第7話

「じゃ、今品川はお二人だけということ」

「まあ、そうかな、そうでもないかな」

「こんな話、帰ってきたばかりでいきなりでなんだけど、私は今鎌倉住まい。五年前に鎌倉に別荘を作ったの、で今はそっちに私が行って啓一が品川住まい」

「なにそれ、じゃみんなバラバラじゃないのよ」

「まあ、そう言われてみればそうかもしれないけれど、でもしばしば交流はしているわ」

「あたりまえじゃないの、家族でしょ。ドイツはもっと個人主義だけど、でも家族はみんな大切にしてなるべく一緒にいようとするわよ」

「加代子さん、まあ積もる話はいろいろあると思うけれどとりあえず品川の家に行きましょう。今言ったように智子は鎌倉なので部屋は空いているから」

「あ、そうね、それはいい提案かもね、私の部屋は空いているわ」

「じゃあ姉さんは今日も鎌倉へこれから行くわけ」

「そうよ、だって今啓一がそう言ったじゃない」

「でも今日ぐらい三人でいろいろ話もあるしお前も品川来たらどうだい」

「だってあなた今なんて言ったのよ、寝る部屋ないって。本当にいい加減な人ね。私の部屋が空いているって、だからそこに加代子が寝るのだったら私は鎌倉になるじゃない」

「何なら俺が鎌倉でもいいよ、今日は。姉妹だけで品川でもいいのでは」

「いいえ、鎌倉は私の家です」

「ああそう。じゃあ一服コーヒーでも飲むか、久しぶりのジャパンコーヒーだけど」

「ううん、疲れているのでどこかでとにかく風呂でも浴びたいわ、家に帰りましょう」

「それがいいわ、とにかく長旅の疲れをとって。明日の昼に私は品川の家に行くから、その時ゆっくりこれからのことを相談しましょうよ」

また話がこじれた、加代子の到着早々からこんな状況だ、なんでなのかわからないが。とにかく普通が通じない、何を考えているのだかよくわからないよ、要するに俺の存在がとても鬱陶しいということか。

智子はさっさと鎌倉に帰ってしまった。残された佳代子と俺は何となく気まずい雰囲気のまま品川に向かった。

「加代子さんこれが今の家、全く別物でしょう。庭はなくなったよ」

「そうね、昔はあの庭でいっぱい遊んだのだけれど。やはり東京は狭いわね、庭のある家なんてほとんど見ないじゃない」

「まあそれが今の普通の東京の家、みんなこんなウサギ小屋にいるのさ。それでもいろいろ便利にはなって生活は楽になったのだよ、ドイツのレベルには近づけないけれど。とりあえず荷物を下ろしてひと風呂浴びてきたら。ゆっくり体を伸ばすといいよ」

加代子が風呂に入っているときに電話が鳴った。智子だった。

「今日は羽田までご苦労さん。疲れなかったかい、でも二五年ぶりの加代子さんは元気でよかったじゃないか」

「そうね。よかったわね、とりわけあなたにとっては」

「私ね、さっきからメールに悪戦苦闘しているの。メールの送り方教えてよ」

「メールなんて今までしたことないじゃないか、急にどうしたんだい」

「そう、あなたにどうしても送りたいメールがあるのよ」

「それはだから携帯の画面の左隅のメールボタンを押せばそのまま送れるよ」

「写真を送りたいのよ」

「そうかい。それなら追加というボタンを押して写真を選択すれば送れるよ」

「あ、そう、追加を押せばいいのね。ちょっと待って、ああできたわ。写真送るから見てよ」

数分後送られてきた写真に写っているのは昔の俺と加代子だった、二五年前の。手をつないでホテルの門から出てきている。

俺は頭がくらくらしてきた。二五年前の亡霊におどかされているような。

また電話が鳴った。智子だ。

「あなた、私はこれを二五年間抱えて今まで来ているの。でも私はきちんと妻やってきた。これからもよ。まあ今日は昔話に花を咲かせてちょうだい。明日の夕方そっちへ行くと加代子に伝えてね」

「うん、わかったよ」

喉がこびりついて俺は何もしゃべれなかった。

しばらくして加代子がすっきりした顔で出てきた。そしていきなりわたくしに抱きついて

「でも私よかった、智子姉さんがいなくて」

「どうして」

「忘れたの、私がドイツに行った大きな理由が智子姉さんとの喧嘩だったってこと」

「それは覚えてはいるけれどもう二五年前の話だ、四半世紀前だよ」

「そう、でもあれは決定的だったわ。あるじゃない、人生において何かを決定的に変えた事件て。だってあの日のことを忘れて封印するために私はハンスのところに行ったのだから」

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