勇者;シンボルエンカウント
___それから、確かに俺は「転生」することができた。
あのあと目を覚ますとそこは病院だったからだ。
ちょっとだけ想像していた、見慣れている浮世離れした魔王城の定番である石造りの天井や壁にぶっ刺さった燭台などは全く影も形となく、データでしか知らなかった現代の……なんだ?えるいーでぃー?とかいうアレ。電気だかなんだかを使うやつ。それが放つ先進的な光が降り注ぐ、ベビーベットの中だった。
生活していく上での合理性か、先んじて現代の人間としての情報はくれていたようで、なんとなく状況は理解できる。ここは現代の日本。ここは病院。そして、心配していたが、きちんと今の俺は、女。
あの女神に腹を貫かれた時、ここまで話を進めておいて裏切られたんじゃないかと疑ってしまったが、どうやらあれは『異世界転生』をする上での演出だったようだ。
俺は鷺原ベルと名前を付けられた。日本の苗字にしては前世よりの既視感のあるその名前に、名前は呼ばれ慣れていた方がいいでしょう、と飄々と言う女神の声が聞こえた気がした。
それから俺は優しい両親からの愛を一心に受けてすくすく育った。魔法を使うこともなく、ただ平穏に1日1日が過ぎていった。
育っていくうちに整っていく、前世の面影が残る浮世離れした外見はよく褒められた。
でも、今世の親がどちらも黒髪黒目(でもちょっとだけ茶色っぽい)なのに、俺は前世と変わらない夜色の髪に金色の目だ。
それなのになぜか両親も周りも何も言わなかった。自分でその違和感に気づいた時、隠し子だとか浮気だとか、そういう噂が流れるんじゃないかと思ったのに、当たり前のように何も言われなかった。
「なんでお母さんとお父さんは、私と髪と目の色が違うのに、なにもいわないの?ほかの家の子だって、思わないの?」
ちなみに、一人称は外面では「私」にしている。見た目が完全に女なので、混乱を避けるためだ。
まあそれはさておき、1回、我慢出来なくなって親に聞いてみたことがある。前世では親に恵まれていなかった(4周年冬イベ参照)ので、これだけ愛してくれている家族にどう思われているのか分からないのが、どうにも怖かった。
でも両親は優しく俺を抱きしめてこう言った。
「ベルが間違いなく愛しい僕らの子だからだよ。もし僕らと違うっていうことでベルが寂しい思いをしたのなら、僕はベルのその綺麗な夜色に僕の髪を染めるよ」
「不安に思わなくても、ちゃんとあなたは私がおなかを痛めて産んだ子よ。ああ、それじゃあ、わたしはベルに1番近い金色のコンタクトをして、きれいな目のあなたと一緒に世界中を歩いたっていいわ。」
俺は産まれてから初めて泣いた。女神は平穏な生活に加えて、惜しみのない愛情までサービスしてくれた。
冷静に考えるとやりすぎではないかと考えはしたが、愛されることがこんなにも嬉しいとは思わなくてすぐ忘れた。
そして何事も起こることなく高校受験を突破した俺は、これから運命の帳尻合わせに苦悩することとなる。
「新入生代表、鷺原ベルさん」
「はい」
役割をご覧のとおり、高校は首席合格。目立たないをモットーにする自分にしては不名誉な称号を勝ち取ってしまった。
元から頭がよかった?とか事前知識のなかに一般教養があった?とか、そういうことを聞かれれば違うと答える。
こうなったのは、俺が勉強が好きだからだ。
だって勉強には答えがある。戦術にはない。
勉強を戦術と一緒にして考えていた俺は、答えのある問題に感動した。その時点で俺は勉強にハマった。
試験があると知って始めた夜まで続く試験勉強は魔王として軍の配置だのとにかく死なないための戦略だのを、ループにも負けずRTA勢にも負けず考え続ける、終わらない作業を夜通し繰り返していたあの頃を思い出させた。
試験は戦争だ。
そう考えた俺は【試験】と名のつくものには怨念を晴らすように取り組んだ。成績がいいとこの世界では褒められたし。
そのせいで試験は毎回トップ、そしてまさかの高校の入試試験でもトップをとってしまった。目立つのが怖いのに、と自らのポテンシャルを恨む。
