猫女事件:解決編

第16話:猫女事件:解決編①

 少しして加賀さんが戻ってきた。レジ袋越しにやたらと大きいペットボトルが見える。あんな量を飲むのだろうか、華奢な体躯からは想像もつかないことだ。ましてやコップもなしにラッパ飲みなどと。

「おまたせ、平気そうね。はいこれ」

 缶ジュースだ。灯台笹がおごりだというので遠慮なく受け取った。今どき缶なんて流行らないと思っていたが、金属越しの暖かさが何故か心地よく思えた。

「そしてこれはみかんジュース」

 なんとなく察したので、先手を打つことにした。

「アルミ缶ジュースの上にあるみかんジュース?」

「あら、察しが良いのね」

「でもこれ、スチール缶だぞ」

 あいも変わらず人形のようだが、なんだか不機嫌そうなことだけは分かった。女性とは分かりづらいものだと思うが、彼女は非常にわかりやすい部類だと見るべきなのだろうか、いや、思い違いだろう。僕にそれほど感情の機微が読み取れるほどの対人能力は、残念ながら無い。僕が彼女と平然と話してられるのは、対人関係を諦めているからにすぎない。

「というか、なんでそんなに平然としてられるんだ」

「あなたのおかげね」

 僕がなにかしたのだろうか。少なくとも、頼りになる男であると自惚れるほど自己評価が高いわけではない。お世辞だとしたらむしろ凹むと思う。僕はめんどくさい男だ。

「あなた、殴ったでしょ。実体があって、なおかつダメージも入るんだから。最悪三人で滅多打ちにしちゃえばいいのよ」

 アンカリング・ヒューリスティックというやつだろうか、灯台笹曰く、そういうものが意外と効くというそうなので、彼女にとって僕の行動はそのアンカーきっかけになったのだろう。そう考えれば攻撃が効くということがわかっているのは大きなアドバンテージだ。今からでもホームセンターへ行くのを提案するべきだろう。スポーツ用品店でバットなりなんなり準備するべきだ。

「灯台笹さ……」

 それを遮るように僕の電話がなった。必要だからと思って買ったものだが普段鳴らないので対応に少し手惑う。ディスプレイに表示されている番号は大聖寺のものだった。

「大聖寺か?」

 鋭い人だ。

「はい」

「スピーカーにして俺にも聞こえるようにしたまえ」

「わ、わかりました」

 スピーカーモードなんて使ったこともない。やりかたはこれで合っているのだろうか。僕の携帯を操作する指は壊れ物を扱うのかというほどにぎこちない。なんだか嫌な気分になってきた。大聖寺の第一声が手にとるように分かったからだ。

『早く出てくれないか?』

 やっぱりだ。

「すいません。手間取っちゃって……」

『まぁいいや、君さぁ、猫女に何したんですか? めっちゃ怒ってたよ彼女』

 不本意だが、加賀さんの予想が当たっていたようだ。猫女は僕の部屋に向かったらしい。

「彼、殴ったんだよ」

『あれ? 灯台笹もいるのか。まぁいい、度胸あるね君。僕はそんな事とてもできないよ。まぁ僕は女性に手を挙げるなんてできないけど』

 褒められている気がしない。実際、彼も褒めている気はないだろう。おそらく、呆れているとか、馬鹿にしているとか、そのへんだ。

「ウソつけお前平気で殴るだろ。男女平等とか言って」

『そうだったかな、でもそれは重要じゃない』

 とても深刻な事態のさなかに居るとは思えない口調だ。

『ま、予想できてるだろうけど、七尾君の家に猫女が来ました。ぼくも木場も無事だけど部屋はめちゃくちゃだ』

「引き取る予定だったので、大丈夫です」

『いや、それも重要じゃないんだけど』

 僕にとっては重要なことだ。敷金礼金などは、実家がどうにかしてくれるだろうが、利用しているみたいで好きじゃないし、そもそもあまり関わり合いたくはない。

そもそも入ったばかりの部屋を引き払うなんて失礼極まりないことは、理由があるにしろどう考えても迷惑だ。しかし、それを反論しようとしたところで、次の大聖寺の一言がまた僕を黙らせる。

『彼女、水が怖いみたいだ』

 弱点の話だ。猫女に対抗するために必要な情報だ。猫が水を怖がるという話はよく聞く。もしかしたら猫女は猫になったがために、一般的に猫が嫌いなものが弱点になったのではないだろうか。

「なるほどね、じゃあコレも聞くかしら」

 加賀さんはレジ袋から2リットルのペットボトルを取り出す。なんてことはないよくある水のペットボトルだ。

「猫よけに水を入れたペットボトルを置くってのあるじゃない?簡易的な結界になるかもって思ったのよ」

 それはたしかデマだったように思う。しかし、人の噂が形になった特徴もある。だとしたら多くの人に信じられている俗説も効くかもしれない。

「食べ物とかはどうでしょう。猫にとって毒になるものとか……」

「だめだな、敵対してるやつから出された飯は食わんだろうからね」

 僕の意見は即座に否定された、しかし、最もな意見だ。他に、他になにかないだろうか。猫が怖がるもの、もしくは注意を引けるもの……いや待て、そもそもの事を忘れていた。

「そういえば、何をもって僕らの勝ちになるんですか?」

 猫女は怪異ではあるが、少なくとも僕は霊媒師とか霊能者とかそう呼ばれる人間ではない。おそらく加賀さんもそうだし、灯台笹や大聖寺もそう言った類には見えない。だからお祓いや除霊といった行為がそもそもできるのかどうかすらもわからない。

『何って、鎮めるか、壊すかするんだよ』

「どういうことです?」

 思ったよりも霊媒師それっぽい答えだ。なんだろう、普段は普通の仕事をしてて有事の際には霊媒師として活動するというのだろうか、それはそれで不謹慎ながらちょっとワクワクする。

『未練を断ってやるか、それとも殴り殺せるならそうするかってことさ、まぁ手っ取り早いから大抵後者だね』

 前言撤回だ、かなり暴力的手段で解決しているようだ。なんだか拳銃を使うために刑事になったんじゃないかという邪推が浮かんでくる。

「そ、今回は殴って壊せる。それでいいだろう」

 灯台笹も同じ意見のようだ。手っ取り早く片付ける手段があるならそれでいいというのが彼らの共通認識なのだろうか。恐る恐る加賀さんの方を見てみると、人形のような端正な顔の眉根に若干シワが寄っているようだった。

「今回は、彼女の未練がわかっているわ」

 彼女はこれみよがしにため息を吐いてみせた。

「彼女は、母親からのぬくもりが欲しかったんでしょ?まずは、そっちを試してみましょう」

「だが」

「決定事項よ」

「しかし」

「異論は認めないわ」

「あの」

「静かに」

 灯台笹さん。あなたの負けです。

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