狼ライダー事件

狼ライダー事件:プロローグ

第1話:プロローグ

『みてください、この見事な紅葉!竜涎ダム周辺では今年も見事な……』

 古めかしい、今は骨董品とも呼べるレベルに古臭いブラウン管テレビから流れるニュースを聞き流しながら朝食をとる。今日は休日だったが、だからといって生活リズムを狂わせるわけにもいかない。

 メニューはバターたっぷりのトーストにベーコンエッグとサラダ、それとオレンジジュース。絵に書いたような朝食だったが、そういった朝食を食べるのを心の何処かで夢見ていたのかもしれない。もっと楽にできるのに手間を掛けてまでわざわざそんなことをするのがその証拠だろう。すくなくとも、栄養バランスとかを気にする性分ではない。

「おや、おはよう。早いね」

灯台笹とだしのさん。おはようございます」

 灯台笹さんも朝は早い、のだが、加賀さんはまだ起きてこない。実は、休日は昼間まで寝てるタイプなのだという。意外だがまぁ責めることもないだろう。生活リズムに口を挟めるほど、彼女と仲がいいわけではない。

 彼はレコードに針を落とすと、僕にはよくわからないが、ジャズの音色が店内に染み渡るように広がっていく。満足したように一つ頷くと、テーブルの上に広げられた光景に首を傾げた。

「あれ?今日は僕の当番だったと思うけど……」

「僕が食べたかったんです。一応作ってあるので、まだ冷めてないと思いますけど、一応温めてください」

「そりゃあ助かる」

 食パンをトースターにつっこみ、コーヒーを淹れる。いい香りがジャズと混じり合い、まさに思い描く喫茶店の雰囲気が着実に作り出されていくようだった。

 トースターがトーストを吐き出すのをきっかけに、灯台笹さんが口を開いた。

「この前はすまなかったね、わざわざ時間を作ってもらったのに」

「いえ、仕方ないですよ」

 あの事件、猫女事件の後、僕は灯台笹さんに連れられて『口封じ』についての資料があるかもしれないという鳳珠ほうす邸へと向かったのだが、そこはものの見事に更地になっていた。他人の家だ、他人の財産だ、僕たちがどうこう言える立場ではない。

「まぁ、彼には友人が多い、資料館や図書館に寄贈されていることを期待しよう」

 そう言って自分で入れたコーヒーを啜る灯台笹さんの顔は、どこまでも渋かった。また不味いコーヒーを入れたのだろうか。そろそろ店に出すコーヒーを自分で淹れるのは辞めたほうがいいのでは、とは冗談でも口にできないが。

「今日は用事はないんで、お店手伝いますよ」

「あれ?加賀くんが用事あるって言ってたけど……」

「あぁ、それは……」

 テスト期間前の夜にした会話を思い出していた。テストに勝ったら願いを聞くとかいうものだった。結局、僅差ではあったが僕が勝ったので、それは流れてしまったのだが……考えれば少し残念だったのかもしれない。

「君はもったいないことをしたね」

 そういうなにか温かいものを見る目で僕を見るのをやめてほしい。たしかに彼女は美人だし、傍目から見れば高嶺の花だとは思うが、僕に、いや、お互いにそういった感情はない、はずだ。多分。

「そうでしょうか」

「そうだよ、青春はしておくべきだよ。モノクロにするべきじゃない」

 そうなのだろうか。そうかもしれない、起きてきたらなにか声をかけるとしよう。


 そんな事を考えていると、カランコロンとドアを開く鐘の音が店内に響いた。

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