せかぼんラブストーリー。

新春シャンソン歌手

せかぼんラブストーリー。


僕の通う高校では、卒業式の前の日に学校の行事として「追い出し会」がある。卒業生が在校生の教室に行き、その教室事に遊んだり飲んだり食べたりして帰る。行くクラスはくじによって決めるが、そのクラスは変えることも出来る。


卒業まで1週間となった登校日にくじ引きがあった。くじを引いた結果は2年4組。幼なじみの久保がいるクラスだった。

「おーい!誰か1年6組引いたやついねぇか!?」

「鶴ちゃーん!お前何組引いた!?え、2年3組!?阪口いるところじゃんゆるさねぇからな!」

こんな感じの会話が飛び交う中、僕はそっとその紙をポケットに入れた。この紙を血眼で探しているやつがいるのを知っていたからだ。

「なぁ中村、何組だった?2年4組じゃねぇよな?」

幼なじみのいるクラスを引けてちょっとホッとしていた陰キャの僕のところに、2年4組を血眼になって探していた田中が近づいてきた。咄嗟に引いてないと答える。

「そっかぁ、、、俺矢久保ちゃんのいる1年3組持ってるんだけどなぁ、、、」

「矢久保!?」

思わず立ち上がってしまった。ガタンという椅子の倒れる音と共に周りの視線を集めてしまう。

何としてでも2年4組の券を回収しなければ。と思ったとき、ポケットでガサっという音がして思い出した。持ってる。券を持ってる。

「田中ぁっ!ちょっとまてぃ!」

「なんだどうした」

「この紋所が目に入らぬか!」

と言ってポケットに入っている「2年4組」と書かれた紙を突き出した。

「な、中村、、、!それは、、、!」

「フハハハハ!これぞまさしく2年4組の券!さぁ大人しく貴様の持っている1年3組の券を差し出したまえ!」

「ふん!よかろう!さあ貴様も早く渡すのだ!」

「いや、貴様が先に渡すのだ!」「いや、貴様が先だ!」

ええい。いっそこうなったらーーーー

「「デュエル、スタンバイ!」」


クラス中に引かれながら1年3組の券を手に入れた僕は興奮でその日眠れなかった。


その2日後。僕はコンビニのバイトで久保と2人になる時間があった。

お客さんのいない時間に追い出し会の話になった。

「ねぇねぇ、中村くん、追い出し会何組だった?」

「最初しおりのクラスだったよ」

「最初?意外だねぇ、中村くんが私以外のクラス選ぶなんて」

「まぁ色々あるのよぉん!」

と僕が言ったときだった。

からんからん。音と共におじさんが入ってきた。

「いらっしゃいませ〜」

何事もなかったかのように売り場に出て品出しを始める。

「あ、しおり〜先休憩入ってていいよ〜」

「もう!バイトではしおりって呼ばないでっていってるでしょ〜!」

「あぁごめん、つい癖で」

「じゃ、おっ先〜」

「ごゆっくり〜」

からんからん。また音がしてまた1人お客さんが入ってきた。まっすぐ雑誌コーナー向かって行く。それをチラッと見て品出しを再開しようとしたときだった。

「おにいさん、レジお願い」

とおじさんの声が聞こえた。

「あっ、はい、ただ今」

おじさんのレジ対応を終えた時、バックヤードからしおりの声がした。

「あーもう小百合さん可愛い〜ほんっとに好き〜!

