燃え上がるは天命(下)

「こちらレッドリーダー、各機散開してケンタウルスⅡを目指せ」


 セシリアの声に、六機まで数を減らした『ケイローン』の編隊が、空になったブースターを切り離し、燃料が許す限り敵艦隊から離れたコースでケンタウルスⅡを目指す。


了解ラージャ、各機、敵艦隊からはなるべく離れろ。また会おう」


 ケントはそう言ってから通信を切り、コンソールに手を伸ばした。ディスプレイには随伴する駆逐艦が一隻、少し離れた位置から『ヴァンガード』の救助に当たっているのが映し出されている。


 ――セシリアの隊は、敵艦から一番はなれた航路か……いいぞ。


「テッド、情報リンクを解除」

「警告、味方機ヘノ衝突ノ危険ガ……」


 言いかけるテッドを無視して、ケントは手動で航路を入力する。


「待ってろよアンデルセン、もう一発、あいつに叩き込んでやる」


 入力したのはエンジンブロックが半壊した戦艦『ヴァンアード』への衝突航路コリジョンコースだ。


「テッド、対艦戦闘用意、目標、敵旗艦『ヴァンガード』」

了解ラージャ


 戦術スクリーンに使用可能な武器が点灯する、装甲の厚い無人機を倒すために開発された、熱核弾頭ニュークを搭載した短距離ミサイルが四発。

 あの大きく開いた敵艦の傷口に叩き込めさえすれば、一矢報いることができるだろう。


「すまんな、セシリア」


 つぶやいてから、操縦桿を握りしめケントはぐいと前をにらみつける。


「こちら、グリーン・スリーよりブルーリーダー」


 その時、アンデルセンの隊の三番機から通信が入った。


「まだ居たのか」

「アンデルセン隊長の敵討ちなら、お供しますよ」

「バカ野郎が」


 言いながら、ケントはニヤリと笑う。


「こちらブルー・ツー、一人でカッコつけるのはやめましょうや隊長」

「お前もかよ」

「レッドチームのお嬢ちゃんたちに、いいところ見せたいんでさ」


 敵艦隊の後ろを大回りしてゆくセシリアの編隊は、もうレーザー通信の圏外だ。こちらの航路情報も届いていないだろう。


「何番機だ?」

「俺がぞっこんなのは三番機のベアトリスなんで、隊長の彼女じゃねえですよ」

「大バカ野郎が」


 戦艦の様子はわからないが、空域がアレだけデブリまみれなら護衛の駆逐艦から見えていない可能性はある。うまく行けばもう一撃くれてやることができるかもしれない。

 それになにより、ケントたちが攻撃に出れば、セシリアの編隊が敵に見逃される可能性が高くなる。


「わかった、死ぬなよ。馬鹿野郎ども」

「どうですかね」

「ベアトリスとデートの約束したのに、死んでたまるかってんですよ」


 死地に飛び込もうというのに、やたらと陽気なバカどもを率いて、ケントは即席の編隊を組む。


「行くぞ」


 敵艦隊目指して、三機の『ケイローン』が加速を開始した。


「通信限界まで散開しろ、許可はいらん各個の判断で撃て」


 気休めにプラズマステルスを展開、ケントたちは敵艦隊に迫る。ここまでくればもう神様の振るサイコロの出目が全てだ。持ってる奴がいれば当たる、そういうことだ。


「テッド、射点算出」

了解ラージャ


 光学センサーが捉えた艦影から、対空砲火の密度が低い場所をテッドが算出して表示する。


「上等だ、よくやった相棒」


 爆発した際の安全マージンを取っているのだろう、『ヴァンガード』の後部から少し離れた位置で、脱出した乗員を拾っている駆逐艦。こいつをを盾にするコースにケントは声を上げて笑う。


