第4話

「それはよかった。それじゃあ契約の話といこうか」


「契約?」


「あんたはちょうど四万人目だから、ささやかな願いなら特別に代償はなくてもいい。運がよかったな」


「四万人目? 代償? いったいなんの話?」


悪魔は半分ヤギの顔に面倒臭そうな色を浮かべた。


「やっぱり最初から全部言わないといけないか。私たち悪魔は、人間の強い心のエネルギーを感じ取ることが出来るんだ。特に欲望とか執念とか。そういう類のものだ。それであんたから強い願望を感じたので、こうして現れたわけだ」


「強い願望……」


「そう。あんたからは異性がらみの願望を感じた。人間じゃあ珍しくもないことだが。そして悪魔はその願望を叶えてやる。魂と引き換えにね。これを契約と言うのさ」


「魂と引き換え?」


「そう。契約した者は、望みは叶うが死後その魂が悪魔のものになる」


「すると……どうなるの?」


「まあ、あの世であろうがたとえ生まれ変わろうが、その魂は悪魔のものになる。そうすると行動はもちろんのこと、その思考までもが悪魔の意のままになる」


「……」


「でもあんたは四万人目の記念者なので、ささやかな願いなら魂を差し出さなくてもいいんだ。一万人ごとにそうしている」


「なぜ一万人ごとにそうなるの?」


「さあ。サタン様が決めたことだ。私のような下っ端は、サタン様にお会いしたこともないんだ。だからその理由はわからない」


「……そうなの」


「で、あんた強い願望があるだろう。何度も言うが、ささやかな願いならなんの代償もなしに叶えてやるから、言ってみな」


「……顔が見たい」


「顔?」


「三年前に別れた人がいるの。一度でいいからその人の顔が見てみたいの」


「顔を見るだけか?」


「ええ」


「そうか。代償なしはささやかな願いだけと言う条件だが、それほどささやかならなんの問題もないだろう」


「叶えてくれるの?」


「ああ、ちょっと待っててくれ」


そう言うと悪魔は消えた。


私は三年前に別れた人としか言っていないが、誰のことかわかるのだろうか。


待っててくれと言って姿を消したのだから、その点は大丈夫と考えていいのかもしれない。


私は待った。


しばらくすると悪魔が一瞬で目の前に現れた。


そして両手でつかんでいるなにかを私に差し出した。


「これで満足かい?」


悪魔が差し出したもの。


それはまだ生暖かい血が滴り落ちている、あの人の生首だった。



       終

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ささやかな願い ツヨシ @kunkunkonkon

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