第4話:狼ライダーの噂③
「もういろいろと撤去されちゃってるけど、ここが現場だ」
大きく弧を描くようになっている道だった。なるほど、スピードを出しすぎたバイクが曲がりきれずに飛び出して崖下に転落する、というのもなんとなくわかるが、今回、僕や灯台笹さん、それに大聖寺さんのような面子がここに集まっている以上、ここであったことは、つまりそういうことなのだ。
それにしてもこれが事故現場か。嘘をつけ、どうみても事件現場だ。大聖寺さんがブルーシートを剥がした下から出てきたのは、獣の爪としか思えない大きな切り傷の入ったガードレールだった。しかもこれから撤去するから雑に仕事をしたのだろう。乾ききって変色してしまっているが、それが血痕であることは嫌でもよくわかった。
それに、地面に広がる明らかに色の違う場所、規模がまるで違うが、それはあのとき駐車場で見た、染み付いた血液の跡だということがよくわかった。
一体何をどうすればこうなるのか、全くわからない。少なくとも、人の力でどうこうできるようには到底思えなかった。まるで熊が全力で殴りつけたかのような傷に見える。たとえ本物の狼であろうと(ニホンオオカミは絶滅したそうだが)不可能に違いない。
「被害者は三人、内一名は崖下で見つかった。死因は三人とも失血性のショック死。殺害された跡に、崖下に投げ捨てられたのではないか、というのがボクの見立てだね」
もはや事故ではないということを隠そうともしない。崖下は、川である。初めてこの山道に入った際に感じたあの血のように赤い河が、まさに血の川だったのではないかと、そう思えてきた。
「えー被害者は……」
相変わらず影が薄い木場さんが一瞬口ごもる。視線の先には龍也が居た。それではもう答えを言っているようなものではないか。大聖寺さんもそれがわかったのか大きくため息を付いた。
「あ、すみません。被害者は
龍也の表情は、名前が一つ出る度に比例するように青くなっていった。おそらく、知っているのだろう。一人だけなら偶然の一致かもしれない、しかし、二人と続けばそうも思えなくなる、そして3人目。
「
疑念が確信に変わる。僕は知らないが、その名前は確かに龍也が探しているという兄の名前だったのだろう。膝から崩れ落ちて、ただ涙を流すだけになってしまった。心が折れてしまったのだろう。今まで無理をしていたのだ、一縷の望み縋り付き、なんとかして形を保っていた心が、音を立てて崩れた。
嘘だということが出来ればどれだけ楽だろうか、しかし、心の何処かではそうかも知れないと思っていたのだろう。そして、明確な形でそれを突きつけられてしまい、心のなかにあったちっぽけな抵抗力は、それこそダムの放水で押し流される枝葉のように頼りない。僕はこのちっぽけな少年に対し、何をすることもできないことを悟った。ただ歳上なだけでそれが出来るほど大人にはなっていない。
こういうとき、大人はどうするのだろうか。大聖寺さんはたぶん、そういうことはしない。灯台笹さんはどうだろうか、見てみると、すでに龍也に視線を合わせるように屈み込んでいた。
「悔しいか」
龍也は答えない。いや、答えられない。その渦巻く感情を言語化できないのだろうと、なんとなく察した。
「寂しいか」
やはり答えない。少し押し黙ったあと、灯台笹は再び口を開いた。
「怖いんだな」
龍也の肩がぴくりと震えた。
「僕はお前の兄貴がどんな人だったのかは知らない。でも、お前の心がそこまで砕けてるんだ。強くて、かっこよかったんだろう」
憶測に過ぎないが、おそらく少年にはそう見えていたのだろう。そう見えていたに違いない。かっこよくて、強い、あこがれの人だったのだろう。それが、後もあっさりと、死んでしまった。
「耐えられるわけがない……」
僕のつぶやきを制するように、大聖寺は人差し指を口の前に立ててみせた。なんだか腹のたつ仕草に、逆に僕は冷静さを保つことができた。このままでは、少年の持つ絶望に飲み込まれていたかもしれない。どうやら僕には、共感力があるらしいのだから。そういう意味では助けられたのかもしれないが、なんだか無性に腹が立ってきた。
「とりあえず、その子の面倒は灯台笹に任せるとして……だ」
「見ればいいんですか?」
「御名答」
ため息しか出なかった。本当に大聖寺という男は僕を道具か何かとしか見ていないのだ。腹が立って仕方がない。しかし、情報を集める手段としては僕の力というのは加害者の視点に立って見ることが出来るというこれ以上ないものだ。
僕は、しぶしぶとカッターで滅茶苦茶に切りつけた画用紙のようになっているガードレールの手を触れた。
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