、お兄ちゃん」

「うん、美味しかった。でもごめんな、兄ちゃん一人じゃ食べきれなかったよ」

「ううん、ぼくさっき食べたけどお兄ちゃんと二人で食べたらもっと美味しかったの~ありがとうね♪」


 ほんとええ子や。僕のすさんだ心が洗われていくのがわかる。


 ちなみにおにぎりの下の方は、土台造りのため……というか、にんまりこっち見続けているあのBBAの罠だろう。アルの超強い握力でカッチカチにされてて歯が欠けた。アルも乳歯が抜けて僕たちはお互いを見て笑いあった。美味しくて、楽しかった。


 でもBBAはゆるさないぜったいにだ。



 ……口がスースーする。歯医者、予約しとかないと。

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