第27話 ふみの告白
夏の雨が程よく火照った身体を冷やす。瑠璃子と渉は相合傘をしてふみの家へと向かっていた。しとしとと温かい雨が降る。瑠璃子はどこか不安気な様子である。
「瑠璃子さん、何か心配ごとでも」
「あの……この間のことでお姉様に何か嫌われるようなことをしたりとかしてないかが……」
「大丈夫ですよ。行きましょう」
坂を下っていくとそこはふみの家だ。ふみは玄関口で真っ赤な蛇目傘を差し、二人を待っていた。
「瑠璃子、待っていたわ。とりあえず中に入りなさい。渉くんも……よく来てくれたわね」
「ハハ……来ない方がよかったですか」
「そんなことないわ。瑠璃子一人だと心配だったから」
ふみは二人を家へ招き入れる。いつもは食堂かふみの部屋に通されるのだが、今日は違った。艶やかな濡羽色の振袖が大衣桁に掛かっていた。
「どう。これ、結婚のときに着るの。綺麗でしょ」
そう言うふみの横顔はどこか寂し気である。ふみはそっと裾の柄を撫でた。
「お母様からいただいたの。鶴に熨斗に花車。おめでたい紋様ばっかり。私に似合うかしら」
「お姉様……きっと似合いますよ……」
瑠璃子はほんの少しだけ涙ぐんでいる。
「ふふ……ありがとう。瑠璃子。ね、渉くん少し席を外してくれないかな」
「構いませんよ。では俺は食堂に行ってます」
渉は瑠璃子の頭を撫で、そのまま食堂へと向かっていった。雨がさあさあと降りしきる中、二人は静寂の中にいた。どちらともともなく二人は寄り添いあう。
「ねえ、瑠璃子」
「はい。お姉様」
「僕、もう君のお姉様じゃいられなくなっちゃった」
風鈴が軽やかな音色をたてている。雨がほんの少しだけ吹き込み、縁側の木が水を吸い込む。ふみは瑠璃子の手を握る。
「ごめんね」
「良いのです。お姉様が決めたことですから。瑠璃子はお姉様を応援致します」
「瑠璃子は可愛いね。その深い瑠璃色の瞳も真白い肌も全部全部好きだよ」
「そんなことを仰るのは渉さんとお姉様だけです」
瑠璃子はくすぐったそうに笑う。ふみもつられてくしゃりと笑う。その様子はさながら西洋人形と日本人形が手を取り合っているようだ。
「ねぇ、瑠璃子。僕、君のこと……ずっとずっと好きだったんだ。初めて会ったときからずっと。お嫁さんになる前にこの気持ちに整理をつけたかったんだ。こんな気持ちおかしいかな」
瑠璃子は首を横に振る。
「好きになるのに、お金も性別も身分も何も関係ありませんから。私もお姉様のこと、大好きです」
ふみは少し苦笑いをする。瑠璃子にその意味はきちんとは伝わっていない。
「ねぇ、瑠璃子。僕はお姉様じゃなくなるけど……これからもずっと親友として傍にいて……いいかな」
「むしろこちらからお願いしたいくらいです。お姉様、いえふみさん」
ふみと瑠璃子は柔らかく微笑む。畳と雨の香りが二人を包み込む。
「じゃあ、瑠璃子、親友の契りを結ぼうよ。いいかい?他の人には内緒だよ」
「親友の契りですか。それは一体」
「いいから、目を閉じて」
瑠璃子はそっと大きな瞳を閉じる。ふみは瑠璃子が目を瞑ったのを確認すると瑠璃子の柔らかくふっくらした唇に口付けを施した。女性の柔らかいそれの感触と体温が二人に伝わる。ほんの一瞬のことであるのに、ふみには長く感じられたのだ。
「ふみさん……」
「これで僕らは親友同士だよ、瑠璃子。これからも末長くよろしくお願いします」
「ええ、ふみさん。よろしくお願いします」
瑠璃子の笑顔は八月の晴れた日の如く晴れやかなものであった。瑠璃子とふみは渉の待つ食堂へと向かう。渉はココアをふみの父と飲んで待っていた。瑠璃子の晴々とした表情を見て、渉はほっとしたようだ。
「どうやら、仲直りというか気持ちはきちんと言えたようですね。ふみさん」
「ええ。貴方のおかげよ」
そう言うふみは渉の会ってきたふみの表情の中で一番清々しい顔をしていた。そう、それはまるで爽やかな朝に気持ちよく起床出来たような清々しさを感じるものであった。
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