猫女事件:調査編
第10話:猫女事件、調査編①
今日は不本意だが、猫女の襲撃(推定)のせいで学校を休むことになったため、午後からはずっと喫茶店の手伝いをしていた。と、言っても全く客が来ないので、軽く掃除をしてからはずっと座って灯台笹から借りた分厚い怪奇小説を読んでいた。眠くなるような分厚さで、初めて読むタイプの小説だったが、不思議と集中して読むことができた。
「あ」
その中にふと見つけた単語で、忘れていた本来の目的を思い出した。夢の中の話だが、僕の役目らしいその言葉、この男なら知ってるかもしれない。
「灯台笹さん」
「どうした。客か?」
「いいえ、ちょっと聞きたいことがあって……」
「客じゃないのか……」
普段から客が来ている様子もないのに、そこまで落ち込むほどのものなのだろうか。だからこそなのだろうかはわからないが、今はそういったことは関係ない。
「口封じって知ってますか?」
灯台笹は考える素振りをしている。記憶の中を探っているのか、それとも知っているうえで僕に伝えることを考えているのか、こういうときに限って僕の能力とやらは役に立たないらしい。もしくは、僕がこの灯台笹に共感するにはまだ素材が足りないのだろうか。
「字面通りの意味じゃあ、ないよな。」
「えぇ、まぁ」
「心当たりは……ないわけじゃない、しかし、君が関わってるとも、思えない」
灯台笹は深く息を吐いて、大きく吸い込んだ。酸素を体内に行き渡らせようとしているかのようだった。何かを隠しているのか、それとも言ってはならないことなのか。まだ判断がつかない。
「昔、
つばをの見込む音が聞こえた。それが僕のものだということに気づくのに時間がかかった。
「『恐怖から逃れたくば、その口を閉じよ。龍神様の口封じの儀を執り行え』、たしかそういった内容だった」
とても大きな一歩を踏み出したと思った。その口封じの儀が、もしかしたら僕のやるべきことなのかもしれない。
「それで、鳳珠って人は今どちらに?」
僕は身を乗り出して聞いていた。灯台笹は驚いた素振りを隠さずに眼鏡の位置を直した。
「5年ほど前に死んだ。俺の見た本もどこに行ったかは知らないが、屋敷はまだ残ってるし、一山越えたら紹介してやる」
がっかりした。心底がっかりしたが、情報がゼロから増えた。もしかしたら図書館で調べられるかもしれないし、運が良ければネットで情報が拾えるかもしれない。
「そもそも、その口封じの儀と君とになんの関係があるんだ?」
「実は……」
僕は今でも鮮明に覚えている夢のことを話した。灯台笹は時折メモを取りながら、心底興味深そうな表情で聞いているらしかった。話し終えるとまた考え込む素振りを見せた。話しかけてみたが、返事がなかったので仕方なくほんの続きを読むことにした。
気がつけば日は傾き、西の窓からビルの隙間を縫った陽光が店内に差し込んできた。もう学校も終わりで、下校時刻も過ぎている時間だと気づいたのは、鳴り響く僕の電話に着信が入ったからだ。知らない番号だった。
「もしもし」
『やぁ。七尾くん。ぼくだよ』
間延びした低い声、一度聞いたら忘れられないような、なんというか気に触る声。大聖寺だろう。たぶん田鶴浜さんから連絡先を聞き出したのだろう。あまりそのあたりをとやかく聞くつもりはないが、問題は用事の方だ。
「なにかあったんですか?」
『あぁ、荷物はまとめたから、今から木場くんが持ってくよ』
一見してまともに見えない大聖寺にしては思ったよりまともな電話だった。だが自分で動かないあたりが彼らしい。警察の仕事でもないことにこき使われる木場さんには多少同情を覚えてきた。
「あぁ、ありがとうございます」
『あと、おかあさんの写真だけど、絶対に君が持っているべきだよ』
僕は言葉に詰まった。まさかここで母の写真が出てくるなんて欠片も考えていなかったからだ。結局、考えてもわからないことなので、素直に聴くことにした。
「なぜです?」
『直感!』
素直に帰ってくるとは思ったが、想像以上に投げやりだった。そういって大聖寺は電話を切ってしまった。かけ直しても通じない気がする。取り付く島もないとは、こういうことか。やはり大聖寺というような人種は苦手だ。
「どうした?」
灯台笹はいつの間にか思考の海から抜け出してきたらしい。
「大聖寺さんから……僕の荷物を送るそうです」
「へぇ……とりあえず荷物はあとで部屋に置いておいてもらうとしてだ……」
灯台笹は興味はなさそうだ。大聖寺にいい印象を持ってなさそうだからさもありなん。大聖寺ももしかしたらそうなのかもしれない。あの大聖寺がこの白髪以外は普通の男の何が苦手なのかを考えてみようと思ったが、安易に踏み込む場所ではないと思いとどまった。
「ま、とりあえず今日やることは他の現場見て、違いを比べる」
心底つまらなそうな口ぶりだ。大聖寺に関しては必要なことがない限り話すべきではないのかもしれない。何が必要なのかはわからないが、少なくとも「そういえばあの人」で始まるような会話はするべきでないのは確かだ。
「調査ならもう出ても良いんじゃないですか?」
「いや、君の荷物を引き取らなきゃだろ」
それもそうだ。今さっき聞いた話で、しかも灯台笹に伝えたのは僕なのに、何を焦ってるのだろうか。さっさと灯台笹の仕事を終わらせて、僕のやりたいことに手を付けたいという深層心理が働いているのだろうか。
「それにもうひとり連れていきたいのがいるしね」
超能力者というやつか。僕もそうなのだろうが、正直なところそれを認めてしまうともう普通へは戻れなくなりそうで怖かった。僕はまだ、自分がまだ普通に戻れると、そう信じている。信じている限りは、きっと普通に戻れるはずだ。
「あら、灯台笹さん以外に人がいるなんて、意外ね」
気がつけば、音もなく少女が現れた。白磁のように透けるような白い肌、すべての光を包み込むような漆黒の髪、色彩が全く感じられないモノクロームの少女が、まるで幽霊のように現れた。
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