第6話 捜査 その2

「僕たちって案外馬鹿かもね」

「返す言葉が無いです......」

 笑いながら言った栄一にげんなりした様子で薫が返す。

「いやまあ、そりゃさ」

 と、誰も居ない家を前にして栄一が言う。

「旦那が死んだ状態で発見された家に住み続けたくはないよね」

 あれから二人は数十分の距離を車で飛ばし、兼盛 柊一郎が住んでいた一軒家に着いたのだが目の前の家は空っぽだった。

 生活はしているが留守にしているといった感じではなく、しばらく人が住んでいない雰囲気が漂っているのだ。

 恐らくは兼盛 柊一郎の妻は実家にでもいるのだろう。夫が変死体で発見された家になど居たくはないだろうから当然と言えば当然なのだが焦っていた二人はそんな思いにまるで至らなかった。

「どうしますか?」

 薫が栄一を横目に見ながら言う。

「どうするも何も面倒だけれども警察の捜査本部に行って電話番号を教えてもらうしかないんじゃないかな?」

 ただし、すんなり教えてもらえるかどうかはわからないけどね。と栄一は肩をすくめて言う。

 捜査本部からすれば怪しいわ捜査に協力はしないわ、なのに情報だけ寄越せってふざけんなと内心思われているだろうからなんだかんだと理由をつけて教えてもらえない可能性も高い。

「他に考えられる方法ですと......とりあえず近所の家に聞いてみるというのはどうでしょう?」

 二人がいるのは閑静な住宅街だった。兼盛 柊一郎は実家がそこそこ大きいようなので若いのにこうしていい暮らしができていたのだろう。

「いっそ二人で別々に行動しようか。時間もおしているし僕が近所に聞き込みをして栗本さんが車を走らせ電話番号を聞きに行く」

「それがいいかもしれないですね」

 どちらにせよ両方ともしたほうがよいのだ。ならば手分けをすれば効率がいい。

 それで合意した薫は早速車に乗り込み、走らせた。遠ざかっていく後ろ姿を見送った栄一も適当な家へと向かって行く。

 平日の昼間だという事もあってか、もしくは事件のせいでピリピリしているのかインターホンを鳴らしても反応は少ない。たまに反応があっても

「マスコミはお断りです!」

 とガチャ切りされる始末だった。それ以降は何度押しても返事がない。

(困ったな)

 栄一はふらふらしながら思う。薫の卜占通り家族に話を聞くのが一番でそれ以外の道はないのかと思ったその矢先、彼の目は一人の男性を捉える。

 細身の男性だった。顔は異常に長い前髪に隠れてわかりづらいが歳はおそらく20代半ばといったところだろう。有名な量販店のシャツにジーンズといった出で立ちで街路樹に寄りかかって栄一の方をじっと見ている。

 その姿を見た瞬間に栄一はひどい嫌悪感を感じた。生理的に受け付けないだとかそんな生易しいものではなく、もっと奥の方からわきあがってくる底知れない感情だった。

 例えるならばま・る・で・、・何・千・年・も・前・か・ら・の・仇・敵・に・出・会・っ・た・か・の・よ・う・な・憎・し・み・だ・っ・た・。・

(あいつか......?)

 明確な証拠はない。

 だが、栄一の中にある何物かはこいつが犯人だと告げていた。

 同時に、下手に動けばその瞬間殺されるとも。

(まずいな......)

 普段顔に貼り付いている笑顔が消える。目の前の男が犯人だとして今ここで交戦状態になったらほぼ間違いなく負けるだろう。栄一の持っている手札が少なすぎる、というか準備が全く足りていない。

 薫が居ないのがせめてもの幸いだった。彼女にはこの感覚は理解できないだろうから説明もできないし、戦闘になった際に彼女は間違いなくお荷物だ。栄一一人ならば逃げ切れる可能性があるが彼女がそばにいればほぼゼロだ。

 焦る頭の片隅でどこかひどく冷静に次に取る行動を栄一は考えていた。その冷静さは先天性のものではなく後天的に無理やり獲得するはめになったものだが、役に立つ。

 何時間とも思える緊迫した空気ーーー実際は数十秒から数分だったがーーーが流れた。先に動いたのは栄一の方だった。笑みを無理やり取り戻し、男に話しかける。

「どうも。ここいらの住人の方ですか?」

「はい、そうです」

 意外にも返事は返ってきた。話しはじめた男は少しおどおどした様子だったので一瞬拍子抜けする。だがすぐに気を取り直し、栄一は話し続ける。

「実は私はこう見えても刑事でして。一週間程前に起きた事件について聞き込みをおこなっているのですよ」

「はぁ」

「あそこの家に住んでいた夫婦のことで何か知っていますか?」

 演技なのかなんなのかわからないが、男は考え込むように虚空を見つめる。ややあって彼はぼそぼそと語り出す。

「確かあそこの夫婦は僕の高校の同級生なんですよ。あの二人はみんなの中心にいたから関わりはなかったですけどね」

「そうだったんですね。どんな人物だったんですか?」

「あまり関わりがなかったからなぁ......兼盛 柊一郎?だっけか。確か旦那の方は運動部で家が金持ちでモテるみたいな感じでしたね」

「それは随分と多方面から恨まれそうですね」

 栄一は笑いながら言う。学校に行ったという経験がない栄一でも映画や本を読むうちにそういう学校生活の機微はなんとなくわかるようになっていた。......たまに謎の勘違いをして同僚に突っ込まれていたりもしたが。

