猫女事件:エピローグ

第21話:猫女事件:エピローグ

 大聖寺さんの計らいで、事情聴取やら事後処理やらはほとんど時間がかからずに住んだ。あれから、町にはあぁ、いるんだなと思う程度の頻度で野良猫を見かけるようになった。

 あのとき、あの親子の間で何が起こったのか、あのあとどう処理したのかは、大聖寺さん曰く知らなくてもいい、むしろ知らないほうがいいとのことだ。つまり、そういうことなのだろう。曖昧なものは曖昧にしておいたほうがいいということも、時には多い。

 結局、アパートは引き払って灯台笹さんの貸してくれた部屋に居候させてもらうことになった。僕には、やらなければならないことがある。そのためには、彼の下で積極的に怪異に関わっていくしかないのだろう。

 そんな事を考えながら部屋を出ると、ちょうど加賀さんと鉢合わせた。

「あら、おはよう」

「あぁ、おはよう」

 あいも変わらず人形のような人だ。何を考えているのか全く想像すらできない。

「こういうときは、少しは笑うものだと思うけど」

「そう?」

「そうだよ」

「昨日の今日で、笑っていられないわ」

「そうかな」

「そうよ」

 たしかにそうだ、でも、僕らには無理にでもそうする義務があるように思った。もう人間には戻れない、人間に戻れないまま死んでしまった彼女らのためにも、僕らは笑って日常へと帰らなければならない。そういう義務感のようなものがあった。

 生存者の罪悪感、サバイバーズ・ギルトというのだったか。そういう理屈も確かにわかるが、そんな呪いを抱えたまま生きていくと、僕までも呪いの類になってしまいそうで怖かったのかもしれない。

「昨日の今日だから、笑うんだよ」

 僕の笑顔は酷くぎこちないものだろう。昨日の今日で、上手く笑えるもんか。

「それもそうね」

 加賀さんは、絵画のように笑った。なんとか、僕たちは日常へ帰ってくることができた。やっと、そう思えるようになった。

 時間で言えばわずか三日に過ぎない出来事だった。それでも、僕はあの世界に確実に引きずり込まれていたかもしれないし、あるいは死んでいたかもしれなかった。でも、帰ってきた。帰ってきたのだ。

「それで、のんびりしていていいのかしら」

「なんでさ、まだ始業まで二時間もあるよ」

「今日の朝食当番はあなたよ」

「あ」

 急いで階段を降りて厨房へと向かう。きっと灯台笹さんがぶつくさ文句を言っていることだろう。材料は何があったっけ。そんな僕の背中に「お弁当もお願いね」なんて気の抜けた言葉が投げかけられる。

 まったく、忙しい。忙しくて、そして新しい日常の朝だった。

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