第6話 プライドは置いてきた。

「それじゃ、食べながらでいいから僕がここに来た用事を聞いておくれ」


 リジュはミルクティーを一口コクリ。サクヤさんはシュークリーム(五個目)を一口パクリ。それぞれ飲み食いしつつ、二人は?と顔に出しながら僕の話を待っている。といっても三歳児からぬ自我を持つほど頭の良いリジュは薄々気付いていただろうけど。


「クエストだ。先々月に依頼してきたことあるユンユンって雑誌のCM出演依頼だよ。大好評、売れ行き絶好調だったらしくてさ、リジュを指名してるんだ」

「……あぁ、……クエ、スト、ね」

「……リジュ、この間のお仕事で今年の目標達成したと思うのですが……」


 何故か訳知り顔で呟いた後、片手で頭を抱えたかっこいいポーズをとったサクヤさんは放っておくとして、そうなのだ。リジュは二歳にして子役デビューし芸能界の荒波の中、アイドル性という才能を磨いてきた。


 そして超売れっ子アイドルとして業界内外問わず大人気。年末、三歳の誕生日を迎えてから今年、たった二カ月で何度も大口依頼者からのクエストをこなし、既に去年の年間トップテンに入る金額を稼いでいる。この才能には本当に恐れ入る。


 他ならぬ世界一可愛いリジュであり、僕もあまり強制したくはないが、この子は稼ぎ頭の一人。大口からなので断り難い理由も一つだが、現在部外者であるはずのハヤシさんが何故か危険なクエストに立候補してくれるほど人員が不足している。心を鬼にせねば……。


「ごめんね、でもお兄ちゃんのお願い聞いてくれないかな? 指名依頼で二人タレントを募集してて、もう一人はサクヤさんなんだけど」

「え」

「お姉さまと一緒……」

「いや、わたしじゃ無理と思うんやけど……CMなんて出たことないし……。むしろ見たこともないし」

「後半のそれダウトな。てかお得意様から指名なんだよ。二人とも、お願いっ!」


 奥義コンボフェーズ①。とにかく説得だ。


 クエストに選別した人物が難色を示すことは多々ある。わかる、わかるよ、そりゃあやりたくないお仕事だって多いさ。僕も何度あの手この手でけむに巻いて逃げてきたか。


 だが僕はお仕事を振るプロ。依頼を断った後の様式美となった、ワイロという名のゴルフクラブを貢物に捧げての上客接待ゴルフ。

 経費が落ちず、ポケットマネーを徴収され、心を殺しながら「ナイショッ!」って連呼するマンに変身するくらいなら……幼児にお仕事させるのだってなんのそのよ。


 いや、もちろんリジュが泣いて絶対嫌だって悲しむくらいなら、ポケットマネー接待ゴルフでもなんでも頑張るけどね?

 (なお、院長であるマザーの仕事拒否率による被害は甚大でないので経費が落ちる。上位幹部共は僕をギリギリ卒業(逃亡)させないところで生かさず殺さず楽しんでる。)



 というわけで、例え相手がリジュ(サクヤさんについては心が痛まない)であっても、一応全力でお願いするのだ。他の学院生である働きアリ共への感覚と違い、リジュの優しさに頼り切っていることで増してくる罪悪感が辛い…が、困った笑顔でお願いする。

 戦力にならないプライドは彼方へ置いてきた。一人残され悲哀感をかもし出していたプライドさんの無念を晴らすために。絶対、できれば受けさせてみせるっ!


 ……というかサクヤさんについては、リッツ院にやって来てから一度もクエストを振ったことはない。マザーを想起させるものぐささから、彼女に何か特異の才能があるのかないのかわからない。髪長いこと?


