その22 楽しい部活動
「……あ、あれ?」
気がつくと、夕日が差し込む家庭科準備室で横たわっていた。
「あ、気がついた?」
上から覗き込んでいるのは奏音の顔だった。
どうやら膝枕をしてもらっているらしい。
「可愛い女の子、奏音ちゃんでーす」
「ぶっ殺すわよ。すぐ調子に乗る……」
「麗ちゃんひどい……」
見ると、パイプ椅子に座ってタブレットをいじる麗の姿があった。
窓際では吠場が散らばったガラスの破片を集めている。
「栄介も。いつまでも菫屋の太ももの匂いを堪能してるんじゃないわよ」
「待て。僕はまだそんなことはしていない」
「お、東出も起きたみたいだな」
扉が開いて、入ってきたのはブルーシートを持った乙華先生だった。
「悪いんだが、東出は窓ガラスを破壊した罪で反省文だ」
「え? 反省文だけでいいんですか?」
停学くらいは覚悟してたんだけど。
「ああ。野球部の顧問に、『暮内が突き飛ばしたせいで、ウチの部員が気を失ってる』って報告したら穏便に済ませてくれたぞ」
さすが乙華先生だ。
やることがゲスい。
正確には僕を気絶させたのは奏音なわけだが。
「栄介ならなんとかしてくれると思ったけど、まさか窓ガラスを割って入ってくるとは思わなかったわ。やりすぎなのよ」
そう言ったのは麗だった。
「やっぱりあれは麗の仕業だったんだな」
「昨日はミスったから。さっさとリカバリしておかないと気持ちが悪いじゃない?」
「だからって、行きあたりばったりすぎるだろ……」
そんな麗だが、強引にでも奏音にスカートはかせることを急いだ本当の理由は見当がついていた。
さっき、乙華先生が「ウチの制服が可愛いのは冬服……」と言いかけた。
そう。
北坂高校の夏服は、男子も女子もポロシャツだ。
女子のポロシャツ姿もそれはそれで可愛らしいと思うし、夏だって冬服を着てはいけない校則があるわけじゃないだろう(多分)。
けれど、夏なのに冬服を着ていたら悪目立ちするだろうし、単純に熱くて仕方ないはずだ。
麗は“衣替え”になる前に、少しでも長く奏音に冬服を着せてやりたかったのだろう。
もう四月も終わる。
ゴールデンウィークが終われば気温も上がり、上着を脱いで過ごすことも多くなる。
衣替えまであっという間だ。
だからと言って、麗に「奏音のために、ありがとうな!」なんて言うのは野暮ってもんだ。麗は口は悪いが、自分の功績を声高に主張するような品の無い真似はしない。
奏音も麗には感謝してるだろうし、それでいいじゃないか。
「麗が今回の作戦を急いだのって、菫屋サンに一日も早くスカートをはいて欲しかったからだよね」
はい野暮オオオオオオオォォォォ!
吠場ァ!
お前はいつもいつも言わなくてもいいことを!
麗が「ぶっ殺すわよ」と言うよりも早く、奏音が麗に抱きついた。
「ありがとう……ありがとね。本当に……」
抱きつかれた麗は照れることなく、奏音を抱きしめ、口元に優しい微笑みをたたえながら頭を撫でていた。
「……どういたしまして」
そんな麗を見て、かっこいい……と思ってしまった。
普段はサバサバしてツンケンしてるけど、友人からの最大級の感謝に対しても、照れずに、謙遜することもなく「どういたしまして」と言える、その器。
さすが“お嬢”は伊達じゃないということか。
これは想像だけど、麗も多少は北坂高校の制服を気に入って着ているのだと思う。
だからこそ奏音の気持ちが理解できたし、一日でも長く着させてやりたいと思ったのではないだろうか。
こんなことを言ったら「ぶっ殺すわよ」って言われるだろうから絶対に言わないけど。
「……ぶっ殺すわよ」
ダメだ。
思った時点でアウトだった。
麗を見る視線で、なにかが伝わってしまったらしい。
「そういえば菫屋サン、野球部の話はどうなったの?」
「あ……忘れてた。今朝、入部届を野球部に出したけど、どうなったんだろ……」
僕もすっかり忘れていた。
スカートがはけるようになったとしても、奏音が野球部のマネージャーをやる話がまだ有効なのだとしたら、暮内が放っておかないだろう。
「ああ、その話なら――」と乙華先生が言った時点で安心した。
きっと、野球部の顧問と“穏便に”話をつけてくれているはずだ。
「受理される前に入部先を通信技術愛好会に書き換えておいたから安心だぞ」
安心できる要素がない。
ただの文書改ざんじゃないか。
「じゃあ、私……」
「今日から菫屋サンもボクらの仲間だね! 一緒にエロゲ声優を解析しよう!」
「うんわかった! エロゲってなあに?」
「吠場ァ!」
「エロゲというのはアダルトゲームのことで、性描写など18歳未満にはふさわしくない内容が――」
乙華先生。
あんたも教師ならエロゲの説明をする前に怒れ。
「お前たち。エロゲもいいが、まずは窓にブルーシートを貼るのを手伝ってくれ」
エロゲはよくないと思います。(いや、いいものだけど、一応ね)
奏音が新しい部員となった通信技術愛好会の始めての活動。
ブルーシートをガムテープで窓枠に貼るだけの、それはそれは楽しい活動だったとさ。
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