突然の死、それは転生モノの様式美
___リリースしてから、6年間。
長らくのご愛顧、誠にありがとうございました。
本日をもって今作品『アンブレイカブル・フェイツ』は
サービスを完全に停止させていただきます___
インターネットの片隅で、ひとつのゲームが"配信停止"という形の終わりを迎えた。
ルート分岐は元より多く、更にアップデートにより分岐や新イベント、裏ボスがどんどん増えていくという新感覚RPG。ストーリーは正統派にして王道、しっかりとしたキャラクター設定に美しいキービジュアルも完備。
それこそ『絵に釣られた』とTwi⚪terのTLに流れてきた推しの顔面を理由にしてこのゲームを知った者も多く、二次創作界隈も大いに湧いた。
そうして太客ならぬ太ユーザーをがっちり掴んだこのゲームはリリース当初から爆発的な人気を誇り、追加アップデートがなくなってもこのゲームを推す声は続いていた。
だが、産まれたものはいずれ死ぬ。このゲームも同じように、制作会社の合併とともに消えようとしていた。
だがそんなことを知るはずもないゲームの出演者たちは、やっと訪れたループの終わり、自らの死に__満足していた。
「……………」
ここは魔王城。消えゆく世界の最後の城。
削除の手はじわじわと、しかし確実に城を蝕んでいく。少しずつ壁や置物が粒子として溶け、消えていく。
その崩れゆく魔王城の玉座に1人座る、頭からいかにもな角の生えた青年こそ、このゲームの魔王__『ベルフェゴール』であった。
紫がかった夜色の髪に年若い顔、煌めく金の瞳。
初期ラスボスの風格を備えた美しい容姿に、作中ではあまり明かされることがないものの影のある公式設定は、リリース当初から男女を問わずプレイヤーを魅了していた。
そんな彼は、抗うことも焦ることも無く、城と一緒に自ら消えようとしていた。
「………はは」
彼はこの世界がゲームの世界であることも、延々と繰り返されるループにも気づいていた。ループする殺戮とシナリオも、ほとんど記憶していた。
たくさんの人々に自分を"魔王"と知覚されるにつれ、自我すらも持った。それは彼以外の1部のキャラクターにも言えることではあったが。
そうして初めて見えた終わりに満足した彼は、これまでちっぽけに扱われていた死の概念を覆すような、逃れられない特大の死を受け入れ、データの海に溶けようとした。
そのつもりだった。
「消えてなくなるつもりですか?」
聞いた事のない、柔らかな声だった。
魔王は閉じていた目を開き、視線を声が聞こえた方向にやると、そこには「いかにも女神」という格好をした女が、悠々と空に立っていた。
全てのルート分岐を覚えている魔王にはわかる。こんなキャラクターはこのゲーム内に存在しない。
その動揺を隠さずに、魔王は目の前の女に話しかけた。
「……お前は、誰だ」
「そうですねえ。女神とでも申しましょうか」
「名前は」
「女神と以外呼ばれたことがないのでわかりませんね」
しばらく会話を続けたところで、魔王ははっと笑った。嘲笑と言うべき、いかにも魔王らしい笑い方だった。
「最後の最後でバグとは、ウイルスバスターが作動する前に死ぬんだぞ、お前。短い命だったな」
女神はプログラムされている訳でもない、魔王のメタ的発言にも動じなかった。むしろにんまりと、これまたあくどい笑みを浮かべて、言った。
「やですねえ。私はあなたを誘いに来たんですよ」
まあ見てください。
女神が腕を空に振る。すると、テクスチャが消えて白くなった空から、軽快な音と同時に無数の文字__コメントが現れる。
『リリース当初から遊んでたけど、最初から最後まで最高のゲームだった!ありがとうアンフェ!』
