その23 もちろん制服で

“菫屋スカート事件”から一夜明け、北坂高校には「あの菫屋奏音がスカートをはいている!」ということで激震が走っていた……わけでもないようだ。


昼休みまで過ごしてみたけど、少なくとも僕の観測範囲内には全く変化がない。

それはそれでなんかつまらんと思って、昼休みに弁当を食べた後は、いつものように中庭が見渡せる四階の廊下に行ってみることにした。


「遅かったじゃないか」


先客がいた。

麗に吠場、乙華先生までが僕の定位置で待ってた。


「先生まで、どうしたんですか?」

「せっかくだから菫屋の変化を見ておきたいと思ってな」


どうやらみんな、考えることは同じらしい。


「悔しいけど、菫屋はスタイルがいいから制服も似合うわね」

「麗のロリ体型も需要は――」

「吠場ァ!」

「ひぎぃ!」


中庭を歩く奏音は、ショートヘアを自然に流しているだけ。

“謎の美女”のときにかけていたメガネはそのまま。

スラリと伸びる脚元には紺のハイソックス。


“謎の美女”のときはウィッグまでつけてゴテゴテの全部乗せだったけど、今は元の素材の良さをそのまま生かしていた感じだ。


「菫屋ハーレムは解散したのかな」


見ると、奏音は四、五人の友人らしき女子と、歩いている。

ハーレムのときは十人近くいたはずだ。


「アイドルが結婚したらファンをやめる、みたいなもんじゃない? 王子様要素がなくなったのなら、離れていく子がいたとしてもそれは当然のことだわ。菫屋もそれを乗り越えて『スカートがはきたい』って言ったんだから、大丈夫でしょ。もしクレームが入るなら栄介のところに来るんじゃない?」

「え!? 僕?」

「朝から一部の人の間で『大魔王がスラックスを脱がせて菫屋を女にした』って話題になってたよ」

「なんでそんな誤解を招くような伝わり方してんの!?」


吠場がそう言うのだからその情報は本当なのだろう。

元菫屋ハーレムの子に「私達の王子様を返して!」と迫られる光景が目に浮かんでぞっとした。


「スラックスの王子様を崇めてた生徒には悪いが、今の方が菫屋のあるべき姿なのは間違いないだろうな」

「よかった……僕らのしたことが余計なことじゃなくて」


言いながら、無意識に“余計なこと”の象徴である顔に傷に触れていた。


「あたしが『菫屋とはかかわるな』って言ってたこと、気にしてたの?」

「多少ね。でも心配して警告してくれたわけでしょ? それに、最終的には麗も協力してくれたし」

「あんな事情を知ったら放っておけないじゃない。っていうか栄介が先にそれを説明しないのが悪いのよ」

「ははは……確かに」

「“塞翁が馬”だよ。なにがどう転ぶかなんて誰にもわからないんだ。一度失敗しても諦めなかったお前たちは、“人生”という科目があったなら100点満点だ」

「人生もエロゲみたいに選択肢の前でセーブできればいいのにね」

「馬鹿者、それができないから人生というエロゲは面白いんじゃないか」


人生をエロゲに例えるな。

乙華先生がめずらしく先生みたいなこと言ってると思って油断したらこれだ。


奏音の笑い声がした。

友達と横に並んで楽しそうに笑っている。

もちろん、前みたいな貼り付けたような笑顔ではない。

ハーレムのときの奏音は、もっと大勢に囲まれている感じだった。

乙華先生が言うように、これが奏音の「あるべき姿」なのだろう。


奏音が僕らの存在に気づいたらしく、喜んでいる犬が尻尾を振るように、ぶんぶんと手を振って見せた。

その後、一緒に歩いていた女子と言葉を交わし、校舎に向かって走り出した。

直後に呼び止められ、尻のあたりを押さえてから、また走り出して校舎に消えた。


「今の、絶対パンツ見えてるよって言われてたわね……」

「パンツをはいてるならむしろ安心だ」

「確かに」


「ぉぉぉおおおおい!」という声が階段の方から近づいてくる。

スカートがはけて嬉しいのだろうか、テンションが高い。

騒々しい。


「みんな揃ってどうしたの? 私だけ仲間はずれ!?」

「スカート姿の奏音を鑑賞してただけだよ」

「そっか。ど、どう?」

「似合ってるんじゃない? いいと思うわよ。で、着てみた感想は?」

「幸せ。なにより、みんなが色々と力を貸してくれたことが嬉しくて」


真っ直ぐ。

こういう感謝の気持ちを真っ直ぐに相手に伝えられるのは、奏音の素敵な部分の一つだ。


「もう……なんか幸せすぎて……」

「アへ顔になりそう?」


吠場ァ!


「そう! アヘ顔!」


奏音もノるな。


「ねえ、今度の連休みんなでどこか出かけようよ」

「え? このメンバーで?」


急な奏音の提案に驚いて、その場にいた全員が顔を見合わせた。

今までは通信技術愛好会として学校内での交流はあっても、休日にどこかに出かけるようなことはなかったからだ。


変わった……いや、ちょっとだけ動き出したのかもしれない。


高校に入って、麗や吠場や乙華先生に気にかけてもらって、灰色だった景色に彩りが戻ったように。


最初は、また余計なことをしているんじゃないかと思った。

また、傷を負うのではないかと思った。

でも、なんとか奏音はスカートをはいて学校に来られるようになった。


それで十分。

どうせ周囲の評判が良くないのだ。

自分のことなんてどうでもいいと思っていた。

奏音に関わったことで、こんな変化が起きるとは思っていなかった。


塞翁が馬、と乙華先生は言った。

万事は良い方に転ぶか、悪い方に転ぶかなんてわからない。

じゃあ今回の件が悪い方に転ぶ未来もある?

「幸せ」と言った奏音を前にして、そんなことは考えたくもない。


けれど、万が一悪い方に転んだとしても、このメンバーでなら、なんだかんだで楽しめてしまいそうだから、ま、いいか。


「まあ……あたしは特に予定もないし、別にいいけど……」

「ボクもいいよ」

「私は……休日に生徒を見かけたので、非行に走らないか監視をしていた、という設定で同行すれば問題ないな」


本当に大丈夫か、その設定。


「で、菫屋は行きたいとことかあるわけ?」

「行きたい場所は決めてないけど、出かけるときの服装は――」

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