第213話 『宝石のような瞳』

 何があったのかまるで分からない。だからこそ情報が必要だった。


 ジェノは愛用のカバンから簡易な魔法が込められた・ランプを起動させて、それを手にして足早に前に進んでいく。


 簡易と言っても、魔法の品だ。普通のランプとは単価が違う。

 ジェノのとっておきの品の一つ。だが、今こそそれを使うときだと判断した。


 魔法使いであるエリンシアに頼んで作って貰っていたこのランプには、三つの魔法がかけられている。

 一つは、<光>の魔法。もう一つは<隠蔽>の魔法。そして、<消音>の魔法。


 <光>の魔法は当たり前だが光源のために。<隠蔽>の魔法は、このランプ本体を持つ者にしか、先の<光>の魔法を認識させないため。消音は足音などを消すためだ。


 暗い中を単独で行動する際にしか役に立たない代物だが、こういった場面では何よりも頼もしい。

 ただ、相手も魔法使いの可能性が高いので、過信は禁物だ。


 しかし、頭ではそう思いながらも、ジェノは走る速度を緩めない。

 転倒する危険性はもちろん、発見される可能性が上がるリスクも度返しで足をだんだん早めていく。


(<神術>という力を使う連中は手がかりだ。あの忌まわしい<霧>と呼ばれるものの情報が今は欲しい)

 自分の体に眠るあの<獣>も、マリアの体に入れられたというものも、全ては<霧>と呼称される未知の物質が関係している。


 マリアの体にいつ悪影響を及ぼすのかも分からない。

 あのときの幼子のイースのように、化け物になってしまう可能性が否定できない。


 それに、サクリがその生命を差し出し、<聖女>と呼ばれたジューナが、自らの心を殺しながら手を血に染めてまで、多くの命の犠牲を払って打ち消したあの悲劇が、またどこかで起ころうとしている。

 そのことがジェノには耐えられない。じっとしていることなど出来ない。


(もう、あんな悲劇は起こさせるものか……)

 ジェノが懸命に進んでいくと、また広い箇所に出た。


 メルエーナ達が待っているであろう通路よりも更に広いその場所には、とある物が転がっていた。

 そう、奇妙な話だが『巨大な頭蓋骨が転がっている』としか表せない。

 大きさが人間の五倍はあろうかという頭蓋骨が、床に転がっているのだ。

 

 伝説上の生き物である巨人族の頭がこんなものなのかもしれないと、ジェノが思わず考えてしまったほど巨大なそれは、しかし、ジェノがそれを注意深く観察しようとするよりも先に、燃え上がり始めた。


 ジェノはそれに向かって炎を放った人物の方向にランプを向ける。

 そこには、淡い栗色の髪の地味な印象の男が立っていた。


 ただ一つ、その右目が、鮮やかすぎる青い輝きを放っている。

 まるで宝石。そうサファイヤを彷彿とさせるほど美しい輝きだった。


「……お前がゼイルだな?」

 イルリアがゼイルと呼んでいた男だと確認し、ジェノは剣を抜いて構える。


 しかし、先程のように骸骨に襲わせるつもりならば、何故頭蓋骨を焼いたのか分からない。

 ジェノは距離を取ったまま、相手が口を開くのを待った。


「ええ。僕がゼイルです。貴方は、たしかジェノさんでしたよね?」

 ゼイルは何故か悲しそう顔をしている。


「……っ!」

 ジェノはゼイルの背後に視線をやり、そこでようやく気がついた。

 ゼイルの背後に大穴が開いている事に。


 それは、自然に生まれたものでも、人が掘った物でもないだろう。


 穴の縁が溶けて、壁に黒い後が残っている。

 それに何より、高熱の何かで巨大な物体が焼かれたであろう痕跡を見つけた。


 それは巨大な骨格。先程の頭蓋骨と一対であろう、炭化している真っ黒な骸骨だった。


「……何をしたんだ? お前が俺達に、あの骸骨共をけしかけた訳ではないのか?」

 ジェノの問いかけに、ゼイルは困ったように頬を右手で掻く。


「すみません。皆さんの方も助けに行きたかったんですが、僕の力を万が一にも『視られる』訳にはいかなかったので……。それに、あのリットさんというおっかない魔法使いさんがいれば、僕の助けはいらないかなぁと思って……」

 ゼイルは答えにならないことを口にして、苦笑する。


「質問に答えろ。お前は俺達をつけ回していたんだろう。何故そんな事をした白状してもらうぞ……」

 ジェノは一歩、ゼイルとの距離を縮める。


「ああっ、その物騒な剣を向けないで下さい。それに、僕は貴方達をつけ回していた訳ではありません。その、イルリアさんが心配で……」

 ゼイルは何かをゴニョゴニョと口にするが、声が小さすぎて聞き取れない。


「イルリア? イルリアをつけ回していたのか?」

 ジェノの低い声に、ゼイルは「いや、その、あの……」となんとも歯切れの悪い言葉を口にする。


「とっ、とにかく! もう<霧>には関わらないで下さい! あんなものに関わっても、良いことなんて何もないんですから!」

 突然大きな声で叫んだかと思うと、ゼイルの体が瞬時に視界から消えてなくなる。

 どうやら<転移>の魔法を使ったようだ。


 完全に逃げられたことを理解し、ジェノは「くそっ」と苛立ちの声を上げる。

 そして、炭化した大きな骸骨をもう一度見て、ジェノは忌々しげに拳を握りしめた。


(またか……。また、俺の力ではどうしようもない出来事が起こっているのか……)

 サクリの最後の笑顔を思い出し、ジェノは絞り出すように怨嗟の言葉を口にしてしまう。


「何故、俺は魔法が使えないんだ……。どうして、こんなに無力なんだ……」

 ジェノは少しの間立ち止まっていたが、小さく意識して呼吸をして気持ちを落ち着けると、仲間たちのもとに戻っていくのだった。

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