第214話 『対等な関係』

 僕は真実を話さざるを得なくなった。


 自分の最愛の妻であるレミリアの秘密を話さなければいけない。

 でも、僕は心の何処かでこうなりたかったのだと、この状況を作りたかったのではないだろうか?


 だから、うっかり口を滑らしてしまったのかもしれない。


「そんな……。どうして! 覚えているのなら、どうしてあの時に嘘を付いたの? 僕は、ずっとレミィのために……。ずっと、ずっと……」

 僕の話を聴いて、レミリアが幼き頃のことを覚えているのを知って、妖精のレイルンが嗚咽混じりの言葉を口にする。


 その姿に罪悪感を覚えた。胸が傷んだ。

 でも、僕はこっそり深呼吸を小さくして気持ちを強く持つ。


 もしも、僕がレミリアに出会ったばかりの頃にレイルンが現れたのなら、身を引くことも考えられたかもしれない。でも、もう駄目だ。

 彼女は僕の大切な生涯の伴侶であり、僕らの間に生まれたかけがえのない娘の母親なのだから。


「レイルン。君はずっとレミィのためにと頑張ってくれていたんだということは分かった。でもね、レミィだって、ずっと君のことを待っていたんだよ。いつまでも戻ってこない君のことを十年以上も……」

 僕は諭すように目の前の妖精に語りかける。


「雨の日も、風の日も、どんな時でも、明日こそレイルンが帰ってきてくれるはずだって思いながら、ずっと待っていたんだ。何度も君と密会していた場所に足を運んでいたんだよ」

「それなら、どうして⁉」

 レイルンの言葉の裏にある気持ちを察し、僕は口を開く。


「……遅すぎたんだよ。十数年という月日は、言葉にする以上に重いものなんだ。特に、僕達短命な人間には。幼かった子供も、それだけの時間が経てば大人になってしまうからね」

 きっと、いつまでもレミリアが待ち続けてくれていることをこの妖精は期待していたのだろう。

 長命な者が多い妖精にとっては、十年という月日は短いのかもしれない。


 けれど、人間にとってはそうではない。


「でも、それでも僕は、一生懸命に早く戻ろうとしたんだ! でも、レミィに掛けていた魔法が解けてしまって……。目印がなくなってしまって、僕は、それでも……」

 レイルンは大粒の涙を零しながら言葉を紡ぐが、それがだんだん弱くなって行く。


「不幸な事故だったのだろうね。君が悪いわけではないと思う。でも、レミリアが悪いわけでもないよ。長い時間会えないことで、彼女は君に裏切られたのだと考えてしまっただけだから」


 成長していく中で、自分が裏切られたのだと判断したレミリアを誰が責められるだろうか?


 いや、違う。

 誰にも責めさせはしない。

 

 そんな事があっても、妖精との交流を実現しようと努力を続けていたレミリアを僕が守り続ける。


「……遅すぎた……。そうなんだ……。僕は……レミィを傷つけてしまったんだ……」

 レイルンは力なく洞窟の床面に崩れ落ちるように両手をつく。


「……レイルン君」

 それまで黙って聴いていてくれた、レイルンの主人であるメルエーナという少女が、優しく彼を背中から抱きしめ、ひどく悲しい表情をしながらも、僕に感謝の意を表すように小さく頭を下げてくれる。


 きっと残酷なことを平然と告げる僕に恨み言の一つも言いたかったに違いない。

 けれど、彼女は聡い娘なのだろう。


 もうこれは起こってしまった事柄なのだ。だから、今更何を言ったところで手遅れなのだと理解してくれているのだ。


「いいのかい、キレースさん? この出来事は、妖精と人間との良好な関係を育むための障害になるんじゃあないの?」

 魔法使いの……リットだったはずだ。彼が、口元に笑みを浮かべながら尋ねてくる。でも、これは質問ではないことくらいは僕にも分かる。


 これは、助け舟だ。


「そうだね。でもね、私は妖精と人間が対等な関係でありたいと思っているんだ。もちろん互いに譲歩しなければいけないところは出てくるだろうけれど、本音で語り合えない関係というのは、私の望む友好ではないからね」

 僕はそう言って、話を綺麗にまとめる事ができた。


「……対等な関係……」

 レイルンはそう呟くと、視線をこちらに向けてくる。


「ああ。お互いの思っている事を話し合える関係でありたいと私は思っているんだ。だから……」

 僕はニッコリと微笑む。


「レイルン。私は、君の大切な人を奪った男だよ。そんな私に言いたいことがあるんじゃあないかな?」

「……うん」

「そうだよね。それなら、その言葉をぶつけてくれないかな? ただ、私も言われっぱなしではないけれどね」

「えっ?」

 キョトンとした顔をするレイルンに、僕は微笑んで見せる。


「私は腕っぷしは強くないし、君のような魔法も使えない。でもね、一つだけ君に負けないことがある。それは、レミリアを誰よりも深く愛していることだ」

「待ってよ! それはおかしいよ! 僕だってレミィの事を大切に思っているんだ! 誰にも負けないくらい!」

 僕の見え透いた挑発に、レイルンは乗ってきた。


 そして、そこからどちらがより大切に思っているかの口論が始まる。


「……セレクト。念のため先を確認しておきたい。同行してくれ。イルリアとマリアはリットを先頭にして帰路の確認を頼む」

 黒髪の端正な容姿の若者――ジェノがそう言って二人を連れて離れてくれる。


 後はただの一本道で、さしたる距離がないはずだし、往路として来た道を再確認というのはいささか心配しすぎだ……などとは思わない。

 言葉にしなくても、こちらの意図を汲んでくれる若者に、僕は心のうちで感謝する。


「わかったわよ。メル、そう遠くは行かないから、ここは貴女に任せるわね」

「大変でしょうけれど、お願いします」

 女性陣も、肩をすくめるリットについてこの場から離れてくれる。


 ただ一人この場に残ったメルエーナも、何も言わず、僕達の口論をただ黙って見守ってくれる。


 大人気ないが、僕は本気でレイルンと口論をした。

 

 レイルンは怒り、文句を言ってくる。

 僕はそれに言い返す。そんなやりとりを続ける。


 そしてそれは、やがてレイルンからの質問に変わっていく。

 

「レミィは、貴方といつ出会ったの?」

「レミィは、お母さんになって大変じゃあないの?」

「レミィは、後悔していないの?」


 そんな質問が続き、だんだんレイルンの顔から怒りの表情がなくなっていき、ポロポロと涙を流しながら質問を続けてくる。


 そして最後に、


「ねぇ、レミィは今、幸せなの?」


 レイルン涙でびしょ濡れになった顔で尋ねてきた。


 そして僕は、その問いに、「もちろんだよ」と答えたのだった。

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