死を望む僕の妻

白と黒のパーカー

第1話 死を望む僕の妻

 私は幼い頃から将来の自分を想像して希望を見出すような人間じゃなかった。

 なぜなら自分がどうやって死ぬのかを考える方が何倍も面白かったから。

 いつ死ぬのか、どうやって死ぬのか。あんな死に方はやだ、こんな死に方はアリ。なんて風な事を考え続けて生きてきた。

 そんな私を当然周りの大人たちは気味悪がり、同級生たちからは小中高ともれなく虐められた。

 ただ一人の幼馴染を除いて。

 そいつとは特別な仲が良かったわけじゃ無い。でもなんとなくいつも一緒にいて、ニコニコしながら私の話を聞いてくれる。そんな都合の良い奴だった。

 自分では意識しないようにしていたけれど、多分その存在に救われていたことは明らかだろう。

 そんな私もこの春から大学生である。

 相変わらず自分の死を考える以上の趣味はないし、性格は暗いままだ。

 特に大学生デビューなんかを考えているわけでも無いし、このままいけば順当に社会不適合者直行ルートだろう。

 まあ、それも悪く無い。葬式には誰も来ない惨めな死に方も私は嫌いでは無い。

 そもそもこのまま周りから人が消えていけば、葬式さえあげてもらえないのでは無いだろうか。

 老後の小さな家で、ふとした事の連続で孤独死してしまう。実に想像のつきやすい最期だ。

 

☆ 

 そんな事を考えながらも時間は進み、学年はあっという間に二回生へと移り変わる。

 結論から言えば、私の周りの環境は良くも悪くも変わることは無かった。

 周りからはいつものように変わった人間として腫れ物のような扱いをうけているし、私からも必要以上に関わろうともしない。実にWin-Winな関係だろう。

 それ以上に、幼馴染は積極的に私に絡んでくるようになったのだ。

 そいつの名前は白峰聖斗。実に品行方正そうな名前でありながら、実際そう。絵に描いたような優等生で完璧超人。

 顔も……認めたくは無いが整ってる…と思う。

 だからといって別に靡いてる訳では無い。ただ身近にいる話しやすい人間だから仲良くしてやってるだけ。

 この前本人の前でそう言ってみたら、爽やかに笑って「そうだね」と肯定されて終わった。

 ……相変わらず変な奴だ。なにより、誰よりも変な人間であろう私にそう思われるほどなのだから、よっぽど変な奴であることは自明の理と言うやつだ。

 勉強は私も出来ない訳じゃ無いし、聖斗に至っては当然の如く全教科満点人間である。

 だから自然と進む大学も同じになった。

 どうせならばと言う事で、学部も揃えて受けたら見事に二人揃って合格していた訳である。

 なんだかんだで私は今をそれなりに満足して生きているのかもしれない。

 

 私自身驚くことに最近は少し生きることの楽しさを理解してきている。相変わらず将来の話よりも自分の死に方について考えている方が楽しいが、今は聖斗と二人この先についての話も少しずつし始めている。

 どう言う風の吹き回しなのかと言えば、三回生になった頃突然聖斗に呼び出され、告白されたのだ。

 その時の私の反応は……まあ、今はそんなことどうでも良いだろう。とにかく、付き合うことになって早々同居を始めた私たちは少しずつ前向きな話もする様になっていたのだ。

 将来就く仕事についてとか、子供は産むのか、いつ結婚式を挙げるのかなんてありきたりな話を沢山した。

 多分その時の私は凄く楽しかったんだと思う。

 だからだろうか、それからの私は自分の死について考えることは次第に少なくなっていった。

 このままありきたりな幸せを享受して、ひっそりと、でも素敵な最期を迎えるのも悪く無い。

 昔のままの死に取り憑かれた私から、今の生を受け入れた私に変わったのだ。

 好きな人と二人、これからの人生を歩んでいこうと決めた。

 明日は結婚式だ。


 テレビからニュースキャスターの無機質な声が聞こえて来る。

『本日未明、黒咲遥さん二十四歳が十階建てのビルの屋上から突き落とされて殺害される事件が起こりました。犯人は夫の白峰聖斗容疑者とされており、詳しい原因の究明が求められます。

なお、この二人の関係は夫婦であり、犯行日は結婚式の当日だったとの事です』


「先輩、やっぱこいつ狂ってますよね。結婚した直後に妻を殺すなんて」

「まあ、世の中には変なやつなんざいくらでもいるからなぁ」

「そうそう、この犯人の取り調べ俺も見学させてもらったんすけど、その時なんて言ってたか分かりますか?」

「知りたくねぇよンなもん。今昼飯中だぞ」

「まあまあ、聞いてくださいって」

「ったく、なんだよ」


 やつ曰く『僕と彼女は幼馴染なのです。だから知っているのです。妻は死を望んでいました。死は救いだと信じ、縋っていました。その姿はとても美しく、とても儚く見え、僕は彼女を深く愛していました。でも変わってしまった。僕が変えてしまったのです。僕が罪に問われるのならば恐らく彼女の存在価値を奪ってしまったことによる罪でしょう。

死を望まない彼女など存在してはいけない。だから以前の死を望む僕の妻に戻ってもらうべく、彼女が一番嫌っていた平凡な死を与えました。そして彼女はこの世に再び舞い戻るでしょう。今度こそ特別な死を享受するために』


 全てを聞き終える頃には昼飯に食べていたラーメンの麺は伸び切ってしまいとても不味かった。

 犯人の言葉に薄寒い気分を覚えながらも、どこか共感してしまっている自分に驚く。

 口角が上がってしまうのを誤魔化すためにハンカチで口を拭った。

 

 

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死を望む僕の妻 白と黒のパーカー @shirokuro87

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