 なので、サクヤさんは条件に合うのと、指名されてたリジュお気に入りということで決定だ。今後は巻き込まれ体質キャラ設定を確立させちゃえ。

 リジュは三歳にして貫禄はベテランだし、サクヤさんも見た目はマザー並みに良いもん。なんとかなるなるー。



 というわけで、フェーズ②に移行。



「二人しかクリアできないクエストなんだ……頼むっ!」


 悲壮感をこれでもかというくらい出すため、目をつぶりながらテーブルに手と額をつける。リジュ、ごめんよ不甲斐ないお兄ちゃんで。サクヤサン?ドウデモイイ。


「……っち。あそこのCM監督、きもちわるいし嫌いなのです。こっちみんなって感じに他の皆も思ってたし」


 ……うごご。……強い嫌悪感と不穏さが混じる小さな愚痴。ボソボソとはっきりとは聞こえないけど、まぁサクヤさんの愚痴だろう。厄介な奴だぜ。


 だが今の僕の辞書の中に、でもでもだってなんて文字は入っていないのだよサクヤさん。フフン。


 とにかく、承諾の言葉を聞くまでは僕はお願いポーズのまま動かない。なんなら土下座も辞さない。

 というか意識外の中、いつの間にか僕の身体は重心・体幹のコントロールが行われていた。



 僕の中の本能よ、お前はそれを望むか……。いいだろう、もう何も言うまい。フェーズ③、奥義発動……っ!!



 清流の流れるかのごとき自然な重心移動はまさに芸術。森羅万象と一体化した僕は、存在を消し去るかのごとく他者に動作を認識させない。これこそが僕の異能(だったらいいな)。


 そしてリジュとサクヤさんが気付いた時、この空間にはこれでもかというくらい美しい『土下座』した僕がいた。今この瞬間、ここ数年(数日?)の中で一番輝いていると確信する。

 そしてマイエンジェル、リジュにその土下座は認められたのである。


「兄さ……ま。……わかったのですお兄ちゃん! リジュ、お姉さまと一緒に頑張ってくるのです!」

「っ! やだリジュ男前……! 良かった! リジュ、サクヤさん二人ともありがとう!」


 いやぁ、さすがリジュ。受けてくれて良かった。承諾を得た途端顔を上げた僕は嬉しさが込み上げ、今までのリジュに対する申し訳なさと悲壮感を感じながらも、満面の笑みで感謝を述べる。


「え。いやわかったのですって、わたしわかってないのですが」

「いやぁ二人とも本当にありがとう、今日は本当に良い日だねっ。ねっ」

「えーやだやだー働くのやだーお外出たくないー。私リジュのヒモだもんー」


 三歳児のヒモ宣言しやがった……やだサクヤさんある意味男前……!


「お姉さま、大丈夫です。私がお姉さまをお守りするのです! そう、私が! お姉さまを! どこまでも! いつまでも!」

「「やだリジュ男前……」」


 愛がちょっと重い気もするが、正義のスーパーヒーローとかスーパーヒロインってこんな感じだよね。素でスーパーヒロインとかさすがリジュ。

 だがリジュのイケメンさに惚れ掛けながらもまだ抵抗を試みる面倒系女子。


「えーでもでもだって、だってだってなんだもんー」


 ここでマジックカード≪浮気バレ夫婦の言い訳に繋がらない言い訳≫を発動されたが甘いぜサクヤさん。

 トラップカード≪興信所≫、続けて≪家庭裁判所≫コンボだ、ってボケがクドい。全部サクヤさんのせいだ。お前はよ諦めて認めろや。


「はいはい、でもでもだって、デモはお外でやらないと訴えたいこと伝わらないから頑張ろうよ」

「寒い」


 ……こんのアマあああああぁぁぁぁ。


「うー。……わかったよぅ。でも困ったら助けてね? リジュ」

「どんとこいです! お姉さまも、お兄ちゃんも、天空の城に乗った気分でリジュにお任せなのです!」


 やだリジュ以下略。でもあのお城、警備ロボの内乱とかたまに墜落とかあるらしいし注意してね。


「はぁ……怖いなぁ……」

「あ、関係ないけどサクヤさんさっき小っちゃくだけど舌打ちしたでしょ。ダメだよ女の子が舌打ちなんてしちゃ。くどくどくどくど」

「えぇ……いやわたししてないホントしてないから……冤罪やん……」


 サクヤさんがまだボソボソ抵抗してるが耳が遠くなった気がして全然聞こえないしスルーだ。というわけで大口クエストの役者キャスト、選別完了ッ!



「それじゃいざクエスト備えて……サクヤさん、髪切りたいんだけど。いつ切る?」



 この流れでついでにサクヤヘアー伐採衝動も解決したるねん。無免許自称カリスマ美容師ハヤシよ、もうお前の出番はない。

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