「まあ、普通に表面上は好かれていたんじゃないですか?事実、当時の同級生は悪く言わないと思いますよ」

「そうですか。あなたはどうなんです?」

「嫌いでしたよ」

 へらへらと笑いながらあっさりと認める。

「僕はほとんど誰も覚えていないような位置にいましたからね。真反対の人間を好きにはならないでしょう」

「なるほど」

 栄一もにやにやしながら返事をする。

「奥さんの方はどうなんです?」

「嫁の方はね......クソビッチでしたよ」

「ほう」

 栄一は少し驚いた。確か資料の写真で見る限りは優しそうな人物で、とてもそんな男を取っ替え引っ替えしているようには見えなかったが。

 栄一がそう思ったのを表情で察したのか男はこう言いはじめた。

「性格は悪くはないし誰にでも優しい人なんですが、逆に押しに弱いところがありましてね。なんだかんだとそういうトラブルに巻き込まれたりおされてそのまま......なんて事も多かったようです。他の女に恨まれたりもしてましたね」

「奥さんが旦那さんを殺した可能性はあると思いますか?」

「ないですね」

 やたら自信がありげに男は言い切った。

「なぜです?男女間のいざこざが多いのであれば夫婦間で喧嘩などがあった可能性もあるでしょう。無いと言い切れる根拠があるんですか?」

「あの人は悪意が無いんですよ。だからこそ余計にタチが悪いんですが、良くも悪くも優しすぎるんですね。人を殺せるような人じゃないですよ」

 それにほら、と続けて言う。

「聞いた話によるとなんだか酷い殺され方をしていたみたいじゃないですか。仮に喧嘩があったとしてもそんな憎しみはなかったんじゃないかなと思いますよ」

「関わりがなかったと言うわりに随分と詳しいですね」

 栄一がそう言うと、かすかに男の表情が揺れた。

「あまりにも詳しくて驚きましたよ。ご近所付き合いとかあったんですか?」

「え、、、ええまあ、それなりにはね。ほら、ここいらって関東圏だけれども少し田舎でしょう。だから町の人の結びつきが強いんですよ。東京から来たらわからないでしょうけど」

「なぜ僕が東京から来たって知ってるんです?」

「えっ?」

「僕、東京から来たなんて一言も言っていませんよ?」

 男の顔が青ざめていく。

「僕と貴方、前に会った事ありましたっけ?どうも知らない仲じゃないように感じるんですよ。貴方もそう感じませんか?」

 栄一はあくまで笑みを崩さない。にやにやしながら相手を追い詰めていく。

 男は少しだけうつむき......顔をあげた時には怯えた様子は消えていた。

 顔つきも完全に変わっている。先ほどまでのおどおどとした態度は何処へやら、、、自信がついたように見え、栄一を見つめるその目には狂気を孕んでいた。

「やはり、こいつに接触を任せてたのはいかんかったな。思慮が欠けておる。これだから人間は駄目なんだ」

 声はそのままだが、声のトーンや口調がまるっきり変わっている。まるで別の存在が体を支配しているかのようだった。

「そいつの思慮が欠けているのはお前が乗り移っているせいじゃないのかい? 永遠の狂気よ」

 対する栄一も口調ががらりと変わる。にやにや顔は相変わらずだがよく見ると張り付いたような笑顔ではなく、心のそこから愉快そうに見えるようになった。

「私は......狂ってなどいない」

「狂ってない奴は俺の住処をことごとく燃やしたりアフリカの一部を焦土に変えたりしないと思うが」

 数千年前......今はサハラ砂漠として知られている未・だ・に・そ・の・傷・跡・が・癒・え・て・い・な・い・当時は緑の楽園だった土地を目の前の存在が作り出したことを知っている身としてはこいつが正気だとはとても言えない。

「狂ってなどいないと言っておろうが」

「お前、他の連中にも嫌われてるからな? いい加減自覚した方がいいよ」

「黙れ」

 有無を言わせない口調だった。

 栄一ーーー正確には栄一の肉体を今は借りている存在ーーーは口を閉じる。人をおちょくるのは大好物だが、ここで下手に目の前の存在を怒らせると日本が地図上から消えかねない。

 遠い昔、放射能を浴びて永遠の狂気に陥ったそいつは力だけはえげつない。熱を操るというシンプルな魔術を使うが故にとんでもなく強力なのだ。

 人間の殻を被っているから全力の0.1%も出せないだろうがそれでも十分すぎるほど危険な存在だし、全力を出せないのは栄一の殻を被っている自分も同様だ。

 というか、全力の自分でも相手にしたくないのだこいつは。

「お前を今すぐ焼き殺してやってもいいが、一応は召喚者に目立つなと言われているのでな。今は見逃してやろう」

「それはありがたいね。僕もここでやりあうのは面倒だしね」

 目の前の存在はその言葉を聞くと音も立てずに目の前の空間から消え去った。

(さてと......)

 人智を超えているはずの自分にしては人間臭くドッと疲れるのを感じながら思った。

(栄一に何・を・作・ら・せ・よ・う・)

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少年は愛する者の夢をいつまで見るのか 木星 @jupiternd68

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