『アンフェ消えるの?!合併しても続けて欲しかった!』
『人生の何年か、このゲームに助けられた。感謝』
『合併先に吸収されるの恐れたから消すんか……誇り高い死って感じ。でも悲しいな、ありがとうアンフェ』
『推しと同担が増えた、最高のゲームだった。終わらないでよ(´ ; ω ;`)』
『俺の性癖を狂わせたゲーム。責任とってまだまだ続いてくれよ!!なんで消えるんだよ……』
「なんだ、これ……」
アンフェ、というのはこのゲームの俗称だ。縮めて読むと他の作品と被ったり混同されたりすることが多かったのでこう呼ばれることになったらしい。それは知ってる。
それはさておき、この文字の列に見える名前、画像、イラスト。それらはこのゲーム内のキャラクターを指すイラストや名称だったり、どこか覚えのある街の風景だったりした。
…それらを何個か読んで、ふと気づいた。
このメッセージは、このゲームをプレイした人間たちからのコメントだ。
「……嬉しいことだ。死は無駄じゃなかった。
だとしても、これを見せてどうするつもりかまでは全然読めないんだが」
何を考えているのかわからない。茶化されたくもなかったので真面目な顔をすると、女神も真面目な顔をした。
「あなたたちが生きた人間に及ぼした陽の力、功績は、こうして黙って消えるにしては大きすぎる。というわけで、あらゆる存在に対して救済の力を持つわたくし、転生の女神が、あなたがたに慈悲を与えに参りました」
転生の女神。
目の前の女は確かにそう言って、魔王に指をさした。
「あなたは選ばなければならない。
魔王を辞して生きるか、魔王として死ぬか」
この世界とともに消えるか、新たな人生を歩むか。
人間を喜ばせたご褒美に、そのどちらかを選べと言っているのだろう。
「……………」
魔王は少し考えた。
聞こえのいい正義のもとに、殺戮が繰り返される世界。
望まなくなっていった戦いと、どう足掻いてもこちら側のキャラクターには得られない『日常』。
世界のツケは十分にある。俺には、自由になる権利がある。
魔王は迷いなく答えた。
「肩書きに未練はない。魔王は死んだ」
そう言うと女神はようやく女神らしい顔をした。慈悲深そうににっこりと微笑んでみせた。
「長らくの魔王業、お疲れ様でした。さて、第二の人生。どうしたいですか?」
こちらの返答は用意していた。というか、魔王であったころからずっと夢見ていた。
「争いのない、平和な世界。そこでゆっくり暮らしたい」
魔王__いや、元魔王がそう言えば、言葉は無いものの、拍子抜けだというように目を丸くして驚かれた。そうして一瞬で女神らしい顔は消えた。そんなに意外なもんか、この願望。
「魔王とは思えない欲の無さですねぇ。それなりに普通に生きた人間だってみんな自分に都合のいい世界線望んでましたよ。いや、死に続けたからこその達観ってやつですかね?それじゃあ、追加オプションのご希望あります?」
「なんだそれは」
「転生先での性別の固定とかですかね。このゲーム内のものでしたら、能力の引き継ぎなども可能ですよ」
「そんなもの、適当でいい」
「……あの勇者御一行に会うかもしれなくても、ですか?」
勇者。その言葉を聞いて全身の鳥肌が立った。
ループに気づいても殺すことを止めなかった、根っからの
プレイヤーの分だけ何度も同じ戦いが繰り返される世界線で、手を替え品を替え俺と俺の部下を殺し続けて来た男。
まあ自分もここがそういうゲームの世界なんだと分かって以来同情までしてしまったので、別にそこは恨んでいないのだが。
なにしろあれだけ続いた殺し殺されの強い縁だ。次の世界線だってそうなる可能性が高いのでは?
