第3話:狼ライダーの噂②
「やっぱり買い替えてよかったでしょう」
「不本意だ」
結局、猫女事件の折に外装を滅茶苦茶にされた灯台笹の愛車は、他にもボロが多数見つかり、もはやスクラップを待たなければならない状態になっていて、極めて不本意ながら手放すことになった。そして、今乗り込んでいるのはレトロ趣味な灯台笹の趣味とは全く異なる、最新鋭のハイブリッド車だ。揺れないし、静かだし、尻も痛くならないし、快適この上ない。
「説得に付き合ってくれてありがとうございます、
「いえいえ~、先生はこんなことがない限りは考えを曲げませんから」
運転はオーナーである灯台笹さん、その助手席に座るのは、ライトグレーのビジネススーツの女性、彼の探偵助手だという
「さて、このトンネルの先だ」
真昼であるにも関わらず、古いトンネルの内は暗い。ろくに整備もされていないのか灯火の明かりはろうそくよりも頼りない。ヘッドライトに照らされた壁の染みがまるで亡者のように揺れている。まるで黄泉比良坂を下る伊邪那岐のような感覚だった。
「それで、わざわざ昼間に向かう理由ってなんです?」
「下見だよ」
「わざわざ向こうに都合のいい時間にいかなくてもいいでしょう?」
たしかに、そう言われてみればそうだ。わざわざ渦中に乗り込むのは、それこそ本来は最後の最後でいいはずだ。猫女の一見では、僕はかなり深く関わっていたというのもあるだろうが。基本的に動いていたのは昼間だったように思う。
「もうすぐ出口だな。長いトンネルだ」
「あ、そう言えば先生、紅葉が見ものだそうですよ」
そういえば、今朝のニュースでそんなことを言っていた気がする。聞き流していたのであまり覚えていなかったが。
長い長いトンネルを抜けると、思わず肌を震わせた。そこには夕焼けに染められたかのような茜色の山が広がっていた。あたり一面の紅葉である。空から見れば、この道路は朱一面の中に墨汁で線を引いているように見えるのかもしれない。ふと左を見れば、川が流れている。落葉に染まった赤い河は、酷く美しい光景のはずなのに、なぜか血の川に見えて仕方がなかった。一度そう思ってしまうと、もはや美しい一面の紅葉も、鮮血と臓物の山に見えて仕方がない。先日の事件の後遺症なのだろうか、僕は唾を飲み込んだ。
「紅葉を見に行こうよう、なんちゃって」
「言うと思ったよ」
「この姉ちゃんいつもこんなのなのか?」
「残念ながらね」
「そうか……」
「捨て猫を見るような目で私を見るのをやめてくれるかしら」
猫といえば、この少年も借りてきた猫のようにおとなしい。見た目こそ派手だが、中身はおもったよりそうではないのかもしれない。喧嘩はしているやんちゃ坊主のようではあるが、そのあたりは詮索しないほうがいいだろう。
「さてと、このへんだったかな?いたいた」
川沿いに曲りくねる道を暫く進んでいると、小さな休憩スペースがあった。展望台と駐車場と自販機だけの、本当に小さな、道の駅とも呼べない場所だ。そこには先だって黒塗りの車が止められていた。灯台笹さんはわざとその車から離れるように停車したので、あの車の持ち主が誰かはうっすらとわかった。
運転席の窓を叩く音に、パワーウィンドウが下がる。
「あれぇ?乗り換えたんですかぁ?」
「悪いかよ」
「いえいえぇ」
大聖寺さんだった。灯台笹さんに対してなんだかかなり煽り散らすような話し方をしている。どうやら灯台笹さんがあの古臭いワゴンに乗って現れるものとばかり思っていたのだろう。
「それで、どうなんだ?」
「ま、調べてありますよ。確かに最近この辺での事件は多い。表向きは自損事故ってことにしてありますが……」
そう言って大聖寺さんが差し込んできたのは、見たら燃やせとでかでかと書かれた封筒だった。どう考えても機密書類のたぐいだろうが、どうやって持ってきたのだろうか。
「交通課は管轄じゃないだろ」
「いや、友達ってのは多いほうがいいってことさ」
「友達ねぇ……弱みを握ってるやつのことを友達とは言わんだろう」
「そうかな?とりあえず。事故現場は抑えてあるから付いて来てよ」
事故現場は抑えてある。その一言に嫌な予感は鰻登りだ。事前に少年のことは伝えてある。つまり、そういうことなのだろう。その背中を見置くていると、不意に袖を引かれた。龍也だ。
「あいつ、なにもんだよ……」
「警察の人だけど……」
「そうじゃなくて……なんか……こう、上手くいえないけど……」
「うさんくさい?」
「そうじゃなくて……」
違ったか。
「人殺しっぽいだろ」
そう答えたのは、灯台笹さんだった。たしかに、大聖寺さんはかなり恐ろしい人だが、とてもそう思えたことはない。
「俺、喧嘩とかよくするから、ぶっ殺すとか言われることも言うことも慣れてるんだけどよ……」
まぁ、それは言われなくても薄々わかる。
「でも、どうせガキだし、そんな事できるわけねぇし、度胸もねぇんだけど。あの人は……」
その肩は震えていた。小柄な身体を更に縮こませて震えていた。
「本気で殺してくるような気がしてならないんだ」
窓の外の、車に乗り込もうとする大聖寺さんを見た。すると、間髪を入れずに目があった。なんだか、僕らがこういう会話をしているのを見越しているかのように笑っていた。僕も寒気が止まらなくなってしまった。
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