第11話:猫女事件:調査編②
まだ夕暮れなのに、幽霊が出るのか。そう思えるほどに、彼女は幽霊を彷彿とさせた。足元ははっきりと見えるし、たしかに実態を持って底にいるのだろうが、正面の入口から入ってきたのならばベルが知らせるだろう。ならば裏から入ってきたのだろうか。色々と思考が脳内を駆け巡るが、それ故に考えがまとまらなかった。
「あら、伝わらなかったのかしら?」
この目は大聖寺のそれに似ている。吸い込まれそうな深淵の目だ。僕は崖にしがみつくように強い言葉で答えることにした。
「何がだ?」
「以外と意外をかけてみたのだけれど」
洒落のつもりだったのか、ちっとも面白くないし、狙ってやってるのだとしたらセンスは壊滅的と言えるだろう。そこまで思考の余裕を取り戻してからやっと気がついた。この少女の制服は僕が通う学校のもので、しかも同じ学年で、さらに同じクラスだった。名前は確か……。
「か、
「あら、覚えててくれたのね。目も合わせないくせに」
「それで、どういった経緯なのかしら」
「君と同じようなもんだよ、オカルト関係さ」
僕の代わりに灯台笹が答えた。彼女も僕のように何らかの事件に巻き込まれたのだろうか。僕みたいにおどおどしてないで、どこか堂々としている。豪胆なのか、あるいは振り切れてしまったのかはわからない。
「あら、何かに巻き込まれたのね、可哀想に」
「猫女だよ」
僕は精一杯ぶっきらぼうを演じた。人との関わりのなさを悟られたくなかったからだ。強がりだってことは自分が一番わかってたし、多分バレているが、それでも何もしないわけにはいかないと思った。
「へぇ……」
「大聖寺って人の話だと、僕が作っちゃったらしい」
余計なことを言ったと、自分でも思う。なんというか、この女よりも上に立ちたいと考えている自分がいる。しかし、そうやってもがけばもがくほどにどんどん沈んでいくような、底なし沼のような印象を覚えた。
いや、まだこちらにいるように見えるだけで、彼女もまた大聖寺や灯台笹のような深淵の目をした人間なのだろうことを理解した。
「心配しなくてもいいわ」
「何が」
「私は心を読めないもの」
嘘だ。
「嘘だと思ってるでしょ」
「やっぱり読めるんじゃないか」
「顔に出てるのよ」
これだから女は苦手だ。僕は仏頂面を崩したつもりはないのに、女という生き物はあるかないかの表情の差で心の奥までするりと入り込んでくるのだ。ほんの少しの隙間でもあいていれば入り込んで、そしていつまでも居座るのだ。まさに猫のように。
「…………ごめん」
「なにかわからないけど、良いわよ」
僕は多分、将来尻に敷かれるとかいうタイプだ。この女に好意を抱いているというわけではないが、こういう伴侶を持つと確実に生殺与奪権すらも握られるのだろう。なんだか気まずい雰囲気になった気がした。あの頼りない木場が、ここまで待ち遠しくなるとは思わなかった。
……
…………
……………………
「それでは、僕はこれで」
「あぁ、おつかれ、大聖寺によろしくな」
「勘弁してくださいよ」
木場が灯台笹の事務所を訪れたのはあれから二〇分ほど過ぎた頃だった。灯台笹は木場と面識があるようで大聖寺ほどの苦手意識はないようだが、お互いに何か遠慮しているようにも見えた。人間に下手に関わるとろくな目に合わないと学習した僕は、下手に首を突っ込むのはやめた。あれはギロチンかもしれないから。
僕が受け取った荷物は大きい紙袋が2つ分、その多くも衣類が締めている。両手に収まる人生といえば、酷くむなしくなる。
「あぁ、そうだ。部屋にはお母さんの写真をおいておけって、大聖寺さんが」
「電話で聞きました。ありがとうございます」
「そうなんだ。あの人が念押しするときは素直に従ったほうが良いよ、それと大きな家具はあとで手配するから」
「ありがとうございます」
紙袋の一番上にこれみよがしに置かれた写真立てを手に取った。気づけば横から加賀さんが覗き込んでいて、思わず飛び退いた。一瞬写真立てを落としそうになったがなんとか落とさずにすんだ。全く、心臓に悪いし、縁起も悪くなるところだった。
「あら、ごめんなさいね」
「みたいなら見せるけど、声くらいかけてくれ」
「じゃあ、みせてくれるかしら」
断る理由もないので、写真立てを彼女に差し出した。
「お母様かしら?」
僕は、仕返しをすることにした。
「あぁ、二ヶ月ほど前に死んだ」
意外だった。この女がこの程度で口を閉ざすなんて思いもしなかった。言葉を選んでいるのか、沈黙が続いている。しばらくして絞り出すように、「そう」とつぶやいたあと、人形のような顔を人間らしく歪めて僕に写真立てを返した。
「さ、荷物を部屋においてきたまえ、俺達は出かける準備をしておくから」
「わかりました」
このビルはどうやらホテルを改装したようで、三階が居住スペースとして使われているらしかった。外が見えることに安堵できるエレベータを降りると、そこそこ広い間隔を開けて、廊下に扉が四つだけ並んでいた。それぞれの扉には灯台笹、加賀、
加賀さんもここに住んでいるのかな、なんて考えながら僕はなにもかかっていないドアの鍵を回した。定期的に掃除はしているのか、埃っぽくはないが淀んだ空気廊下に流れ出るようだった。とりあえず玄関と言って良いのか、横に設置された靴箱の上に母の写真立てを置いて、適当な場所に荷物をおいてさっさと夜の調査に出ることにした。
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