入学式はつつがなく終わり、そしてそのまま新入生は部活動勧誘の群れに捕まる。そこかしこから人が群がってチラシと部活動名を振りまくこれはなかなか、青春って感じの素敵なウザさだ。素晴らしいね。
しかしそろそろ不快なのでさっさと抜けて教室に行こう。と人の波をかき分けると、
「魔王?」
雑踏の奥からそんな声が聞こえた。
声の方に目をやる。金色の髪、青い瞳。
間違いなくあいつは前世で大いに殺しあった勇者__ルキノだ。一瞬見ただけで分かった。雰囲気も外見も、前世とよく似ていた。
「……【気配遮断】【
警戒半径3、トリガーは勇者ルキノ」
久しぶりに使う魔法の腕は、まだまだ鈍ってはいなかった。
今使ったのは気配遮断と自分を見えなくする高度迷彩、それによって俺がいなくなったことを"知覚しない"と上書きする催眠。後者は俺の周りの一般人の方ににかける。ついでに頭上に現れた固定砲台も見えなくしておくために、魔法の存在を知らない一般人にかけるにしてはやや強めの、中級催眠にして。
さあ来るなら来い。せっかく手に入れた平穏だ。タダでは殺されんぞ。
「あれ?ベルフェ……?」
間抜けな声が近づく。
先程見た容姿がもう1回、今度ははっきり見えた。
攻撃してくるにしろして来ないにしろ、結局は命を一度握ればいい。このまま捕まえられたら頭上の銃で脅して、条件を何個か執り決めて、これからお互い関わらずに生きよう。そうしよう。
「縁もあるし、いたと思ったんだけど」
同じ世界に転生してきた、勇者ルキノ。
何度も見てきたはずのその全貌が、間近に、明らかになった。
「………………………………は?」
「あっ」
万全の警戒網が全て解けてしまう。
前世で何度もループしたn回目のはじめましては、そんな出会いだった。
「え?…………は?おま、ゆう…?」
「あー!やっぱいた!!その髪に目の色!やっぱそうだ!
君、魔王のベルフェでしょ?」
「え、うん、けど、あの?」
「俺、前作で勇者だったルキノ!今もルキノって呼ばれてるから呼び方はなんでもいいよ。…あ、今世は君ベルって言うのか。これからよろし__」
「…………お」
「うん?」
「女ーーーーーーーーー!!?!??!」
そう。勇者も今世では女であった。
全身しっかり見て初めてわかった。そしてスカートも履いてた。
金色に輝く短いブロンド、意思のしっかり宿った青い瞳。前世の面影を残しまくる端正な顔の下、しなやかに鍛えられた体は、前世よりもたしかに細い。まるで女のような、いやしかし__
「え、うん。これ男に見える?」
「びゃわ」
うわへんなこえでた
それもそのはず。むぎゅ、と俺の手を勇者は自身の胸に押しつけてきたのだ。俺が男だったらどうしたんだ。
えっあっうわあこの柔らかい感触からして男じゃないわ女だわこいつ。……えちょっと待ってうそでしょ、あっすごいこれはすごい。おっきい。え、なにこれ。絶対これ俺よりあるんだけどなにこれ。こんな所までチートかよ。怖い勇者こわい。
自然とほろほろ涙がこぼれていく。勘弁してください俺今めちゃくそ貧相な体なんですしんでしまいます。
「う………こわぁ……こわいよぉ…………」
「えっ!?え、なんで??!なんで泣くの!?!?」
女寄りになった思考が性的なアレよりさきに敗北感を覚える。まあもともと性欲なんぞ皆無なんだが。ここ10数年(なんだったら前世の作品のリリース開始より)湧いた覚えはない。残るのは、胸囲の格差社会を見せつけられた事への敗北感のみ。いや一応望んでこの
宿敵の胸には立派なふたつの膨らみが着いていた。
つまり勇者は女。QED。
……わからない。わからないわからないわからない。頭がぐるぐるする。ここ最近で一番頭が馬鹿になってる気がする。
「……まあ混乱するのはそうだよね。積もる話もあるし、こちらとしては今からちょっとついて来てくれると助かるかな」
情報がほしい。話がしたい。
利害は一致しているからいいか。そうして言われるがまま、手を引かれるがままに、俺は元勇者について行くことにした。
恋愛ゲームの世界に転生した元魔王は"フラグ"と"魔法"で世界を救う。 @yamome
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