第28話 結婚式の後で

 カラッと晴れた日。大安吉日、良き日であった。今日はふみと正清の結婚式だ。瑠璃子と渉は結城邸で紅茶を飲んでいた。

 午後三時を回る。今日はふみも正清も親兄弟の相手をしていて、忙しいのだろう。渉はふみと正清の夫婦が明日あたりに挨拶周りに瑠璃子のところへ来るのであろうと考えていた。

「ふみさんの着物、とても綺麗でしたね」

 瑠璃子はうっとりと言う。瑠璃子と渉は結納もしていない。結婚というものが急に彼女の目の前に現実として来たのだ。浮かれる気持ちが渉にはよくわかった。

「ええ。とっても綺麗でした。瑠璃子さんの着物はどうなるのでしょうか」

「私は……お母様がもう亡くなっているのでどこかお父様のご親戚の方に当たると思います」

 不意にカラコロと高下駄を転がす音が聞こえた。少年のような不思議な音程の少女の声が聞こえた。

「その必要はないわ。私と私のお母様が面倒みてあげる」

「ふみさん……。何故ここに」

 ふみは先日見た濡羽色の振袖を着ている。いつもと違い、美しい艶やかな髪を結っている。その傍らには、微笑みを湛えて、フロックコートを着こなした紳士が立っていた。

「こんにちは。瑠璃子さん、石田さん」

「加藤さんまで。結婚式の後仕舞いはよろしいのですか」

 渉が立ち上がると正清は目を逸らし、黒いシルクハットを弄ぶ。

「ええ。もう、終わりました。写真を撮ろうと思ってここに来ました」

 瑠璃子が瑠璃色の瞳をまん丸にする。

「写真ですか……お二方で撮られないのですか」

「とっくに撮ったわ。でも記念に貴女たちとも撮りたいと思ったのよ」

「私たち夫婦を結びつけた、貴女たちと」

 正清は瑠璃子の手をそっととる。ふみは白い目でそれを眺め、正清の手をはたき落とす。

「相変わらずね、正清」

「これは手厳しい。でも、私は瑠璃子さんをまだ諦めた訳ではありませんから」

「ねぇ。僕との約束と結婚の意味分かっているよね」

「ええ。しかし、目の前にいらっしゃるのに愛でずにはいられないとは。中々辛いものがありますね」

 正清とふみは言い争いを始める。なんだか、ほのぼのとした雰囲気の言い合いで渉は止めるのを止める。争いの渦中にいる瑠璃子はおろおろしていたが、やがて二人の間に笑いながら入る。

「ふみさんも、加藤様もおやめ下さいな。私たち、礼服とか今日来ていないのですが、それでもよろしいのですか」

「あら、瑠璃子ったらごめんなさいな。構わないわ。気になるなら着替えてきてもいいわよ」

「では、私ちょっと着替えきますね!少々お待ち下さい」

 瑠璃子は軽やかな足取りで家の中に入っていく。ふみと正清は渉に顔を寄せる。日本人形と逞しく背の高い美形の青年に囲まれる。

「いい、渉くん」

「瑠璃子さんを泣かせたら私たちが許しませんから。地獄の果てまで追いかけて行きますから」

「エエ、肝に命じておきます……」

 渉の顔が引きつる。どんなときでも瑠璃子を悲しませてはいけないと渉の心中にはあったが、それは益々強くなった。息の合った似た者夫婦はその様子を見て満足したようだ。

「そういえば、ふみさんのお家はお子さんはふみさんお一人でしたよね。ふみさんのご実家の商売は如何するのですか」

「それは、私が勿論継ぎますとも。太陽合資会社は私が頭領でなくてもやっていける人材はたくさんいますから」

「では、婿入りをするのですか」

「いや、僕が嫁入りしたよ。婚姻届は明日出しに行くさ」

「私はお義父さんに弟子入りです。同じ生糸の商売でも、うちとお義父さんの会社では毛色が違うので、また勉強です」

「そうですか。しかし、お二方本当に後仕舞いとか、お父様、お母様のお世話とかしなくてもよろしいのですか」

「石田さんは本当に余計なことを気にしますね。うちの父母が見ているので大丈夫ですよ」

 瑠璃子がぱたぱたと戻ってきた。赤い袴にブーツ、大きなリボンをゆった髪につけている。

「ふみさん、懐かしくなるかなと思ってこの格好にしてみました。如何ですか」

「そうね。もう着ることはないからいいわね。よく似合ってるわよ瑠璃子」

「ええ、とてもよくお似合いですよ。石田さんはどう思われますか」

「エエ……リボンがよく似合ってますね」

「それくらいのことしか言えないのですか。男として情けない」

「正清。その辺におし」

 正清はやれやれというように首を振る。瑠璃子はその様子を微笑ましく見守っている。

「ふみが言うならこの辺にしておきますか。さぁ、写真を撮りましょう」

 正清が手を叩くといつの間にかいた写真師がごそごそと写真を撮る用意を始める。四人は大型の写真機の前に並ぶ。ふみと瑠璃子は用意した椅子に座り、清正と渉は立っている。

「はい、撮りますからちょっとだけじっとしていて下さいね」

 夏の日差しの中写真撮影が行われる。きらきらとした日差しが新婚の二人を祝っているように渉には見えた。

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