「アリガトウゴザイマス」


 平坦なテッドの声も少し楽しそうに聞こえる。


「グリーン・スリー、エンゲージ」


 戦闘開始の通信が入った、四発のミサイルを一斉射。それに呼応するように、敵駆逐艦の火器が一斉に火を吹いた。

 少し遅れて『ヴァンガード』の火器が一斉に起動、主砲の光にディスプレイが一瞬ホワイトアウトした。


「あのデカブツ、まだ生きてるじゃねえか、おっかねえな」


 言いながらも、ケントは笑っていた。テッドの奴が駆逐艦を盾にしたおかげで、『ヴァンガード』は全力を出せていない、それは確かだ。


 味方の撃った四発の対空ミサイルが駆逐艦に伸びてゆく。

 先行する二発が中間あたりで撃ち落とされる。


「グリーン・スリー離脱、後は頼みます」


 音声通信が入ると同時に、後続のミサイル二発が自爆した。

 核爆発を受けて、あたり一面をノイズが覆い尽くす。


「いい判断だ」


 まるで火球に飛び込むように、ケントは機体を微調整する。

 索敵システムがリブートしたときには、周囲に味方機の姿はなかった。

 落とされたのか、どこかに紛れてしまったのかはもうわからない。


「テッド、手を出すなよ」


 目前に駆逐艦が迫る、後部砲塔が吹き飛んでいるのはブルー・ツーの手柄だろう。


 ――アレを飛び越せば『ヴァンガード』は目の前だ、見てろよアンデルセン。


 鳴り響く衝突警報アラートを無視して、ケントはギリギリまで粘る。

 五〇〇〇ミリ秒、四〇〇〇ミリ秒、カウントダウンがスローモーションで見える。

 回避のリミットを示すカウンターが、二〇〇〇ミリ秒を指した瞬間、ケントはペダルを踏み込んだ。

 スラスターが吹き上がり、機体を敵駆逐艦の甲板スレスレに浮かびあがらせる。


 ――もらった!


 勝利の確信とともに、発射ボタンを押し込んだその時!

 ガンッ! と激しい金属音が機体を揺さぶり機体がスピンした。

 直後にもう一度激しい衝撃。


「テッド!」


 制御できない、そう思ったケントは最後にそう叫んだ。いや、正確なところ叫んだ気がする。

 気がする……というのは、その衝撃でケントは気を失ったからだ。


     §


「それで、どうなったの?」

立体映画ホロシネマ最後の六隻ラスト・シックスではどうだった?」


 自分たちを題材にした映画だったが、実はケントは見たことがない。


「ケントが盾にしていた駆逐艦『ファラガット』の二等水兵が、とっさの機転で甲板の貨物クレーンを操作して、ケントにぶつけたのよね?」

「そうらしいな」


 入隊したての二等水兵は、そのおかげで勲章を貰ったと聞いている。


「ケントの撃ったミサイルは、『ヴァンガード』の艦首と副砲に命中、六人が戦死」

「それがこの独立戦争で最後の戦死者となった」

「ええ、そのクレジットが出て、映画はおしまい」

「そうだな、ああ、そのとおりだ」


 そう言ってからチラリと石碑に刻まれた自分の名前を見て、ケントは吐き捨てるように言葉を継いだ。


「だがな、映画には出てこなかった話がある」

「出てこなかった?」

「ああ」


     §


 次に目を覚ましたとき、ケントは星空を見ていた。コックピットを覆う装甲は吹き飛ばされ、透明なキャノピー越しに機体の残骸と、岩肌むき出しの地面が見える。


「ここは、どこだ?」


 時計を見る、最後の突撃から十八時間が経過していた。


「テッド」


 ランダムスピンはテッドが回復させてくれたのだろう。そう思いながら呼びかけたが、テッドからの回答はない。

 緊急モードで立ち上がっている小さな情報ディスプレイには、全電力が生命維持に回されていることだけが表示されている。


「ここは、どこだ?」


 もう一度、ひとりごとを言いながら、ケントは情報ディスプレイにテキストログを表示させる。


「テッド……お前」


 ログを見てケントは小さく唸り声を上げた。

 テキストログにはテッドの奮闘が記されてた。

 その記録はメインスラスターがぶつかり、破損したことから始まっている。

 ランダムスピンを修正して機体後部からケンタウルスⅡへと接近

 気絶したケントに対して残された、そこまでの航路情報の報告。

 残った最後の一発のミサイルの爆発を利用して減速し、着陸するまでの計算書。

 その際に機関部とテッドの収まる後部装甲まで融解し、それが自分の最後だというメッセージ。

 全電力を生命維持に回し、最後までケントをケンタウルスⅡのセクターS9へと届けようと奮闘したテッドのログは、こう締めくくられていた。


 ありがとう、ケントTHX KENT


「ああ、ありがとな相棒」


 ぼんやりと光っていた情報ディスプレイが、まるで別れを告げるように消えてゆくのを見届けてから、ケントはキャノピーを開いた。


「っつ」


 小さな火花を上げて、爆破されたキャノピーがクルクルと回りながら星空めがけて飛んでゆく。同時に機体からは救難信号が発信されていることだろう。

 座席の下から推進器スラスタを取り出して背負うと、ケントはケンタウルスⅡに降りたった。岩肌が焼け焦げ、ところどころに墜落した機体の残骸が散らばっている。


「……これは」


 低く飛びながら、中へ入るエアロックを探していたケントはその残骸の一つを見て体をひねった。


「セシリア!」


 間違いない、散らばった『ケイローン』の残骸に残る赤い塗装と「Laf-F1」の機体番号は、レッドリーダー、セシリアの機体のものだ。

 推進器スラスタを吹かし、コックピットを探してあたりを飛び回る。やっと見つけたコックピットに一番近い後部装甲は大出力のビーム兵器で溶断され、そこで何が有ったかを雄弁に語っていた。


