第4話
いくら考えたって今の現実が変わるわけではない。誰もいないのだ。美佳は今日は大盛り上がりの人生最大の日、ここでチャチャを入れるほど無粋ではない。
一〇日後に久しぶりに智子から電話があった。
「あなた、今日は美佳が新婚旅行から帰って来る日よ。羽田まで行かないの」
「行くわけないよ 別に、子供じゃあるまいし。旅行から帰ったらそのまま平塚だろう」
「でも私行ってみようかと思うの。いくらメールなどでわかっていても実際の顔を見ないと、それに顔を見れば旅行中の関係がわかるでしょ、成田離婚とか羽田離婚とかいっぱいあるわけだから」
「でも向こうのご両親もきているかもしれないぞ」
「そうよね そうなのよ、だからそっと隠れて。こっちは単に顔をちょこっと見てわかればいいわけだから」
「見つかったらなんというのだ」
「そんなの、本当に親バカですわね、ほほほだわよ」
「それで済むか」
「済みますわよ」
「俺は今日はびっちり仕事だよ、でも何時着だったっけ」
「十七時半」
「で出て来るのに一時間ぐらいはかかるだろう」
「そうね、だから会えるのは十九時ぐらいかな」
「そうか七時なら俺も羽田に行けるから、美佳はまっすぐ帰るだろうけれど羽田で食事でもするか」
「食事はいいわ、今朝浜で上がったばかりの美味しいお魚が手に入ったので今日はそれを焼く予定なの。だから一目美佳を見たらすぐ帰る」
「そうか」
「はい、まあそのうち品川へ行くわよ。結婚式の時の着物の整理もあるから。あなた、あの着物クリーニングの白玉社に出してくれたでしょうね」
「ああ、出したよ」
「その時特別丁寧にと言ってくれたわよね」
「ああ、それは言ったよ」
「そう、よかったわ、またいつものようにやっつけでやるかと思っていたから」
「そんなことはないよ、いつもきちんと言われた事はやっているじゃないか」
「まあいいわ、とにかく来週行って受け取って来るから」
「でも出来上がりは再来週になるとのことだよ」
「どうして、二週間もあればできるはずよ。あなた、すぐに持って行かなかったの」
「まあ それは次の日はとても忙しかったから、それに疲れてもいたので三日遅くなった」
「まったく、いつもそうよ。言い訳はいらないわよ。私の言ったことがそのままできた試しがない。どうして三日も遅くなったの。三日も経ったら汗とか染み付いてしまってなかなか落ちないわよ」
「それほど汗なんてかいてないじゃないか」
「だからそうなのよ、その鈍感さというかいい加減なところ、ほんと治らない」
「はいはい、どうもすみません」
「ハイは何回って言った」
「ハイは一回です」
「もういいわ」
またまた逆鱗に触れてしまった。いつもこれ、いつでもこれだ。三日経ったのは悪かったけれどでもそれほど激昂するほどのことか。このあと一生の間にもう着ることも多分ないだろう着物なのに。
はあっと大きなため息がつい出てしまう。コーヒーでも入れるかな、なんか何もしたくない。
これでまた明日朝から仕事か、あああ、なぜ仕事を続けるのか。上場というのはいいことのようだが逆から見れば牢獄入りみたいなものだ。会社を簡単にはやめられなくなる。全くそのとおりだ。早くこの会社継ぐ奴を見つけよう。
美佳の旦那は外科医、優秀だけど言って見れば職人だ。事業をするタイプではない。美佳は今まで甘々で育ててしまった。他人の苦労がわかるやつではない。なかなか働いている人の掌握は難しいし、それにそんな苦労はさせたくない。
会社の中はどうだ。
まだほやほやの会社、そんな奴は育っていない。俺の顔色を見る奴はいても先頭に立って進むやつを育てるのは難しいことだ。俺ってなんのために仕事しているのかな。究極みんなのATMか。
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