第6話
「他にどんな加代子さんがいるわけ」
「そうか、約二〇年ぶりだよな」
「そうね二〇年ぶり、正確には美佳が幼稚園になった時だから二五年ぶり」
「一体どうしたんだい、全然顔なんか見せなかったのに」
「詳しくは言わないのだけれど、どうも旦那が死んだみたいよ。これからは日本で暮らすとか言ってたわ」
「死んだ! あの大学教授やっていたハンスさん。え、それ本当かい」
「そう、定年まではまだ間があったと思うのよね」
「子供はいなかったよね」
「うん、いない。短い電話だったのでよく私もわからない。でもガンだったといっていた」
「手紙を書いたっていうから来週ぐらいに届くと思うの」
「そうか、でも住むってどこに住むのか、あの人の家は確か人に貸していたよな」
「そうよ、だから帰ってくるからって、いきなり追い出しはできないと思うのよね」
「まあとにかく手紙待ちかな」
「まあね じゃあ、また何かわかったら連絡するわ」
「うん、ところで 君の方は変わりないのか」
「変わりって特別のことはないわよ、鎌倉のお魚はとても美味しい新鮮だから」
「そうか、それはよかった」
「じゃあね」
「うん、うん」
何の電話だろうか、仕事の電話よりビジネスライクに思うのは私のひねくれか。本当、もう少し優しさがあってもいいと思うのだけれど。もう少し愛の雰囲気とか、あるわけないか。無い物ねだりだよな。やはり俺ってそんなに嫌われたなかな。「嫌われたならしょうがない、笑ってあばよと気取って見るさ」って誰の歌だったっけ、そんなの言えるわけないじゃないか。
歌のようには簡単に結論は出せないよ、実際あいつだって最後の一言は絶対言わない。言えない、言いたくない、言うつもりはないだ。
加代子さんが帰って来ると言うのは、なんとなく新風が吹きそうな予感だ。でも加代子さん、俺の脳裏の加代子さんは二五年前のもの、写真は年賀状なのでみているが。今は単なるドイツおばさんかな。
翌週に加代子さんからの手紙が智子から転送されてきた。
智子姉さんへ
長い間のご無沙汰ごめんなさい。
ハンスが先月亡くなりました。ガンでした。
なので当面日本に戻ります。再来週の飛行機で帰ります。
また一緒に暮らさせてください。
加代子
十日後の羽田空港
「加代子」
「お姉さん」
「加代子さん、とてもとてもお久しぶり、全く変わってしまってわからなかったよ」
「そうお。まあドイツの生活も半端じゃない長さになったから」
「まあとにかくお帰り。疲れたでしょう」
「大丈夫、ビジネスクラスでしっかり寝てきたから」
「それはよかった。まあとにかくうちへ行こう」
「十五年ぐらい前に建て替えたのだよ、だから前とは全く違った感じだけどね」
「そうなの、父さんたちがみんな死んでしまって、私たちと子供だけになってしまったので、とてもあんな大きな家維持できなくて、半分売ったのよ。その代金で新しく建てたわけ、だから少し手狭だけど気持ちはいいわよ」
「あ、そう、売ってしまったの、ということは私がいた西側の部屋は無くなって、」
「そう、そっち側を売って私たちは東側になったわけ」
「何と、そういうこと。日本にも居場所がなくなったってわけね」
「別にそういうつもりじゃ、でもまあそういうことかな、確かに、だからあなたの泊まる部屋はないの。まあ 応接間のソファーがあるにはあるけれど」
「美佳ちゃんは」
「美佳は二ヶ月前に結婚して今平塚住まいよ」
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