狼ライダーの噂

第2話:狼ライダーの噂①

「灯台笹ってのはお前か?」

 カランコロンと客の入店を知らせるドアベルの下に居たのは、ぶかぶかな学ランを羽織った、着られているという印象が抜けない小柄な少年だった。それが彼のものであるという前提付きで言うならば、襟元の紋章を見る限りは市内の国立中学校の生徒で間違いないだろう。

 その余りある幼さを補うかのように、逆立つ髪は金色に染められており、頬や額に貼られた絆創膏や手の甲に巻かれた包帯は、年相応のというよりは、純粋に怪我の治療を目的としたものだろう。第一印象を語るなら、背伸びの仕方を間違えている、もしくは単純にやんちゃ坊主だろうか。

「僕が灯台笹だ。なにか用かな?」

「オレは鹿島かしま龍也たつや竜涎りゅうぜん第三中学の一年。アンタに頼みたいことがある」

 変声ままならぬ高い声に精一杯ドスを効かせて、少年はつかつかと無遠慮に大股に歩み寄る。一言滑稽で済ませられるような所作ではあるが、その評定は真剣で、また深刻だった。対する灯台笹は全く余裕をを崩さず、龍也はそれが気に入らないようにかわいらしく鼻を鳴らした。

「その雰囲気だと、警察には相手されなかったんだね」

 見透かしたような灯台笹の言葉に一瞬大きな目をさらに見開いた龍也の様子は肯定に等しい。つまるところ、僕と同類なのだろう。不可解な事件が関わっているというのがよく分かる。

「ま、話を聞く前に、ココは喫茶店だ。最初の一杯はサービスするからなにか頼んでくれ」

「……じゃあ、アイスコーヒー」

 以外にも素直だ、と思った。ひねくれてコーラでも頼むのだろうという予想はとうに外れている。カウンターに腰掛け、届かない足を揺らしている少年を横目で気にしながら、居心地の悪い無言の空間を打開すべきかと思ったが、結局なんの解決策も出ないまま時間は過ぎて、水滴がグラスに浮かぶコーヒーが少年の前に差し出された。

 僕はまだ、そこまでの経験はないのだ、ならば、話を聞きながら空いた皿でも洗うとしよう。

 カラン、と氷がガラスを叩く音を合図に、少年は口を開いた。

「ありがとう」

 表情は無愛想だが、根は素直なのか小さく感謝の言葉を呟いてからストローに口をつけた。

「いいさ、サービスだ。それで、何があった」

「アニキが、3日前から帰ってこないんだ」

 その告白の瞬間、レコードプレーヤーの針が溝をなぞるのをやめた。偶然のはずだが、非常に気味が悪かった。そんな僕の心境を他所よそに少年の語りが無音になった店内に流れていく。

「ダチとツーリングに行くって出ていったっきり帰ってこなくて、それで警察サツに行ったんだけど、アニキは日頃から素行が良くないからって、相手にされなかったんだ。でもアニキは絶対に他所よそで泊まるなんてしなかったから……」

 尻すぼみになる龍也の目元に光るものがあった。強がってはいるが、まだまだ子供である。大切な人を失う辛さを身を持って承知しているからか、はたまたこの少年に感情移入をしているのかは自分でも判断つかなかったが、思わず口を開いていた。

竜涎峠りゅうぜんとうげだよ。今は紅葉が見頃だからって」

「狼ライダーね」

「うわぁっ!」

 あいも変わらず、幽霊のような現れ方をする人だ。少年にそっと音もなく近づいて背後から声をかけた加賀さんは、人形のような顔立ちに意地の悪さを滲み立たせている。

「これは、ネットで噂になってる話なのだけれど」

 そう言って加賀さんは語りだした。


 夜の竜涎峠には、狼ライダーが現れるという。夜道を走っていると、血のような紅葉の嵐が巻き起こり、気がつけば横から駆け抜けるようにして狼頭の男がバイクに乗って現れる。狼ライダーは釘バットを持っていて、それでタイヤをパンクさせたりして車、もしくはバイクを停車させると、赤い満月を背にこう聞いてくるのだそうだ。


「今夜の月は何色だ」


 それに正しく答えれば逃げられるけれど、もし間違った回答をすると……。


 誰かが唾を飲む音が聞こえた。表情からすると、この少年だろう。彼女が続きを話すのを、固唾を飲んで待っているのだ。しばしの沈黙の後、彼女は、ふ、と息を吐いて口を開いた。

「という話なのだけれど」

「最後まで言え」

 そういえば、彼女にはそういうところがあった。

「そんな事言われても、ぼかされてるんだもの」

「まぁ大抵は死ぬか行方不明だ、気にすることもないだろう」

「ちょっと待てよ!それが俺の兄貴とどう関係があるんだよ!」

 まぁ、普通はそう思うだろうが、を紹介されている時点でそういうことなのだろうということはわかりきっていた。おそらく大聖寺さんが手回しをしているのだろう。

「あなたのお兄さん。狼ライダーに関わってるかもって言ってるのよ」

「そんな馬鹿げたこと……」

 その気持ちは、わからないこともない。肉親が良くわからない都市伝説の犠牲になったなどと、少し前の僕が聞けば不謹慎極まりない戯言だと怒りすらしただろう。しかし、実際にそれに巻き込まれてしまっては、事実として飲み込む以上のことができなかった。

「あるよ」

 だから、僕は極めて真剣にそう答えた。それは、確かに存在して、誰かの命を奪うこともあるのだということを、僕は身を持って知っていた。だから、断言できた。

 打算もあった。これでこの少年が怒って出ていくなら、あとは僕たちだけでなんとかすることが出来るかもしれないと思ったからだ。巻き込まれる人は少ないほうがいい。いいに決まっている。

「信じられないのも仕方ないさ、あとは僕らがなんとかしておくから、君はこれを飲んだら帰るといい」

 そう言って方に手を置く灯台笹の手を振り払い。少年は怒鳴るように宣言した。

「俺だって行ってやる!兄貴の敵を取るんだ!」

 どうやら、説得は無理そうだった。

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