「それ、詳しく聞かせてもらって大丈夫か?」
「ええ。それについてはもとより、こちらから話す気でしたし。
ええと、まず、同じ世界線を長く共にした人や、強い感情、または強い縁のある者たちは、惹かれ合う傾向にあるのです。
何年も続いたこのゲームの転生者は皆、村娘から勇者御一行、あなたの部下さんたちまで、強い力で惹かれあっています。
勇者さんも同じように私に転生の手続きをしてもらっているはずなので、もしかしたらかなりの確率で同じ世界線に転生してしまうかと……」
それはまずい。
なんせこのゲームは王道中の王道。つまり俺は完全な悪サイドの人間だ。設定に救があるとはいえ。
それでもストーリーの
いくら平和を願おうと魔王は魔王。やってきたことに対して、恨みは買えるだけ買っているのだ。
というか、なんだったら転生した後出会ったとして、何もしてなくても殺されそうだし……
「……なら、転生先の性別を女に。見た目も出来るだけ幼く、弱くしてくれ」
「あら、そういうご趣味なんですか、彼らは」
「違うと思うが否定はできん」
昔、リリースしてから1年目の夏。まだ自分自身の自我も芽生えたての時に起こったひとつのバグがあった。
それは俺の見た目が、制作過程であえなくボツになったらしい『少女』のイラストに変わってしまうというもの。
その時俺は何度目かのループを終え、目を覚ましたところで自分が少女の姿になっていることに気づいた。
これはさすがにプレイヤーもとっくに自我を得た勇者も、何も知らない勇者の仲間も戸惑っていた。
所謂「お前女だったのかよ?!」オチだ。そのセリフとここでは作品のジャンルが違う気がする。そう思った。
自分_"魔王ベルフェゴール"のイラストは本編でほぼ出ることはなく、最初にシルエットとして出ることはあれど、明確なイラストが出るのはほぼ物語も大詰めの終盤あたり。しかもアップデートによる新ルートではないかと受け入れられてしまったこともあり、それが"バグ"であるとの発覚が遅れたことで、運営のアップデートも遅れた。
それまでの間、勇者とプレイヤーは俺を殺すのを何度も躊躇った。
「ロリ虐はよくない」「どタイプなのになんで殺さなきゃいけないの運営助けて」「神アプデに見せかけてユーザーの厳選作業だったりしない?」「無理。ロリは殺せない」「守りたいこの命」
チャットを気ままに覗いていれば、そんな感じの事がたくさん書かれていた。
あ、この見た目って戦意喪失に効果あるんだなぁ。
そのバグ期間中俺は気づいた。さすがに勇者も弱い少女には暴行を躊躇う。
バグ修正されてからは普通に殺されたからその判断で間違いない。風の噂で聞いた魔王撃破RTAも復活してたようだったし。
「とまあ、以上の条件からもし出くわしたとしても、相手がか弱い少女ならすぐに殺されることはないだろう。
まあ性別や外見なんて特に気にしたことはないし、俺の精神にはノーダメージだ」
「相当有名な絵師さんが君のママなんですけどそういうこと言っちゃうんですね貴方……まあいいでしょう。その通りに。先程の条件から行くと、パラメータはない世界線ですので、自己防衛できる魔法位は引き継いでおきますね」
「目立たないので頼むぞ」
「もちろん了解です。あ、発動の条件は口頭認証です。
このゲームの呪文名を意識して呼べばそれに呼応して発動します。誤射の無きようにお気を付けください」
「わかった」
設定も大詰め、という時に気づいたが、話をしている間にもどんどん減っていった魔王城の面積は、残すところあと少し。最深部である玉座の周りだけだ。
このままだと普通に死んでしまうな、と魔王が口を開こうとすると同時に、
「それでは、行ってらっしゃいませ」
女神の声と、がしゃん、という音がした。
「は、?」
からだを貫く音だった。
最初は何が起こったのかわからなくて、音のするほうを見た。
音の元は自分の腹だった。真ん中に丸く穴が空いて、ぼたぼたと七色の血が垂れていた。
垂れた血はそのまま粒子として消える。消えて、体が崩れて、それもまた消えて__あ、これは、死だ。
「や、りやがった、な」
「それはどうも」
目の前がちかちかして、あのループ地獄の時とは違う、暖かく強い光に包まれる。あ、転生するのってこんな感じか。それにしても、
(死は望んだわけだけど、こんな死って、ありかよ)
「まあ突然死って転生モノの醍醐味ですので」
(なんだそれ)
「ふふふ、これもまた一興ってやつですよ」
思ったことに答えるような、女神の憎たらしい声を辛うじて聞いた。
それが俺、ベルフェゴールの、魔王としての最期だった。
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