 ねぇ、かわいいって思わない?」

「え、なにこれオレメッチャスキ」

「すっごい棒読み〜笑笑」

「すいません。お願いします」レジの方から声が掛かった。

「はいただ今、、、って矢久保?」

「え、なんで中村先輩いるんですか?」

「なんでってここ俺のバイト先だからだよ」

「今日久保さんの日じゃないんですか?」

「久保?あぁしおりか、今休憩だよ」

「しおり?なんで下の名前で呼んでるんですか?」

「なんでって、、、幼なじみだから」

「なんか付き合ってるみたいですね〜」

と矢久保が言った時だった。バックヤードから久保が出てきて、

「私たち付き合ってるみたいなもんだからねぇ〜」

と言いながら腕にしがみ付いてきた。ほのかに香る甘い匂い。いつのまにか香水なんかするようになっていたんだ。と思った時に僕の頬は緩んでいた。

それを見た矢久保が

「公衆の面前でいちゃいちゃしないでください」

といった。

とっさに僕は

「ほら、しおり。勘違いされるだろ。離れろって」といった。でも、腕から引き離す動作をしなかった。いや出来なかった。なぜならしおりの瞳孔が開いていたからだ。思わず引き込まれてしまった。

「っ!!!」

バンッ!という音に我に帰り、レジを振り返るとそこには雑誌と一枚の1000円札が置いてあるだけだった。

「矢久保っ!!!!」呼び止めたがもう遅かった。

「やっぱり、みおちゃんの事好きなんだね。」

としおりが呟いた。

「私はゆうとくんのこと好きだけどなぁ〜。」

「ちょっ、しおり」

「私は幼稚園の頃からずっと好きだったけどなぁ。ゆうとくんと一緒にいるとドキドキしちゃうなぁ」

「しおり、何言ってんだお前」

「鈍感な男って嫌い。さっきの矢久保ちゃんの様子見て何も思わなかったの?」

「何も思わなかったのって、、、あ、いらっしゃいませ〜」

近くの工事現場のおじさんがわんさか入ってきたのでそこで話が途切れてしまったが、しおりの言い方がどうも引っかかっていた。


そして待ちに待った卒業式前日。いつもより3時間早く目が覚めた。そして早めに家を出て一本前のバスに乗った。遅刻するわけにはいかない。その一心だった。そのおかげでいつも乗る電車の2本前の電車に乗ることが出来た。空いている席を見つけ、座ってスマホを取り出した時だった。

「あっ」

どこからか声が聞こえた。ふと顔を上げると前の席に矢久保が座っていた。

「おはよう」

声をかけた。すると矢久保は次の駅であわてて席を立ち、電車から降りてしまった。座っていたシートには封筒が落ちていた。既に発車メロディーが鳴り響いている。封筒に気づいた僕は拾って追いかけようとしたが拾ったときには既に扉が閉まっていた。

まあいいや、あとで会えるしその時渡そうと思って改めて座る。そして、何気なく封筒の宛名を見た時だった。


僕の中で何かが弾けた。すぐに次の駅で降りた。来た道を戻ろうにも次の電車は15分後だった。

「あれ?中村くん?どうしたのこんなところで」

たまたま同じクラスの松尾がいた。確か彼女は駅まで自転車で来ていた。

「松尾っ!松尾って確か駅までチャリだよな!?」

「えっ、そうだけど、、、どうしたの?」

「ちょっと忘れ物した!取り帰らないとまずいんだ!だからチャリ貸して!」

「わかった!黄色のママチャリ!結構使い込んでる!」

彼女は快く承諾してくれた。

「わかった!あとでラスク奢る!」

「うん!購買のね!じゃお昼休みにでも!」

ダッシュで改札を出て駐輪場に走り、松尾の自転車を探す。

そして矢久保が降りた駅に向かって全力でペダルを踏み続けた。


「やくぼっ!待っててくれっ!その場でとどまっててくれっ!」


ひたすら全力で漕いだ。駅のロータリーが見えた。ベンチに見覚えのある人影が一人で座っているのが見えた。

「みおっ!!!!!!!」

叫んだ時だった。ガッシャーンという音共に僕の体は宙を舞った。地面に叩きつけられ、全身を激しい痛みが襲う。


薄れゆく意識の中で最期に見たのは泣きながら僕の名前を叫ぶみおとしおりの姿だった。

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せかぼんラブストーリー。 新春シャンソン歌手 @syanson

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