「くそっ、くそっ! 俺は何を」


 一緒に行くべきだった、彼女と。そして、これまでの戦いのすべてが無駄になった、失意の底でケントは座り込んだ。

 刻々と減る酸素残量計オキシメーターを眺めながら、諦めと恐怖のはざまでケントは冷たい星空を見上げていた。


     §


「それで……セシリアさんは……?」

「結局、遺体も見つけられなかった。俺は救命信号を辿ってきたケンタウルスⅡの民兵に助けられ、こうして生きてるというわけだ」

「うん」

「そうして、間抜けな事務屋のせいで、皆に混じってあそこに居る。これが、立体映画ホロシネマに書かれなかった、俺の最期だよ、シェリル」


 優しい瞳がケントを覗き込む。きっと俺は情けない顔をしているんだろうな……思いながらケントは困った顔をしてみせた。


「ねえケント、いいのよ泣いたって」


 シェリルの手がそっとケントの頬をなでた。こつんと額があたり、彼女の吐息が感じられる。


「シェリル」

「……」


 シェリルがまぶたを閉じる、長いまつげが小さく震える。


「…………」


 小さくため息をついてケントも目を閉じた。その時、ケントの耳に轟と風切り音が響いた。


「そーこーまーでーでーすー!」


 聞き慣れた相棒の声がして、息が触れ合うほどの距離に近づいていたシェリルとケントの顔の間に、ズイと手のひらが差し込まれる。


「ますたぁ? いまなにをしようとしてました? ねえ? ますたぁ?」


 慌てて目を開けたケントの顎をグイとつかんで、ノエルの瞳が強引に覗き込む。


「な、なんにもしようとしてないぞ、してない」

「うそです、チューしようとしてました! そーゆーのはイケナイとおもいます!」


 ジト目で早口でまくし立てるノエルに詰め寄られ、ケントはシェリルとつないでいた手を慌てて離す。


「だいじょうぶよ、ノエルちゃん、なにもないわ……なーんにも。まだ……ね」

「ま、まだ? この先はあるんですね? ねえ? 何かあるんですねマスター?!」


 ぴーひょろ、ぴーひょろろ。


 その時、騒ぐノエルの声に混じって、通信機コミュの着信音が響いた。


「ますたぁ、聞いてますか!?」


 言いながら、飛びついてくるノエルをひょいとかわし、ケントはぴーひょろ、ぴーひょろ、と間抜けな音を立て続ける通信機コミュに目をやる。スカーレットからだ。


「俺だ、どうしたスカーレット」

「む、今度は小さい子ですか? マスターの見境なし! スケベ!」

「いつもにぎやかじゃの、お主のまわりは」

「おかげさまでな」


 子犬のように飛びついてくるノエルをいなしながら、ケントはチラリと時計を見た。


「ああ、荷物の時間だな。忘れてた、どうだ出来は?」

「今、うちのものに取り付けさせておるが、実にいいモノじゃよ。わらわがほしいくらいじゃ」

「そうか、あとでラーニアに連絡して礼を言わないとな」

「あともなにも、本人が来ておるぞ、姉御殿もいっしょにな」


 先日のガニメデの一件で台無しにされた店の木製の扉を、事件の発端になったラーニアがお詫びに作り直してくれることになり、その配達日が今日だった。


「ノエル、ラーニアとアンジェラが来てるのか?」


 ラーニアはともかく、姉のアンジェラがついてきているのは、立体映画ホロシネマ最後の六隻ラスト・シックス」の舞台になった店を見にたかったからだろう……。

 映画が公開された年には、家の前にファンが押し寄せて迷惑したものだが、マニアというのは良くわからない生き物だ。


「あ、すっかり忘れていました。そうそう! ラーニアさんが生鮮食品フレッシュを一杯もってきてくれたんです! お料理しますから、早く帰りましょうマスター!」

「お前なあ」


 思い出したという顔で、ポンと手を打つノエルの頭をクシャクシャとなでて、ケントたちは公園を後にする。ノエルとシェリルはそんなケントの隣で、献立について熱く語り合っていた。


 ふと足を止めてケントは石碑を振り返る。


「ケント?」

「マスター?」


 追い抜きながら怪訝な顔をする二人に、ケントは腹をおさえておどけてみせた。


「大丈夫だ、はやく行こう。腹ペコなんだ」

「はい! 美味しいものを沢山つくりますから」

「そうよ、お酒ばっかり飲んでないでご飯も食べなきゃ!」


 今夜はにぎやかになりそうだ……夕焼けから星空へと緩やかに代わってゆく天井を見上げた。


 ――すまないな、セシリア、アンデルセン。もう少しこっちでやってみるさ。


 二人の背を追いかけながらタバコを咥えて火を付ける。ふわりと紫煙が漂い虚空に消えるのを見ながら、ケントは静かに微笑んだ。


グラッジブレイカー!(1) ケンタウルスの亡霊(了)

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グラッジブレイカー! ~アンドロイドと固ゆで卵~  尾野灯 @Nukogensan

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