第122話 『秋のある日』

 リニアがジェノの家にやってきて、三ヶ月が過ぎた。

 暑さもだいぶなくなり、日が落ちると肌寒くなってきている。


 しかし、ジェノは日々を元気に過ごしていた。

 毎日がとてつもなく充実している。

 武術の練習も、勉強も、料理のお手伝いもすべてが楽しい。そして、それらが充実しているからこそ、外で皆と遊ぶのも楽しくて仕方がない。


 今日は男友達の皆でボールを蹴って遊んだ。

 ロディと取り巻きのカールがまた理不尽な事を言い出したけれど、ジェノがその事を窘めると、周りの皆がジェノに賛同してくれた。

 結果、渋々だがロディ達も従い、それ以上は和を乱すようなことはしなかった。


「ジェノ!」

 ボール遊びが一段落すると、マリアが笑顔で話しかけてきた。

 いつも彼女は男友達との遊びが一段落すると、いの一番に声をかけてくるのだ。


 ジェノはその事を別に不快だとは思っていない。マリアと遊ぶのも楽しいから。

 ただ、よく分からない『デート』というものに誘うのは止めてほしいとは思う。

 正直あれは、何が面白いのかよく分からない。


 分からないと言えば、リニア先生の言う、女心とかいうものは未だによく分からない。

 だが、『とにかく、マリアちゃんには、他の男友達より優しくしてあげなさい!』ときつく言われているので、ジェノはそれを実践している。


 そのお陰なのか、マリアの機嫌は以前より良いことが多くなったので、ジェノは安堵している。

 だが、自分とマリアが仲良くなるのが面白くない者もいることに、彼は気づかずにいた。


「なぁ、マリア。ジェノばっかりじゃあなくて、俺達とも遊ぼうぜ!」

 ロディが、ジェノとマリアの間に、大きな体を割り込ませてくる。

 その側には、いつものようにカールもいる。


 強引だなぁとは思うが、ジェノはそれ以上何も思わない。ただ、マリアは露骨に嫌そうな顔をした。


「むぅ。ジェノとデートをしようと思っていたのに……」

 その言葉を聞き、ジェノはマリアに、ロディ達も仲間に入れて皆で遊ぼうと提案する。

 マリアは渋々だったが、「ジェノがいいのなら」と一応納得してくれた。


 そして、四人で遊ぶのならどんな遊びがいいだろうかと、ジェノは頭を捻っていたのだが、そこで思わぬ声をロディが発した。


「あっ! 見てみろよ、カール。あの女の人だ!」

「ああ、あの胸の大きな綺麗な紫髪のお姉さん!」

 さらにカールもそんな事を言う。


 ジェノは彼らが言っている人物に心当たりがあったので、彼らの視線の先を見る。

 すると、予想通りの人物が、リニアが街の通りを歩いていくのが見えた。

 ただ距離があるためか彼女はこちらに気づかずに、路地裏の方に向かって行ってしまう。


「先生、どこに行くんだろう?」

 ジェノは疑問を口にする。


 路地裏の方には決して子供は行ってはいけない。それがどこの家の親でも子ども達に躾けるルールだ。そして大人たちも、基本的にそこに足を運ぶことはないはずなのに。


「先生? 先生ってなんだよ?」

 ロディがジェノに問い詰めてくる。


「あの人は、僕の先生だよ。勉強とか剣術を教えてくれている、リニア先生だ」

 ジェノは簡単にリニアの事を説明する。


「ああっ? お前の先生? あんな綺麗な人が? ずるいぞ、お前だけ」

「そうだそうだ。マリアだけでなく、あんな先生がいるなんてずるいぞ!」

 ロディとカールの抗議の声に、ジェノは嘆息する。


「もう! あの先生のことはいいでしょう! ジェノ。早く遊びましょうよ」

 マリアはそう言って、ジェノの腕に自分の腕を絡ませてくる。


「うん。そうしよう」

 ジェノは早く遊びを始めようと思った。

 それなのに……。


「なぁ、あのリニアとか言う人のことを、追いかけてみようぜ。冒険だ!」

 ロディが突然そんな事を言いだした。


「駄目だよ! 子供だけであっちの方向に行っては駄目だって言われているだろう!」

 ジェノはロディの思いつきを窘める。


「なんだよ、意気地なしだな、ジェノは。あんな女の人でも一人で歩いて行けるみたいなのに、怖いのかよ?」

「そうだそうだ。最近調子に乗っているみたいだけれど、やっぱりお前は弱虫ジェノだ」

 ロディとカールは好き勝手なことを言う。だが、ジェノはそんな二人を懸命に説得する。


「先生はものすごく強いんだ。だから一人でも大丈夫なんだよ。でも、そんな先生が今日は剣を身に着けていた。だからそれは、危険があるってことだよ、きっと!」

 しかし、ジェノは説得することに熱中しすぎて、自分の腕からマリアが離れたことに気づかなかった。


「ロディ、カール。私も行くわ」

「えっ? マリア、何を言っているの?」

 てっきり自分の味方になってくれると思っていたマリアが、ロディ達の味方になってしまったことに、ジェノは驚く。


「ふん。なによ、先生、先生って。あっちの裏通りには、それは良くない店がたくさんあるって聞いたわ。そんなところに行っている女の人なんて、ろくなものじゃあないわよ! その証拠を、私が掴んでやるわ!」

「マリア、君まで何を言うんだ! 先生はすごく優しくて強い立派な人だよ! 馬鹿にしないで!」

 ジェノは尊敬するリニアの事を悪く言われ、ついカッとなってしまった。


 マリアはジェノの怒声に悲しい顔を一瞬したものの、すぐに「ふんっ!」と顔を横にそらしてしまう。


「弱虫なお前は、一人でここにいろよ! 行こうぜ、マリア、カール。早くしないと見失ってしまうぜ」

「ええ。行きましょう!」

「やぁ~い、マリアに怒られた」

 ロディを先頭に、マリア達はリニアを早足で追いかけ始める。


「だっ、駄目だって言っているのに!」

 ジェノはこの場でロディを殴ってでも止めようかと思った。けれど、先生には、習っている技を使って喧嘩をすることを禁じられているのだ。


 ジェノは自分から遠ざかって行く三人の背中を見ながら考える。どうすればいいのか。


 けれど、いいアイデアが浮かぶ前に、みんなの背中はどんどん離れていってしまう。


「……これしかない!」

 ジェノは懸命に考えた末に行動に出る。


 それは、ロディ達とは別の方向に走っていくことだった。

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