第14話
暫く手持ち無沙汰に椅子に座っていたがふと見ると目の前のコンピューターに美佳のカルテ画面がそのまま出ている。
読んだ。
「水島啓司 HLA クラス1、A、B、C、全因子が不一致 移植不適合」
「水島智子 HLAクラス1、C以外は合致 クラス2では半数が合致、優良ドナー候補」
「大林一郎(長崎)HLAクラス1、A、B、C、一致、クラス2、DR、DQも一致 パーフェクトドナー」
コメント 大林氏による移植の場合は成功率 七〇%、圭子氏は四〇%。遺伝学的には水島啓司氏は父親になり得ない。
最後の部分に目が点になった。どういうことか。俺は美佳の父親ではないと書かれている。合点が全くいかない。さっぱりわけがわからない。
事情が飲み込めないままにいるところへ先生が戻ってきた。
「お待たせしてすみません。水島さん、とにかくドナーが見つかって良かったです、あなたのご努力で了承していただいて、来月には骨髄移植ができます。美佳さんの白血病のタイプは見かけは重症ですが、移植の成功率はとても高いグループです。もちろん移植できなければ助けることは不可能ですが。うまく移植がつけば半年もすれば元の体になれますよ、そして妊娠も可能になります」
目が熱くなった。
「先生ありがとうございます、本当に感謝です」。思わず先生の手を握っていた。不覚にも先生の前で泣いてしまった。とにかく良かった。暫くして顔をあげると再びコンピューターの画面が目に入ってきた。
「先生、この画面て美佳のことですよね。ここのコメントなのですがこれってどういう意味なのですか、私が父親ではないという事は」
途端に先生がハッとした顔をした。一瞬間をおいて
「水島さん、ちょっと雑談いいですか。これは雑談なのですが、HLAのタイピングというのは遺伝子のタイピングです。ですから一般的には遺伝関係の濃厚な人が最も合う可能性が高いわけです。なので通常一番に候補に上がるのは両親とか兄弟とかなのですよ。今回の場合智子さんはかなり合致しており候補に挙がっているのですがあなたは大きな三つの因子が全て異なっています。ですので候補にはなり得ません。長崎の方は大因子ばかりかそれ以外の因子もほとんどが一致しており、極めて良いドナーです。驚かないで聞いてほしいのですが、単に遺伝的要因だけでお話をするとあなたより長崎の方の方が美佳さんに近いということになります。」
「先生、何を言っておられるのですか、それは美佳の父親は私ではなく長崎だということですか」
「いえ、ですからただ遺伝的要因だけのお話です。HLAには偶然の一致も多々あるわけでそのために骨髄バンクがあるわけですので」
「美佳は私と智子の間の子です、二五年間育てました、間違いありません、それは」
「おっしゃる通り、智子さんと美佳さんの親子関係ははっきりしております。先程も申しましたとおり今回長崎の方が見つからなかったら智子さんに次点としてドナーになってもらう予定でしたので。ただ智子さんと美佳さんではHLAの大きな因子の一つが異なり、移植の成功率が半分に落ちてしまいます。長崎の方の場合には大因子ばかりか小因子までもが多く一致しており、通常こういうことは何万分の一以下の確率でしかあり得ないのです。稀に見る合ったドナーなのです。常識的考えとしてはこの方が美佳さんの父親である可能性が推測されます。もちろん遺伝的にはという意味です。でもそれを云々するよりはパーフェクトドナーが見つかったという事実に重きをおくべきでしょう。助かる可能性が極めて大きくなったのですから。もちろんこのこととは別として水島さんが今まで苦労して美佳さんを一生懸命お育てになったということは変わりません」
後半は何を言われているのか全くわからなかった。
でも不思議なもので結構冷静な俺がいた。今やることは美佳を救うこと。他のことはどうでもいい。とにかく長崎を呼んできて来月移植する、これ以外にやることはない。
病院を出た後は、全くいつもと同じ表情で、同じ道を辿って家に帰った、智子は鎌倉に戻っていた。
二人には幸いにもドナーが見つかった。ドナーとの合致割合がとてもいいので移植の成功率はとても期待できると先生から言われたということしか言わなかった。
そしてもう一つ変わったこと、なぜかこの頃毎晩のように鎌倉から電話が来る。今日もあった。
「ねえあなた、美佳の入院が来週の火曜日になったわ。先生が学会で外国へ行くそうなのでその前に済ませましょうということで一週間早くなったの。運良く長崎の方も学校が修学旅行の休み期間になるのでその方がいいのだって。で火曜日に入院で二週間後の木曜日に移植、その後二週間は特別室で面会謝絶だそうよ」
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