第212話 『戦闘、そして』

 そこに立っているのは、明らかに敵意を持った存在。

 人の骨格だけが自立して剣を構えている。


 本来であれば、筋肉がなければ動けるはずがないその骨格が、意思でもあるかのようにこちらに迫ってくる。それは、魔法の力でそれを補っているから。

 つまり、この魔物は自然発生したものではない。この洞窟に入った自分達に対する害意を持った誰かが作り出した罠の一種だということだ。


 ジェノ自身、『スケルトン』と呼称されるこの魔物と対峙したことはあるし、倒したこともある。


 だが、あのときはこの怪物は地面から現れていたはずだ。けれど、今は違う。

 あり得ざることだが、空間にヒビが入っていて、そこから一匹、また一匹と無尽蔵に湧き出てくるのだ。


「イルリア! 風の魔法を貸してくれ!」

「わかったわ! キレースさんは私の後ろに!」


 イルリアの了承の声を聞きながら、こちらに向かって剣を振り下ろそうと迫ってくるスケルトンを横に両断し、ジェノは洞窟の開けた箇所に自分達のための空間を確保する。

 このままでは、後衛の魔法の援護を受けられず、退却しか打つ手がなくなってしまうことを危惧しての行動だった。


 ジェノはわざと大ぶりに剣を振り、スケルトン達に敢えて攻撃を後方に移動して躱させる。

 それにより、前方にわずかだが距離が生まれる。一足飛びでは近づきがたい距離が。


「ジェノ、これ!」

 イルリアの声が聞こえた瞬間、ジェノは利き手とは反対の腕を後ろも見ずに伸ばす。するとすぐに、そこに薄い板のようなものが差し出されたので、ジェノはそれを受け取るや否や、前に向かってその板の中身を開放する。


 瞬間、突風が巻き起こり、眼前のスケルトン十体ほどが後方――ジェノから見ると前方だが――に吹き飛ばされて、壁に激突して粉々になる。


「みんな、今のうちに前に移動しろ! だが、俺が先頭だ。俺より前には出るな!」

 ジェノは空っぽになった銀の板をポケットに仕舞い、剣を両手で構える。


(残敵は四体、だが、速度は早くないが、次々とあのヒビからスケルトンが現れ続けている)

 ジェノは戦況を判断し、後方を確認し、皆がこの開けた部分に移動したことを理解する。


「セレクト! あのヒビをどうにか出来ないか?」

「……無理ですね。あれは、魔法ではない。おそらくは<神術>かと」

 セレクトはそう言いながらも、懐から石をいくつも取り出す。


「セレクト、後方の守りを頼む。イルリアはキレースさん達の護衛を。リット、お前はあのヒビをどうにかしてくれ。今残っている奴らは俺が片付ける」

「ジェノ、私も……」

 声を震わせながらも、マリアが剣を抜こうとするのを見て、ジェノは声を張り上げる。


「マリア、よけいなことはするな! お前もキレースさんを守っていろ!」

「……分かったわ」

 マリアは声を絞り出して応える。


「了解了解。あのヒビからスケルトンが出てこないようにすれば良いんだな」

 リットはさも簡単なことのように言って不敵に微笑む。


 そして、本格的な戦闘が始まった。




 ◇




 私は剣を構えていたものの、体の震えをこらえるのがやっとだった。

 相手が人間であればそれなりに戦えるつもりだったけれど、相手が不気味な骸骨の化け物では、どうしても恐怖心が先に来てしまう。

 

 どうしてこんなところにあんな化け物がいるのだろう?

 この洞窟は安全だという話だったのに。


 ……違う。

 セレクト先生が言っていた。

 あの骸骨が出てくるヒビは<神術>によるものだと。


 そうであるのならば、昨日現れた男と同じ様に、私を狙ってきたのだろうか?

 

 どうして、あの左右の瞳の色が違う集団が私を狙っているのかはわからない。私の目に何をしたのかも分からない。でも、彼らに一番襲われる可能性が高いのは私のはずだ。


 つまり、みんなは私のせいで危険な目にあっているということだ。

 

 ジェノ達を危険な目に合わせるのも、もちろん申し訳なく思っている。けれど、それ以上に、戦うすべを持たないキレースさんとメルエーナを巻き込むことは更に心が痛い。


 私は懸命に勇気を振り絞って、震えを堪えて微笑む。


「大丈夫ですよ。ジェノ達は強いですから」

 安心させるようにとの配慮よりも、自分がそう信じたかった気持ちが強かったと思う。


 でも、ジェノの剣の腕は知っているし、イルリアさんにも魔法がある。さらにリットさんは、あのセレクト先生も認めているほどの魔法使いなのだから、大丈夫に違いない。


 でも、そんな私の笑顔でも、キレースさんは、「わかったよ」と応えてくれた。

 けれど、メルエーナは何も言わない。


 怖くて震え、何も言葉を口にできないのではと思い、私は心配して彼女の方を見る。

 

 私の予想どおり、彼女は震えていた。

 武器を持った骸骨の群れに囲まれているのだから、それは仕方のないことだろう。


 けれど、彼女は骸骨など見てはいなかった。

 その胸に抱く、レイルンと言う名の妖精を見ているわけでもない。


 彼女はただ背中を見ていた。ジェノの背中を。瞬きも忘れたかのように。


(……この娘は、本当にジェノのことを……。それだけを……)

 こんなときに抱く感情ではないとは思う。けれど、私は自分の中から湧き上がってくる、何か黒い感情を抑えることが出来なかった。


「イルリア、援護の判断は任せる」

 私がそんな事を考えている間に、ジェノは骸骨に斬りかかる。

 そして、あっという間にそれらを倒していく。


 何をしたのかは分からないが、リットがパチンと指を鳴らした途端、ヒビから骸骨が現れるたびに消えていくようになった。

 これで、敵が増えることはない。

 

 そして、私の心配など杞憂だったようで、ジェノは残っていた骸骨を全て斬り伏せた。

 粉々になった骸骨は、その形を保てなくなったのか、塵とかしていく。


 正直、拍子抜けするほど、あっという間に戦いは終わった。


 だが、そこで……。


「……うっ、あっ……」

 けれど、そこでまた不意に私は左目に違和感を覚えた。

 しかも、先程までとは違う、痛みを覚えるほどの疼きだった。


 そして、次の瞬間、轟音が洞窟内に響き渡った。

 それは、これから私達が向かおうとしている方向から。


 誰かがとてつもなく大きな力を使ったのだろう。

 <神術>と呼ばれる力を。


 しかし、誰が何のために?


「みんなはいつでもここから退却できる準備をしておいてくれ! 俺は先を確認してくる」

 ジェノはそう言い残し、洞窟の奥に向かって足早に進んでいく。


「待ちなさいよ、ジェノ!」

「ジェノさん!」

 イルリアとメルエーナの声を背に受けても振り返ることなく、ジェノは一人で進んでいってしまう。


「ジェノ!」

 私も痛む左目のことも忘れて彼を呼び止めようとしたが、結局、彼が振り返ることはなかったのだった。 

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